第19話 宣戦布告

 完成したヒロインのドレスはあたしの身体にぴったりだった。

 あまりの完成度にクラスのみんなは驚いている。

 隠れた丸川の才能にみんなが称賛の声をあげていた。

 みんなが褒めるとなぜだかあたしが誇らしくなる。

 中でも綺麗な王子様役の池杉は心底感動しているようだった。

 どうも二人は気が合うようだ。


 衣装を身に纏ったあたしを見てみんなが褒めてくれる。

 ただ一人、鈴子だけは悲しそうな顔をして目を伏せていた。

 その姿を見てしまうと、なんだかあたしも少し申し訳ない気持ちになった。

 そんなことが慰めになるとは思えないけど、あたしはこの劇を成功させようと気合いが入った。



 そして迎えた文化祭当日──


「緊張してますか?」

「当たり前でしょ。てか丸川は緊張してないの?」


 情けないことにあたしは舞台袖でガチガチに緊張し倒していた。


「大丈夫ですよ、僕がついてます」

「はあっ!? キモい! そういうのはイケメンになってから言え!」


 笑いながらべちんと丸川の背中を叩くと、少し緊張がほぐれた。

 きっとそれを見越して丸川はキモい台詞を吐いたんだろう。

 本当にすごい奴。


 幕が上がるともう緊張している暇もない。

 あたしは練習の成果を披露した。

 でも途中で噛んだり、台詞を飛ばしてしまった。

 でもそれさえも丸川は笑いに変えてしまう。

 そう。なんと丸川にはお笑いの才能まであったのだ。


 あっという間に10分の上演時間は過ぎた。

 体感ではほんの一、二分のようでもあり、一時間のようでもあった。

 間違いないのはきっとこの経験は大人になってもずっと残っているであろうということだ。


 ステージから捌けると「やったね!」「お疲れ!」「ウケてた!」とみんなが口々に語り、笑いあっていた。

 あたしも丸川のところに行こうとしたが、真っ先に丸川に駆け寄ったのは池杉だった。


「すごいよ、丸川くん! 大成功だったね!」

「池杉くんのおかげだよ」

「まさか。アドリブもこなした丸川くんのおかげだって」


 すっかり意気投合した二人はお互いを称えあっていた。

 男の友情の邪魔をしてはいけないと気遣い、丸川のとこに行くのはやめておく。

 台本を書いた細田は盛り上がるみんなを見て満足そうに微笑んでいた。


 そんな輪に加わらず一人ポツンと立っていたのは鈴子だった。

 彼女の嬉しそうでどこか寂しそうな視線の先には丸川がいた。


「お疲れ、鈴子」

「あ、安良川さん。お疲れ様でした」

「色々迷惑とかかけてごめんね」

「いえ。無事成功してよかったです。安良川さんのベルも、とても良かったです」

「鈴子がみんなを纏めて引っ張ってくれたから成功したんだよ。ありがとう」


 鈴子は鼻から息を抜きながら首を横に振る。


「みんなを纏めて引っ張ったのは丸川くんです。私はただうるさくわちゃわちゃしていただけです」

「すごいよね、丸川って」

「ええ。すごいですね」


 次第にみんなは丸川に集まっていき、からかうように褒めていく。

 その輪の中心で丸川はペコペコ頭を下げて笑っていた。

 入学したての一学期はみんなおかしなオタクだと眉をひそめていたのに、今ではすっかり人気のいじられキャラだ。


 本当に変わった奴。

 普通にしていたらもっと人気になるんだろうけど、きっと丸川はそんなことを望んではいない。

 思うように、好きなように、やりたいことをやりたいようにやる。

 それが丸川の生き方なんだろう。


「安良川さん」

「なに?」


 鈴子は真剣な目であたしを見詰めていた。


「今回は安良川さんがお姫様役でしたけど、次はこうはいきませんよ。最終的にお姫様になるのは私です」

「え? なんのこと?」


 まさかこんなにドストレートに宣戦布告されるとは思ってなくて、思わずどぎまぎしてしまう。


「さあ。それはご自分に聞いてみてください」


 鈴子は微かに笑うと手を叩きながらみんなの元に向かう。


「ほら、みんな。演技が終わったら早く観覧席の方に戻ってください」


 鈴子は牧羊犬のようにみんなを席まで追い立てていく。

 そんな彼女の背中を見て、あたしの胸はまだドキドキしていた。



 打ち上げは電車でちょっと移動したところにあるレンタルパーティースペースで行う。

 フライドチキンやピザなどのオードブルを買い込み、みんなで移動する。


 丸川はみんなに囲まれており、舞台が終わってからまだちゃんと話が出来ていない。

 あたしは美穂乃と二人で少しみんなとは離れたところを歩いていた。

 道中、あたしは先ほどの鈴子とのやり取りを美穂乃に話した。


「マジで? 完璧に宣戦布告じゃん」

「だよね。参ったよね」

「負けらんないね、リラ」


 他人事だと思って美穂乃は楽しそうだ。


「はあ? 勘違いしないでよね。確かにあたしは丸川に感謝してるし、いい奴だとは思ってるよ。でも別に丸川と付き合いたいとか思ってないし」

「ふぅん」


 美穂乃はカラカラと口の中でチュッパチャプスを転がす。


「じゃあ鈴子にそう伝えたら? もしくは丸川と距離を取るとか」

「なんでよ。別に関係なくない? あたしは普通に生活してるだけだし。勝手にあたしに対抗意識抱いてるのは鈴子の方でしょ。なんでわざわざそんなこと言わなきゃいけないのよ」

「そりゃそうだけど。でも自分が好きな人が他の人好きだったら焦らない? リラにその気がないなら身を引いてあげるくらいの優しさがあっても、悪くないじゃね?」

「それはっ……」

「まあリラにその気がないなら、ね」

「ないし。あるわけないでしょ!」


 美穂乃は「あっそ」と言ってスマホを弄りはじめる。

 見るといつの間にか丸川の隣には鈴子がいて、親しげに話していた。

 なんだか意味もなく胸がそわそわしてくる。

 せっかくの打ち上げなのに気分が乗りそうもなかった。




 ────────────────────



 鈴子委員長の宣戦布告!

 さてリラさんはどうするのでしょう?

 ハラハラしながら次回です!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る