第17話 ライバル出現
そして稽古初日──
「さあ、ベル。ここが今日からお前の住むお城だよ」
「うわ、なにっ! めっちゃ綺麗で広い! 上がるー」
「気に入ってくれたみたいでなにより。ふひひひひ」
「キモい! 近付くな!」
丸川のお尻を軽く蹴飛ばすとみんなの笑い声が上がった。
「上手いじゃん、リラ!」
「演技が自然!」
「そうかな? あざーっす」
みんなに褒められると悪い気はしない。
でも演技が自然に出来るのは丸川のおかげだ。
素のような演技で言い寄ってくる丸川が相手だとあたしも素で対応できる。
料理や裁縫、喧嘩に勉強となんでも得意な丸川だけど、まさか演技まで上手だとは思わなかった。
「演技はよかったけどもっとバチーンって思いっきり蹴ってもらわないと」
脚本家の細田からダメ出しされる。
「練習から本気で蹴らないし」
「え? 本番は思いっきり蹴るつもりなんですか?」
丸川は目を丸くして怯えた顔をする。
「嫌いじゃないんだろ、丸川氏」
「そ、そりゃ、まあ」
「キモい!」
パスっと丸川のお尻を蹴るとまた笑い声が起きた。
でも舞台監督役の直江鈴子だけは笑っていなかった。
「丸川くんの演技がうますぎるからプレッシャーだなぁ」
そう嘆いたのは綺麗な王子様役を演じる池杉だ。
笑うだけじゃなくて丸川の演技力を見抜くとはなかなか鋭い。
「うまくなんてないよ」
「動きも台詞もすごく自然だって。僕が演じると突然ぎこちなくなると、観客も戸惑うよね」
池杉が焦るのも無理はない。
この脚本は時おり王子の心の声として綺麗な王子様の出番がある。
最後だけ入れ替わりじゃないので池杉の出番も多いのだ。
「それはそうと台本を一ヵ所変えようと思うんだけど」
細田がみんなに説明し出す。
「ラストでヒロインベルが『私と結婚してください』というシーン、ベルが野獣にキスをして求婚した方がよりロマンチックになるかなと思って」
「はぁあああー!?」
あたしが怒鳴るよりも先に鈴子が前のめりで怒鳴った。
「ステージの上でキスなんてダメに決まってます! なんだと思ってるんですか! ふざけないでください!」
「す、すいません……ただの冗談だったんですけど」
あまりの剣幕にみんなドン引きだ。
くそ真面目な鈴子には通じないジョークだったのか、それともまさか──
「いや、脚本家先生の意見もいいんじゃないかな?」
場の空気を読まず丸川が神妙な面持ちで頷く。
「ま、丸川くん」
鈴子は唖然とした顔でゆるゆる首を振っている。
「あり得ないし! なんでステージ上であたしと丸川がキスしなきゃいけないわけ!」
「キスじゃないですよ。キスをする演技です。まあ唇と唇が重なるから見た目はキスだけど、意味合いは全然違います」
「物理的に唇同士が触れあったらおんなじでしょ! バカなの!」
「いや、待てよ」と細田が腕を組む。
「野獣から綺麗な王子様に変身してからキスをしてハッピーエンドの方が綺麗かも」
「絶対反対! キスシーンはなしの方向で」
丸川は勢いよく意見を翻す。
稽古初日の固い空気も丸川のおかげですっかり軽くなった。
もし計算だとすると、本当に対した奴だ。
稽古を少し早めに上がらせてもらい、あたしと美穂乃はバイトへ向かう。
ちなみに美穂乃はヒロインの意地悪なお姉さん役だ。
「ピンチなんじゃね、リラ」
「え? まだ余裕あるし遅刻はしないっしょ?」
「そうじゃなくて、さっきの」
「あー、劇? 確かにこうやってバイトで練習抜けてたら遅れるよね」
「へー? とぼけるんだ?」
美穂乃にシラーッとした視線を向けられる。
「とぼけるってなにを?」
「直江鈴子」
美穂乃の一言で不覚にもピクッと反応してしまった。
「リラも気付いてたんでしょ? 鈴子、丸川に気があるんじゃね?」
「ま、丸川に? ないない。あんなキモオタ、鈴子だって眼中にないでしょ」
美穂乃は口の中でカラカラとチュッパチャプスを転がしながら冷ややかな視線を刺してくる。
あたしの手のひらは汗で濡れ始める。
「丸川すごいじゃん。成績は学年でぶっちぎりだし、料理も上手いし、喧嘩も強いんでしょ? 見た目はまあアレだけど、完璧じゃん」
「ま、まあ、すごい奴ではあるね」
「そのすごさに気付いてるのが自分だけだと思ってるわけ?」
「それは……」
鈴子も丸川のスペックに気付いているかもしれない。
「あの娘、リラがバイトで抜けるって言ったら喜んでヒロインの代役を買って出てたよね?」
「それは責任感強いからでしょ……たぶん」
「責任感、ねぇー」
美穂乃はちゅぽんっとチュッパチャプスを口から抜く。
鈴子は化粧っ気がなくて地味だけど意外と美人だ。
奥二重で涼しい目許だし、肌は白くて決め細やかだ。
黒髪を三つ編みにしてるのは野暮ったく見えなくもないけど、鈴子には似合っている。
っていうか丸川みたいなオタクはああいう清楚で控え目な美少女がタイプなんじゃないだろうか?
「焦ってる?」
「なんであたしが! 別に丸川がどうなろうが、あたしには関係ないし!」
「ふぅん」
「なによ?」
「なんも言ってないし」
今ごろ丸川と鈴子が練習してるのだろうか?
あれほどキスシーンに反対していた鈴子だけど、今ごろ試しにやってみようとか言ってたりして……
モヤモヤしながらバイト先へと向かっていった。
────────────────────
ライバル出現に焦るリラさん。
確かに丸川のハイスペックを見抜いている人はリラさんだけとは限りませんね!
まぁ丸川はリラさん以外眼中にないのでしょうけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます