第7話 丸川、吠える

「マジあいつ、信じられない。サイテー」


 丸川を追い返してからも怒りは収まらなかった。


「まーまー。そう怒んないの」


 一緒にバイトしてる美穂乃が冷静になだめてくる。さすがにバイト中はチュッパチャプスを舐めていない。


「あり得なくない? バイト先に来たんだよ?」

「クラスの友だちが来たことくらい今までもあったでしょ?」

「それはそーだけど……てかなんであたしのバイト先を知ってるの? 絶対ストーカーだって」

「うーん。それはまあ、確かにキモいかな」

「犯罪だよ?」

「最近結構世話になってるみたいだし、それくらい許してやりなよ」


 他人事だと思って美穂乃は笑ってる。


「世話になってなんか……」


 お弁当の件も、勉強ノートの件も、美穂乃にだけは話していた。

 美穂乃はなにも言わずニヤニヤ笑ってあたしの顔を見ていた。


 その日も仕事は忙しく、お客さんはひっきりなしにやって来た。

 上がりの時間になっても客足は止まず、結局一時間延長して仕事をしてしまった。


「あー、疲れた」


 着替えて店を出て伸びをする。

 美穂乃は時間通りに帰ってしまったので、帰りは一人だった。


 駅に向かって歩き出すと、壁にもたれたチャラそうな二人組の男と目が合う。

 嫌な予感がして少し足早に通り過ぎる。


「ねぇ、なにしてんのー?」


 髪を金色に染めた男が声をかけてきて、もう一人の奴があたしの前に立って進路を塞いだ。


「邪魔」

「遊びに行かない?」

「行かない」


 この手のナンパは慣れている。

 適当にあしらうのが一番だ。


「じゃあ家まで送ってあげようか?」

「ウザい。どいて」


 無視して立ち去ろうとするといきなり手首を掴まれた。


「きゃっ!?」

「調子に乗んな、ブス。誰にでもヤらせてんだろ?」


 細い通りなので周りに誰もいない。

 大声を出せば誰か来てくれるかもしれないけど、情けないことに怖くて声がでなかった。


「おい、汚い手を離せ! このクズ野郎が!」


 いきなり飛び出してきた影が手を掴んでいた男に体当たりをする。

 凄まじい勢いだったので、男は吹き飛ばされて壁に叩きつけられていた。


「ま、丸川!?」


 助けに来てくれたのは、なんと丸川だった。


「大丈夫ですか?」

「なんだテメェ!?」


 金髪が凄んで丸川に詰め寄る。

 完全にキレてる様子だが、丸川は身動ぎもせずに睨み返していた。


「それはこちらの台詞だ。なんだ、君は。彼女に向かって汚い言葉を投げ掛けたことは許さないからな」

「ほう? 許さなかったらどうなるんだよ?」

「お友だちの二の舞だろうね」

「ざけんなよ? 不意討ちかましてノシたくらいでいい気になるなよ!」


 金髪はすごい速度で丸川の腹を殴った。


「きゃあ! やめて!」

「デブが! イキってんじゃねえぞ!」


 二発、三発とお腹を殴り、トドメとばかりに蹴りを放ってきた。

 しかし丸川はそのキックをパシッと受け止める。


「え?」

「謝れ! 彼女に謝るんだ!」

「うわっ!?」


 丸川はそのまま体重をかけて金髪を押し倒して、組み敷く。

 いつもの丸川とはまるで違う。

 ものすごい迫力で、守ってもらってるあたしですらちょっとビビった。

 のし掛かった丸川は柔道技なのか、金髪の襟首を掴んでぐいぐいと締め上げていた。


「彼女は見た目が少し派手だけど、とても真面目で清らかで優しい人なんだ! 上辺だけの見た目で勝手に判断するな!」


 金髪の顔はみるみる赤くなっていき、バタバタともがいていた。


「さあ、早く謝れ! そして二度と近寄るな!」

「もういい! 丸川! やめてよ! そいつ、気を失ってるから」


 慌てて背中から丸川に抱きついて攻撃をやめさせる。


「あ、すいません」

「警察来たらめんどいから逃げよう」

「でもまだ彼らの謝罪が」

「そんなのいいから!」


 丸川の手を引っ張ってその場を立ち去る。

 細い路地をクネクネと曲がりながら駆け抜けて、公園までやって来た。


「リラさん、怪我はありませんか」

「あたしより丸川でしょ! 怪我してない?」

「するわけないです。パンチなんて全部ガードしてましたから」


 はぁはぁと息を切らしながらあたしたちは笑い合った。


「てか丸川強すぎでしょ? マジ、なんなの?」

「実は小学校、中学校とイジメられて、そのお陰で護身術が身に付いたんです。パンチやキックは結構防げますし、この体重を行かして相撲みたいに相手を倒すことも覚えました」

「なにそれ。ウケる。丸川、マジでスゴいよね」


 頭よくて、優しくて、料理上手で、喧嘩も強い。

 本当に丸川はなんでもこなせるスゴい奴だ。


「そんなことより、すいませんでした!」


 丸川はピシッと背筋を伸ばして、深々と頭を下げてきた。


「へ? なにが?」

「バイト先まで押し掛けるなんて最低でした。すいません。謝ろうと思い、バイト終わりまで待ってました」


 丸川は本当に反省したように申し訳なさそうな顔をしている。


「ぷっ……あはは!」

「どうしました?」

「なんで助けてくれたのに謝ってんのよ! おかしいって。ほんと、丸川ってバカなの?」

「バカですいません」

「謝んないでよ! 褒めてんの!」


 丸川はキョトンとした様子で顔を上げる。

 その姿が不覚にもちょっと可愛かった。


「助けてくれてありがと」

「そんなこと、当然です」

「それに」


 丸川は「上辺だけの見た目で勝手に判断するな」と言ってくれた。

 それが嬉しかった。

 そのこともお礼を言いたかったけど、言葉にしようとすると顔が熱くなって言えなかった。


「なんですか?」

「な、なんでもない! ほら、帰るよ!」


 鞄で丸川のお尻を軽く叩いて歩き出すと、「はいっ!」と言ってついてくる。

 ちょっと犬みたいで可愛い。


「あとさっきのオーダーはなに? ハンバーガーにポテトにチキンにチーズケーキって。あんなに食べてたらもっと太るよ」

「少しでも売り上げに貢献しようと思って」

「そんなのいいから。それよかちょっとは痩せなよ」

「僕なんか今さら痩せたところで豚が子豚になる程度ですから」

「見た目なんてどーでもいい。健康のために言ってるの。素直に聞きなさいよね」

「僕の健康に気遣ってくれるなんて。やっぱりリラさんは女神です」

「いちいち大袈裟なんだから。ほんとにもう」


 ちょっとウキウキしてしまい、バレないように顔をしかめる。

 丸川といると、なんだか調子がおかしくなってしまう。



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 リラさんのピンチを救った丸川!

 大金星です!

 ちなみにリラさんは普段からよくナンパをされます。

 いつもなら適当にあしらうのですが、この日は丸川の件でちょっとイラついていて雑な対応になってしまったようです。


 人を見た目で判断しないという丸川の信念は、自らも見た目で判断されて嫌な思いをしてきた経験のためです。

 痛みを知る人ほど他人の痛みも分かるものですね。


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