第4話 丸川のイメチェン

 リラさんは僕のお弁当を気に入ってくれたみたいだ。

 毎日綺麗に残さず食べてくれている。

 金曜日、リラさんから返してもらったお弁当を開けると中に一枚のメモが入っていた。


「ん? なにこれ?」


 なんとそこには電話番号とメッセージアプリのアカウントが記載されていた。


「こ、これって連絡してもいいってこと、なのかな?」


 心臓が飛び出してしまうんじゃないかと思うほど暴れていた。

 二時間くらい悩み、勇気を振り絞って電話すると、ツーコールでリラさんが応答してくれた。


「あ、あの、丸川ですけど」

「遅い! 無視されたのかと思ったし!」

「す、すいません」

「すぐに謝るの、やめなよ。怒ってないし」


 微かに笑うリラさんの声が聞こえた。


「いつもお弁当とかノートとか、ありがと。ちゃんとお礼言えてなかったし」

「そ、そんなことお気になさらず! こちらこそわざわざありがとうございました! それじゃ失礼します!」

「あ、ちょっと! すぐ切らないで! そうやってすぐに一方的に会話を打ち切るの、丸川の悪い癖だよ」

「す、すいません」


 こちらからグイグイ行くくせに、リラさんの方から歩み寄ってくれると緊張してすぐに逃げようとしてしまう。

 僕のそんなところまで気付いてくれていたなんて、さすがはリラさんだ。


「ところで丸川、明日暇?」

「あ、はい」

「じゃあ二人で出掛けない? お弁当とかノートのお礼がしたいし」

「お礼だなんて、そんな! 僕が勝手にしてることですし!」

「そーいうのめんどいから。じゃあ明日十時ね」


 リラさんは場所を指定して、一方的に切ってしまった。

 リラさんと出掛けるなんて想像もしてなかった急展開だ。

 心臓がバクバクとうるさいくらいに跳ねていた。



 約束の時間一時間前に到着してリラさんを待つ。

 ドキドキして眩暈が起きそうなほどに緊張していた。

 女子と休日に出掛けるなんて、もちろん生まれてはじめてのことだ。

 しかも相手はリラさん。


 着てきた服を改めて眺めてため息が漏れる。

 無地のトレーナーにブルージーンズとスニーカーという無難なものをチョイスした。

 ファッションには興味がないので持ってる服は全てお母さんが買ってきたものだ。

 普段はそれでなんの不自由も不満もなかったけれど、今日は不安でいっぱいだった。

 なるほど。人はこういうことを経験して洋服を自分で選んで買うようになるのだろう。


「うわ、丸川。もう来てたワケ?」

「わっ!? リ、リラさん。おはようございます」


 リラさんは待ち合わせ三十分前にやって来た。

 だるんと長いのに肩の出たニットを着ていた。

 きっとショートパンツを履いているんだろうけどニットに隠れて見えていない。脚は黒いタイツでピチッと覆われていた。


「お、お綺麗です」

「え、そう? ありがと」

「すいません、こんなダサい格好で来てしまって」

「そーかな? 普通じゃない?」


 こんな糞ダサい格好をしてるのにリラさんは気にした様子もない。

 度量の大きい人だと改めて感心させられた。


「いや、こんな格好でリラさんの隣を歩くなんて失礼ですよね。やっぱり帰ります」

「帰らないの! っもう! あ、じゃああたしが服、選んであげるよ」

「そんなお手数をおかけするわけには」

「よし、行こう!」


 逃げないように僕の腕を掴んでリラさんが連れてきてくれたのは、大きめな古着屋さんだった。


「無地じゃなくて可愛い柄ものの方が丸川には似合うと思うよ」

「そ、そうでしょうか?」


 リラさんがコーディネートしてくれたのは黒いTシャツとその上に羽織る白と黒のタータンチェックのゆったりとしたシャツ、そしてダボっとした七分丈のパンツだった。


「うん、いいじゃん。似合ってる」


 リラさんはニシシと歯を見せて屈託なく笑う。

 確かに自分でも意外なほど似合っていると感じた。

 それを全て買い、そのまま着替えさせてもらって今日一日過ごすこととした。

 お洒落になれたことで少し心に余裕が生まれて、リラさんの隣でも萎縮せずに歩くことができた。


 買い物のあとは喫茶店に行く。

 普段僕が立ち寄ったこともないお洒落な店が立ち並ぶ落ち着いた通りにある店だ。


「ここのケーキが美味しいんだよね!」

「ダイエット中なのにケーキなんていいんですか?」

「テンション下がること言わないで」


 ギロッと睨まれ、冷や汗が吹き出した。


「す、すいません。余計なことを」

「あー、もう、すぐに謝らないでよ。ノリ悪いなぁ。いまのは冗談で怒ったんだから」

「そうだったんですね。失礼しました」


 女子と話なんてほとんどしたことないから分からないことだらけだ。


「それにしても丸川って頭いいよね」

「そんなことないですよ」

「そんなに賢いのに、なんでうちの高校なんか入ったの?」

「いや、それは、まあ」

「家が近いとか? それとも入りたい部活があったとか?」

「いえ、そういうワケじゃ」


 まさかリラさんがこの高校を目指していると知って進路を決めたとは言えない。


「テ、テストの本番に弱くて……緊張して間違いが多くなるので安全を見て今の高校に決めました」

「へー。なるほどね」


 無理のある理由だと思ったけれど、リラさんは納得してくれたようだ。

 違う中学だけどあれこれ調べてリラさんの志望校を突き止めたなんて知ったら間違いなくドン引きされてしまうだろう。



 ────────────────────



 すぐに帰ろうとするな、丸川!

 とはいえようやく落ち着いてリラさんとも話が出来るようになったし、一歩前進ですね!

 ここで特に書かれなかった今回の設定について!

 リラさんはおしゃれ好きですが、男子のおしゃれにはあまり感心がありません。

 むしろ変に洒落た男子はあまり好きじゃないようです。

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