第9話 二人きりの打ち上げ

「えー!? リラ、スゴいいい点じゃん!」

「まーねー!」


 中間テストの答案が返され、リラさんの周りではざわめきが起きていた。

 どうやら赤点を回避どころか、かなりの点を取れたらしい。


「どうやってカンニングしたわけ?」

「はぁ? なめんな。これがあたしの実力だから」

「絶対ないし!」


 きゃっきゃとはしゃぐ声が微笑ましい。

 友だちもみんな赤点を免れたようで、放課後はみんなで打ち上げに行くようだ。

 今夜のジョギングは中止かもしれない。

 たまには羽を伸ばすことも必要だ。



 テスト明けの駅前はあちこちにはしゃぐ生徒がいて、独特の解放感が溢れていた。

 細田くんは推しのイベントがあるとかで帰ってしまったので、僕は一人きりだ。


「丸川っ」


 潜めた呼び声に振り返ると、看板の影からリラさんが手招きをしていた。


「どうしたんですか? みんなと打ち上げに行ったんじゃ?」

「丸川のお陰で赤点にならなかったんだから打ち上げはあんたとしようと思って」

「いい点数を取れたのはリラさんが努力したからです。僕の貢献なんて微々たるものです」

「もうっ! そーいうめんどくさいのいいから。てか丸川はあたしと打ち上げしたくないの?」

「したいです! 5万円払ってもしたいです!」

「なにそれ。ウケる」


 リラさんに連れてこられたのはカラオケ店だった。カラオケなんてほとんど来たことがない。

 密室で二人きりというシチュエーションもあいまって、どぎまぎしてしまう。


「じゃんじゃん入れてねー」

「は、はい」


 リラさんは次々と曲を入れる。

 ボカロ、DTM曲などがメインで、たまにアイドルの曲なんかも入れる。

 特等席で聴けるライブのようで、興奮してしまった。

 軽やかな歌声、外さない音程、可愛いダンス。

 歌ってもやはりリラさんは女神だ。


「もうっ! あたしばっか歌ってるじゃん! 丸川も入れなよ!」

「僕は知ってる歌がほとんどないんで」

「嘘つけ。そんな奴いないし」

「本当です」

「じゃああたしの歌った曲も全部知らない?」

「聴いたことくらいはありますけど、歌えるほどは知りません」


 正直に伝えると、リラさんは残念そうに顔をしかめる。


「丸川の歌も聴きたかったのに」

「すいません」

「歌える曲だってなんかしらあるでしょ。あ、アニメの曲とかは?」

「それは、まぁ、歌えますけど」

「それでいいんだよ! 歌いたいのを歌いなよ。あたしと二人しかいないんだし」


 リラさんの前だからこそ歌えないのだけど、うじうじ言ってるとまた怒られそうなのでリモコンで曲を入れた。


 僕の好きな深夜アニメのエンディングだ。

 絶対にリラさんは知らないだろうけど、とても好きな曲だった。

 歌い始めるとリラさんはジィーッと僕を見詰めてきた。

 緊張しながらもなんとか最後まで歌いきると、リラさんは嬉しそうに拍手をしてくれた。


「うまいじゃん、丸川!」

「そ、そうですか?」

「声、渋いし、音程もちゃんとしてた。それにすっごくいい曲だったし」

「本当ですか!? 嬉しいな。大好きな曲なんです」

「ねぇ、もっと聴かせてよ、丸川の好きな歌を」

「はい!」


 図に乗った僕は次々とマイナーなアニソンを歌う。

 きっと全然知らない曲だろうけど、リラさんは大盛り上がりだ。

 そういう優しさがリラさんの本当に素敵なところだ。

 はじめはビクビクしながら歌っていた僕も、気付けばノリノリになっていた。

 楽しい時間というものはすぐ過ぎてしまうもので、気付けば終了5分前となってしまった。


「ねぇ丸川」


 盛り上がって熱くなったのだろう。リラさんは着ていたカーディガンを腰に巻いていた。

 ふんわりと甘くて爽やかな香りを放ちながら自然な動作で僕の隣に座る。

 オーラに気圧されて僕は少し距離を取る。


「な、なんでしょう?」

「最後に二人で歌おうよ」

「リラさんと一緒に歌える曲なんてないですよ」

「大丈夫。丸川も絶対知ってるから!」


 無理矢理マイクを持たされると曲が始まる。

 それは『天空の城ラピュタ』の主題歌である『君をのせて』だった。


「合唱コンクールで歌ったんだ。丸川も知ってるでしょ?」

「はい」


 はじめはリラさんの歌を邪魔しないように小さく歌っていたけど、やがて声が大きくなり、最後は二人で熱唱してしまった。


「いえーい」


 リラさんが手を上げ、ハイタッチを促す。

 一瞬のためらいの後にぱちんっと手を合わせた。

 始めて触るリラさんの手のひらは小さくて、皮膚の薄さが分かるくらい柔らかかった。


「あー、楽しかった」

「楽しかったですね」


 リラさんは上機嫌で僕の隣を歩いていた。

 こんな夢のようなことがあっていいのだろうか?

 帰り道がいつまでも続けばいいと願ってしまう。

 しかし当然そんなことはあるわけもなく、リラさんの住むアパートの前についてしまう。


「それじゃ、リラさん。また明日」

「は? また今夜の間違いでしょ? 走りに行かないつもり?」

「あ、いえ。疲れたからお休みなのかと」

「んなわけないし。毎日続けなきゃ意味ないって言ったのは丸川でしょ」

「そうでした」

「それに今日はカラオケでハニートーストとか食べちゃってるし。しっかり走らなきゃだよ」

「了解しました! では八時頃、お迎えに上がります」

「うん。待ってる」


 あと二時間後にはまたリラさんと会える。

 それがなんだか妙に嬉しくて涙が出そうだった。

 早く帰ってジョギングの準備をしようと僕は急ぎ足だった。



 ────────────────────



 泣きそうなくらいに嬉しいことってありますよね

 なんでもないことだけど、嬉しい。本当にちょっとしたことだけど


 幸せなときは自分が幸せだと気付けないものです

 でも丸川は自分が幸せなのだと気付くことができました


 なんでもない幸せを見逃さないで噛みしめましょう!

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