第20話 打ち上げパーティー

 打ち上げのパーティー会場は靴を脱いで上がる部屋のような構造だった。

 ソファーにテーブル、軽いダンスくらいなら出来そうなスペースもある。

 大きなテレビにはゲーム機も接続されているしスクリーンもある、広々とした快適な空間だ。

 大人も遊べる巨大な子供部屋という印象を受けた。


「こんなところあるんですね。楽しそう」


 隣に立つ委員長が目を丸くして驚いていた。


「僕もはじめてだよ。でもなんかこういうウェーイ感あるお洒落なところだとアウェー感を感じるんだよね」

「私もです。こんな『こけし』みたいな無愛想な女が来るところじゃないって気がして」

「こけしって。そんなに卑下しなくても」

「いいえ。こけしです。それか市松人形」

「あー、それは似てるかも」

「否定してください! もう!」

「ごめんごめん」


 委員長はわざと大袈裟に怒った振りをしてプイッと顔を背ける。

 文化祭で関わりはじめた頃はちょっと気難しい人なのかなと心配したが、打ち解けてみると案外話しやすい人だ。


「でも市松人形っていうのは『この人形みたいに美人になって欲しい』という願いがこめられてるんだよ」

「由来はそうかもしれないけど、なんか呪われてるみたいな不気味さがあるでしょ」

「そうかな? 可愛いと思うけどな」

「えっ……それってA=B、B=Cで、つまりA=Cってこと?」

「え?」


 なんだか早口で捲し立てられ焦る。

 委員長ってこんなキャラだったっけ?


 ふと視線を感じて振り返るとリラさんがこちらを見ていた。

 しかし僕と視線が合うと慌てて顔を背けてしまった。

 気のせいか、なんだかちょっと寂しそうな顔をしていたように見えた。


「ちょっとごめんね、委員長」

「あ、丸川くん」


 乾杯用に配られていた紙コップを二つ持ち、リラさんのところに行く。


「はい、これ。コーラでよかった?」

「え、あ、うん……」


 僕から飲み物を受けとると、リラさんはうつむき気味で「ありがと」と呟く。

 なんだかちょっと元気がないようだ。

 舞台でトチったことを気に病んでるのかもしれない。

 相変わらず変に真面目で責任感が強い人だ。そこがリラさんの魅力なんだけど。

 リラさんの演技は完璧だったと伝えようとしたとき、乾杯の音戸がかかる。

 仕方ないので乾杯をすると、一斉に食事が始まった。


「リラ、ほらチキン食べよう! なくなるよ!」

「へ? あ、うん」


 友だちに腕を引かれ、リラさんが連れていかれる。

 振り返って僕の顔を見るリラさんはなにか物言いたげだった。

 そこに池杉くんがやって来る。


「あ、主役がこんな端にいたら駄目でしょ」

「主役じゃないって。池杉くんこそ主役でしょ」


 パーティーが始まると色んな人があちこち行き交い、落ち着く暇がなかった。

 誰かがスマホで撮影した劇の様子をスクリーンで映したり、あちこちで記念撮影が始まったり、ゲームで盛り上がったりもした。


 僕としてはゆっくりとリラさんと話がしたかったけれどそんな暇もなかった。

 僕の周りにも色んな人が来るけれど、リラさんの周りにも常に人がいた。

 元々みんなの人気者の上に、今回のヒロインを勤めたから輪の中心だった。


 みんなと楽しげに会話をするリラさんはやっぱり美しかった。

 気取らずに大きな口を開けて手を叩いて笑ったり、人の話に共感して大きく頷くリラさんの姿を横目でチラチラと盗み見て幸せな気分に浸っていた。


 ようやくリラさんと会話できるチャンスが訪れたのはパーティー後の帰り道の電車の中だった。

 退勤時間からずれた車内は座れこそしなかったけど空いていた。


「今日はお疲れ様」

「あ、丸川。同じ電車だったんだ」


 リラさんは少し驚いた顔をして耳からイヤホンを取った。


「いるなら声かけてくれてらよかったのに」

「女子の友だちと話してたから」

「別によくない? 丸川はもうみんなと打ち解けたんだし。どうせまたキモい僕が話し掛けたら迷惑になるとか考えてたんでしょ」

「いえ、そうではありません」

「じゃあなによ?」

「単純におともだちと話しているときのリラさんの表情が好きなんで見惚れてました」

「なにそれ? キモい」


 リラさんは眉間に皺を寄せながら笑う。


「そーいや丸川も色んな人と話してたよね。池杉とか、す、鈴子とか。どーでもいいけど」

「劇を通してみんなと仲良くなれたのは収穫でした」

「そのうち丸川のこと好きとかいう女の子も現れたりして?」

「僕のことが? ないない。あり得ないですよ」

「そんなの分かんないじゃん! 丸川いい奴だし、頭いいし、演技もうまいし、裁縫も得意だし! 見た目以外は超ハイスペックじゃん!」


 なぜかリラさんは怒っているように見えた。


「そんな女の子が現れても関係ありませんよ。僕はリラさん一筋なんで」

「はぁあ!? マジキモい。あり得ない」


 さすがに今のはキモすぎた。

 リラさんはプイッと顔を背けてしまう。


「すいません。つい本音が」

「今日も走るからね」


 じとっとリラさんに睨まれる。

 頬の辺りがほんのりとピンクだ。


「今日もですか!? 文化祭のあと打ち上げまでして疲れてるんじゃないんですか?」

「うっさい。たくさん食べたからヤバイでしょ。いつもよりハイペースで走るから覚悟しておいて」

「はい」


 疲れた日にもトレーニングをやめない。

 やはりリラさんはガッツのある人だと改めて感心させられた。




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 やっぱり丸川にはリラさんしか見えてませんね

 今日は二人で延々と走ってどこまでも行ってください!

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