第3話 丸川のお弁当

 うちのクラスの丸川って奴はかなりイカれている。

 入学初日から私の下僕だと言って近寄ってきた。

 怒鳴り付けたり、ときにはケツを蹴ったりしたけど効果はなかった。

 というよりむしろ喜んでいたかも。


 気味が悪くなって無視することに決めたけど、夏休みが終わってからは更にエスカレートして、あたしの昼飯とか買ってくるようになってしまった。

 みんなからは『下僕くん』と呼ばれて冷やかされる始末だ。


 だからこのあいだ「迷惑なんだよ」とはっきりと言ってやった。

 そしたらマジでぴたっとウザ絡みが止まった。

 丸川本人から理由を訊いたら「迷惑になりたくないから」だって。

 マジ、バカなの?


 まあ話し掛けるくらい許してやったら調子にのってまたお昼とか買ってくる始末。

 距離感バグってんのかよ。

 まあ買ってくるもののセンスはいいから助かってるんだけど。


 今日は丸川から借りたノートで勉強をしている。


「しっかしほんと、スゴいな」


 丸川のノートは本当に理解しやすい。

 先生の説明聞くより遥かに分かりやすかった。

 あたしは何が分かっていて、何が分からないのか、それを知っているかのような説明だ。

 丸川って将来教師になればいいんじゃね?

 ま、あいつの将来なんてあたしにはなんの関係もないことだけど。



 翌朝、登校途中で丸川と会った。

 いつもあたしよりも早く登校しているのに珍しい。

 ここであたしを待っていたのだろうか?


「おはようございます、リラさん!」

「おはよ。どーしたの? いつももっと早いでしょ」

「これを渡そうと思いまして」


 丸川はギンガムチェックの包みにくるまれたものを渡してくる。


「なにこれ?」

「お弁当です」

「マジで作ってきたの!? 本気でいらないから」

「それじゃ!」

「あ、ちょっと! っもう!」


 なんで同級生の男子が作ったお弁当なんて食べなきゃいけないのよ。

 人に見られても嫌なので、仕方なく鞄に入れる。



 お昼休みはいつも通りみんなで中庭で食べる。

 捨てるのももったいないのであたしは丸川の作った弁当を食べることにした。


「リラ、今日も下僕くんの貢ぎ物?」

「貢ぎ物じゃねーし! ちゃんとお金払ってるから」

「リラも災難だよねー。あんなオタクに取り憑かれて」

「丸川、めげないよねー」


 みんながケラケラと笑っている。

 なぜかちょっとカチンときたけど、無視してお弁当を手に取った。


「あれ? 今日はマジで丸川の買ってきたやつじゃないんだ?」


 そう言ってきたのは中学からの親友の美穂乃みほのだ。

 みんなが丸川をからかうのにも参加せず、クールにチュッパチャプスを舐めている。

 美穂乃はしょっちゅうチュッパチャプスを舐めていて、もはやトレードマークだ。


「あ、うん。マ、ママがお弁当作ってくれて」

「へぇ」


 ふたを開けて驚いた。

 お米は五穀米、つくね串に野菜の煮物、美しくカットされたオレンジが綺麗に並べられていた。


「うわっ、なにそれ? 売ってるやつみたいに綺麗!」

「リラのママって調理師?」


 笑っていた人たちも真顔になって覗き込んでくる。

 てか丸川、なんなのよ、このクオリティ……


 ママのことは適当にごまかして、さっそくつくねを噛って更に驚いた。


「うわ、うま!」


 思わず声が出てしまう。

 鶏ミンチにレンコンを混ぜ、シソと生姜で臭みを消していた。

 かけられたテリヤキソースも甘過ぎず、しょっぱすぎず絶妙だ。


「すごいじゃん、リラママ! もう丸川の供物とかいらなくね?」

「毎日作ってもらいなよ」

「用無しになった丸川、涙目じゃね」

「う、うん……」


 言えない。

 これを作ったのが丸川だなんて、口が裂けても言えない。


 栄養バランスを考え、しかも美味しいお弁当。

 あたしはすぐに完食してしまった。

 本当にいったい丸川は何者なんだろう?


 放課後、丸川は隙を見計らってあたしのもとにやって来た。


「お弁当、どうでした?」

「マジで美味しかった。なんであんなに上手なわけ?」

「うちは両親とも働いてまして。料理は子供の頃から僕が担当してたんです」

「マジで? えらいじゃん」

「普通ですよ。まあ最近は妹も手伝ってくれますけど」


 丸川は当たり前のように言うけど、本当にすごいことだと思った。

 あたしなんて家では皿洗いの手伝いさえしていない。


「じゃあまた明日作ってきますんでお弁当箱返してください?」

「い、いいよ。洗って返す」

「そんなことリラ様にさせられません」

「丸川。またリラ様に戻ってるよ」

「あ、すいません」


 慌てて口を押さえて狼狽える姿は、不覚にもちょっと可愛い。


「ノートもありがと。分かりやすかった」


 お弁当箱の変わりにノートを返す。


「それは持ってていいです。僕は別のノート使ってますから」

「でもそれじゃ丸川が復習できないじゃん」

「大丈夫です。僕は頭の中に全部入ってますんで」


 学年でぶっちぎりの成績を見れば、それもあながち嘘じゃないんだろう。

 丸川は明日のお弁当の仕込みがあるからと早々に帰宅してしまった。


「変なやつ」


 ふと視線を感じて振り向くと美穂乃がチュッパチャプスを口の中で転がしながらこちらを見ていた。

 まさか丸川とのやり取りを聞かれた!?

 美穂乃は少しにやけていた。


「き、聞いてたの?」

「ううん。なんにも聞いてないよ」

「そ、それならいいけど」

「さ、帰ろ、リラ様」

「やっぱ聞いてたんじゃん!」


 鞄でバスっと腕を叩く。

 他の人と違って美穂乃は丸川じゃなくてあたしをからかう。

 人の悪口や陰口を言わない美穂乃らしくてなんだか嬉しかった。



 ────────────────────



 ちょっぴり丸川の肩も持つようになったリラさん。

 そしてそれをニヤニヤと見守る親友の美穂乃さん。

 じわじわと丸川くんのボディブローが効いていきます。

 こうしてオタクに優しいギャルは生まれていくんですね!

 でもまだまだ戦いは始まったばかり。

 リラさんをでれでれのトロトロに出来るのでしょうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る