第23話 出会いと分かれ

 夜も更けてきた頃合い。

 俺は酒場に行きアイシアの動向を探ることにした。

 アッシュの情報によると、夜に入り浸っている酒場があるらしい。

 『レイピア』というお店らしい。

「いらっしゃい」

 店主の女が澄んだ声を上げて、俺を迎え入れる。アッシュからもらった小銭で、麦酒ビールを頼む。

 樽ジョッキを受け取ると、グビグビと飲む。

「店主さん。アイシアが来ていると聞いたのだが?」

「ほう。知っている人かい?」

「ああ」

 俺はコクコクと頷く。

「アイシアはもうじきくるだろうよ」

 店主さんは嬉しそうににかっと笑う。

「まさか、アイシアの恋人かい? この辺り、いつも男の話ばかりだったからね」

「え。いや、はぁ」

 なんで俺の話ばかりしているんだ。

 俺はただの勇者でそれ以外に取り柄のない男だというのに。

「なんでも、優しい上に真面目だとか。いい男じゃない? あんたがそうなんだろ? アズマさん」

「名前も知っているのかよ……」

 俺はヒクヒクと頬を引きつらせる。

「まあ、でも。悲しそうな顔をしていたよ。あの子」

 あの子。

 俺からしてみればお姉さんだが、店主からしてみればあの子か。

「自分とは違う世界の子だって聞いていたからね」

 確かに俺は別世界から来たが……。

 心臓が痛む。イリナの鼓動が波打つ。

「しかし、昔より顔色が良くなって安心したさ」

「アイシアさんは、そんなに……」

「ああ。いつも昏い顔をしていたからね。幸せになってもらいたいもんさ」

 カランカランと鈴の音が鳴り、後ろから近くのカウンターに座るアイシア。

「店主、いつもの」

「あいよ。友達だよ?」

 俺を指さす店主。

「ゆ、勇者!?」

 驚いた顔を見せるアイシア。

 周りがざわつく。

 俺は席を移動し、隣に座る。

「俺はお前に路銀を返してもらいたい。それは魔王討伐に必要なものだ」

「勇者? 魔王って……」

 後ろにいた男が怪訝な声を上げる。

「ち。あんちゃん、やめてくれ」

「嫌だね。やめないぞ。俺たちは勇者だ。さっさと魔物を倒す必要がある」

「それは……」

 アイシアが言葉に詰まると、視線を外す。

 そしてビールを一気に飲み干す。

「この話はあとだ。アジトで話す」

「そうかい」

 俺も残っていたビールを一気に飲み干すと外に出る。

 アイシアはふらつく足取りで俺に寄りかかってくる。

「あー。なんだ。すまんな」

「ホントさ。まさかこんなに酔うなんて……」

 そりゃ大樽ジョッキのビールを一気に飲み干したのだから当たり前だ。

 俺はちびちび飲んでいたから残りは少なかった。

「女は酔ってもたれかかれる、いい男がいると甘えてしまうものさ」

「そうなのか。アイシア、頼むから俺たちと一緒に旅についてきてくれ」

「……それは無理だろう」

 悲しげに目を伏せるアイシア。

「アタシはあくまでも魔人。だからさ……」

「魔人は関係ない。アイシアの意見を聞かせて欲しい。あんたにはやりたいことあるのか?」

「……やりたいこと?」

「ああ。お前がしたいこと。やりたいことはないのか?」

「うぅ。頭が……」

 アイシアがその場で崩れ落ちると、頭を抱えて痙攣を起こし始める。

「お、おい。おい!」

 アイシアを支えるが、頭をガクガクと震わせて、よだれが飛び散る。

 俺は上着を脱ぎ捨て頭を地面に打ち付けないようにする。

 痙攣が治まるまで、ずっと抱き寄せる。

 この状態がいつまで続くのか。

 しかし、何が原因だ。

 酒だけでこうなることはない。

 よく見るとアイシアの魔石が赤く輝いている。

 こいつが原因か。

 しかし、内臓と深く結びついているという。

 無理矢理引きちぎる訳にもいかない。

 どうする?

