第18話 永遠のアイドル

 演劇の練習は順調だった。

 はじめはぎこちなかったり、照れがあったみんなも練習を重ねるうちに演技が自然になってきた。


「丸川くんからアドバイスもらうと上手く出来るよね」

「そんな大層なものじゃないってば。もともと池杉くんに才能があるんだって」

「いやいや。さすが元子役」

「やめてよ。親に無理やりアクタースクールに入れられてただけだから」


 ついうっかり口を滑らせてアクタースクールに行っていたことを話したら、なぜかみんなの演技指導をすることになってしまった。

 でもみんなの役に立っているならよかった。


「まさか丸川があのお菓子のCMに出てたとはね」

「端役も端役ですよ。台詞なんてないし、ただわちゃわちゃ遊んでただけですから」

「それでもすごいじゃん。あたしなんてテレビに出たことないし」

「リラさんがその気になればアイドルだって女優だってなれますよ」

「無理に決まってるし。てかそれ、あたしの演技への嫌み?」


 ギロッと睨まれてしまった。

 さすがに女優は言い過ぎたかもしれない。


「リラより直江の方が上手いもんな」


 空気の読めない男子がからかうと、リラさんの表情が曇った。

 リラさんがバイトで練習に参加できないとき、委員長が代役をしてくれていた。

 その演技が上手だと評判だった。

 僕を罵るシーンの迫力はいまいちだけど、その他の演技はナチュラルで上手だ。


「もう直江がヒロインやったら?」

「私はあくまで練習の代役ですから」


 委員長がチラリと横目でこちらを見る。

 なし崩し的に役を押し付けられたくないのだろう。


「演技は上手い下手じゃないよ。一人ひとり個性があっていいんだ。ましてや文化祭の出し物なんだから楽しんでやるのが一番だよ。それに僕はリラさんの演じるベル、好きです」

「そ、そう? ありがと……」とリラさんは少し照れて顔を赤らめる。


 一方委員長はなぜか眉をしかめて目を逸らす。

 ヒロインを押し付けられないようにフォローしたつもりだったけど、僕の言い方がよくなかったのかもしれない。


 美穂乃さんはバイトで先に上がり、細田くんは演出について委員長と話があるとのことで、僕はリラさんと二人で駅に向かっていた。


「もう本番まで一週間くらいですね」

「うん」


 リラさんはずいぶんと浮かない顔をして生返事を返してくる。


「どうしました?」

「鈴子ってそんなに演技上手なの?」


 どうやらみんなから言われたことをまだ引きずってるようだ。

 適当そうに見えて実は責任感の強いリラさんらしい。


「委員長も上手いけど、リラさんも上手ですよ。僕はどちらかと言えばリラさんの演じるベルの方が好きです」

「慰めはいらない。本当のこと教えて」

「本当ですよ。確かに委員長はハキハキ喋るし、大きく動いて表現する。一般的に見て上手に演じてると思います」

「ほら、やっぱ丸川も鈴子の方がいいって思ってるんじゃんっ!」


 リラさんは珍しくふて腐れた顔で怒る。


「いや。僕はリラさんの方がいいと思ってます。だって細田くんの書いたヒロインは奔放で小悪魔的で愛らしいですから」

「ど、どういうこと?」

「委員長のベルは優等生的なんです。リラさんの演じるベルの方がキャラとして生き生きしてます。だから魅力的だし、僕も演じやすいんですよ」


 別におだてているわけではなくて、本心だ。


「だから気にすることなんてありません。リラさんだからこそあの劇は面白くなるんですから。もし委員長にするのならば、それこそストーリーから変える必要があると僕は思います」


 リラさんは赤らめた顔を見られまいと、横を向いて長い髪で隠す。


「ま、まぁ、丸川がやりやすいならよかったよ」


 尖った振りしててもやっぱりリラさんは可愛らしい。

 中学生の頃から、リラさんは僕の永遠のヒロインだ。


「あたしも文化祭まではバイト控えて練習に専念するから。代役頼んでばっかだと鈴子にも悪いし」

「ありがとうございます。まあ委員長も案外楽しんでやってそうですけどね」


 演技なんて嫌いそうなのに委員長は意外と楽しんでそうに見える。

 リラさんはなぜか残念そうな顔で僕を見る。


「それは丸川の相手役だからじゃね?」

「え、どういう意味ですか?」

「なんでもない。いや、丸川ってほんと、鈍感だなって思って」

「よく言われます。嫌われてると知らずにぐいぐい距離を詰めてキレられるとかよくありますし」

「ありそう」


 リラさんはクスッと笑う。


「でもぐいぐい距離を詰めていたからリラさんとも仲良くなれたし、結果オーライです」

「それはっ……まあ、そうかもね。よく知れば悪い奴じゃないって分かったし」

「ですよね!」

「まあうざい奴ではあるけど」


 リラさんは笑いながら僕の二の腕をポンッと叩く。


「と、ところで丸川って茶髪で化粧してる子と、黒髪すっぴんならどっちが好き?」

「え? そうですね……」


 リラさんはイメチェンがしたいのだろうか?

 まあ男子の意見の一つとして僕にも訊ねたのだろう。


「リラさんはどんなスタイルでも似合うと思います。自分がしたい格好が一番だと思いますよ!」


 模範解答をしたつもりだったけれど、リラさんはぽかんとした顔になる。


「はいはい。わかったよ。心配したあたしが馬鹿でした」

「心配? なんのことですか?」

「なんでもない。鈍感な丸川は知らなくていいこと」

「えー? 教えてくださいよ!」


 落ち葉が積もる道を大好きなリラさんと二人で歩く。

 こんな幸せが訪れるなんて、僕の人生も捨てたもんじゃない。



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 そこは気付いてやれよ、まるかわぁあ!

 まぁ気付かないところが丸川ですねー

 ハイスペック丸川無双はまだまだ続きます!


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