 周囲を行き交う人々は巻き添えにならないよう、避けている。

 助けを求めても、誰一人立ち止まろうとすらしない。

 くそ。

 三時間後。

 ようやく落ち着きを取り戻すアイシア。

 意識は混濁しているようだが、疲れ切った様子で近くの壁に背を預ける。

「もう、大丈夫なんだな?」

「そう、ね……」

 なんだ。この違和感は。

 辛そうにしているが、これが彼女の呪いか。

 しかし、なんに反応したんだ。

 しばらく休んで、俺はアイシアを支えながらアジトへ向かう。

 そこにはルカもいる。

「どうした?」

 怪訝に思ったルカはもう片方の肩を借りるルカ。

 二人に連れられてアジトにたどり着く。

「アイシアねぇ。大丈夫か?」

「こんなことは前にも?」

「ああ。何度かあるが、ここまでヒドイのは初めてだ」

 アッシュが焦った様子でベッドに寝かせる。

 近くには水の入ったひょうたんを用意する。

 アイシアは胡乱げな表情を浮かべて、水を飲む。

 そしてしばらくしてまた眠りにつく。

「これが魔石の代償か……」

「これも治せないのか?」

 ルカが俺に尋ねてくる。

「こっちの世界のことは、こっちの人間しかしらない。俺では力になれない」

「そう、だよな……」

 ルカが悲しげに目を伏せる。

「なんだよ。勇者のにいちゃんには何も出来ないのかよ!」

 アッシュが握りしめていた拳を机に叩きつける。

「あんた、偉そうなことを言ってなんにもできないんじゃないか! 何が勇者だ! 何が聖人君子だ! 実際は何もできない甘ったれた奴じゃないか!」

 アッシュは怒りをぶつけるようにそう言い放つと、階段を降りていく。

 二番目に大きい少年が追いかける。

 すれ違いざまに声をかけてくる。

「見損なったぞ。勇者さん」

「……」

 俺は本当はなんの力もないってことは分かっている。

 分かっているけど。

 やりきれない。

 この気持ちはよく分からないが、ぐるぐると心の中を掻き乱す。

 気持ちが落ち着かない。

 俺は何のためにここまできたんだ。

 ひと一人も助けられないなんて。

 破壊することしかできない俺には、何もできないというのか。

 それなら、イリナのような白魔道士の方がよっぽど人の役に立っていた。

 俺は……!

 悔しさで拳を握る手が痛む。

「勇者。落ち着け。お前のせいじゃない。魔石が悪いんだ」

 ルカが肩に手を置き、ギュッと抱きしめてくる。

 柔らかな、いい香り。

「お前はお前のしたいことをしろ。お前は勇者だ。みんなの希望の光だ。魔王を倒すまで生きてくれ」

 ルカはそのまま、すっと離れる。

「大丈夫だ。安心しろ」

「え。あ、うん……」

「きゃーっ」と黄色い声援が上がる。

「か、勘違いするなよ。泣いている子は放っておけない、ってだけだから」

 ルカが頬を赤くし、アイシアの近くによる。

「路銀は返してもらうぞ。お前たちはどうする?」

 ルカは残された少年少女に向き直る。

「え。で、でも……」

 彼女らには決定権がないのか、困り果てている。

「お前らの感覚でいいんだよ」

 戻ってきたアッシュと追いかけていた少年が帰ってくる。

「アイシアには金貨二十枚。あんたらは旅についてくれば、安全と食は保証する」

「それに魔族を退治した勇猛果敢ゆうもうかかんな戦士として認められるだろう」

 富と名声を与えるには申し分ないだろう。

「だが――」

 アッシュは口を開こうとするが、推しとどまる。

「こいつらのこと、助けてくれるんだな?」

「ああ」

「アッシュ。ナッシュビル。スズ。サリー。アオイ。カナだ。よろしく」

 アッシュが順番に名前を告げると、俺は手を差しのばす。

「ああ。よろしく」

「……分かったよ」

 アッシュと手をつなぐと、頬を緩ませる。

「盗賊から足を洗うんだな。これからは勇者の先兵だ」

「ああ。これでおれたちも盗人ぬすっとを忘れられる」

「うちらどうなるの?」

 一番下のカナが困ったように眉根を寄せる。

「大丈夫だよ。一緒についてくるだけだから」

 アッシュがそう言い、カナをなだめる。

 症状も治まり、未だに続く頭痛を抑えながら周囲を見渡すアイシア。

 金貨が二十枚。

「あいつら、ついていったのか……」

 アイシアは困ったようにため息を吐く。

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