第29話 教会
街の端にある孤児院。
そこにはたくさんの子どもと大人が集まっていた。
俺はアッシュたちを孤児院に預けようと訪れていた。
「おれたちをここに預けてどうするのさ。勇者」
「お前らが危険にさらされるのは分かっている。だからここで大人しくしていてくれ」
「そんなこと言っても!」
「僕らに富と名声を与えてくれるんじゃないのかよ!」
ナッシュビルの悲痛な声に言葉を失う俺。
「いいから勇者の言う通りにしろ。ナッシュビル、アッシュ、サリー」
ルカが隣でくしゃくしゃと頭を撫でまわす。
「そんなことをしても騙されないぞ」
アッシュが悔い気味に言い放つ。
「おれたちのことが邪魔だから、ここで降ろすんだろ?」
「そうなの? ルカお姉ちゃん!」
カナが寂しそうに訊ねてくる。
「違う。ただ君たちに危険が及んではいけないという判断だ」
「そうよ。あなたたちの安全を思ってのことよ」
アイシアも首肯し、真の通った声で応じる。
「こっちはジュライがいるだけです。賑やかになるのはありがたいですが……」
孤児院の院長がふっと笑みを零す。
「でも……!」
アッシュが頑なに否定を重ねてくる。
「お前がいたところで何もできまい」
「何を!?」
「アッシュ。お前に何が出来る?」
俺は問い詰めるように厳しく声を荒げる。
「だって、おれ……」
ヒクヒクと泣き始めるアッシュ。
「泣いたからといって状況が変わるわけでもあるまい」
「勇者!」
俺の言葉を咎めるようにルカが割り込んでくる。
「……」
ぎっと睨むとルカは目を潤ませ、言葉に詰まる。
「アタシならどう役立つのか、それを言うね」
アイシアが不敵な笑みを浮かべてアッシュを見やる。
「お、おれは……」
何も言い返せないアッシュ。
子どもだから――。
それで何も出来ないのが悔しいのだろう。
ぽろぽろと泣き続けるアッシュ。
「だってよ。おれだって悔しいんだぜ。魔王とか、戦争とか。そんな理不尽終わらせたいんだ」
「……分かった。アッシュだけは連れていく」
「勇者!」
「なにを!?」
「バカな……」
アッシュの嬉しそうな顔を見て、隣にいるルカを見やる。信じられないような顔をしていた。
アイシアも目を見張るような顔つきでこちらを見る。
「後方支援だけだ。そう難しくもない」
「こうほう……?」
アッシュはぼけっとした顔つきでしゃべる。
「おっと。そんな顔をしているようじゃ、俺たちの背中は預けられないね」
俺はわざと茶化すような言葉を選ぶ。
「な、なにを!?」
アッシュにやる気が戻ると、俺はその頭を撫で回す。
「お前にやれることは限られている。だが、何もできないよりマシだろ?」
「ああ。やってやるさ」
アッシュが息巻いている。
「さ。皆様こちらへ」
院長のお姉さんがナッシュビルたちを案内し始める。
大聖堂に、食堂に、寝屋に、トイレに、お風呂。
孤児院ながらもずいぶんと充実した作りと、装備である。
「これなら、君たちも安心だな」
ナッシュビルの頭を撫でて言う。
「そうだね」
ナッシュビルが久々に笑みを零す。
良かった。
彼らならなんとか生きていけるだろう。
そう思い、金貨を渡す。
「これでしばらくは持つだろう。大切に使いな」
俺はそう言うと出口に向かう。
と、そこにぶつかってくる子ども。
ぶつかった拍子にその子どもは転ぶ。
「あ。ごめんな」
俺は手を差し伸べる。
それを振り払う子ども。
「こら。ジュライ!」
院長がしかるが、あまり聞いていない様子の子ども、ジュライ。
「君がジュライか。よろしくな。俺は勇者の
「ふん」
俺の伸ばした手のひらを叩くジュライ。
「こら! ジュライ!」
「自分たちだけで世界を壊して、だからそうやってヘラヘラしていられるんだ。遊んでいるつもりか?」
ジュライはこっちを見て苛立ちを露わにする。
こんな子どもに、どれほどの苦難を背負わせたのか。事実は筆舌に尽くしがたい。
想像もつかないほどの痛みを感じた俺はうろたえる。
「あんた。こいつの何を知っているんだい?」
アイシアが冷たく睨む。
「お前だって、ぼくの何を知っているのさ?」
鋭い視線が絡み合い、お互いを攻撃しあっている。
アイシアは胸元を少し開ける。そこには魔石が埋め込まれている。
「これでもあんたはいっちょ前なことが言えるのかい?」
「そ、それは……」
ジュライが言葉に詰まる。
魔人。半人半魔の象徴たる魔石。
そして、それに及ぶに至る過去を想像して、顔が曇る。
みんなそうだ。
アイシアの過去も、ルカの過去も。
彼らからしてみれば、想像できないほどの過去なのだ。
「孤児院があるだけ、マシだと思え」
ルカが冷笑を浮かべて言う。
「くっ。なんだよ。分かったようなことを言って。ホントは何も分かっていないんだろ?」
ジュライはかみ切れそうなくらいに食いついてくる。
「分からないよ」
「……っ!?」
「俺には分からない。ただ一つ言えることは、こんなことをする魔王を放ってはおけないってことだ。お前らは魔族も受け入れているみたいだが、それがすべてではない。世界は広いんだ」
「だったら、何だって言うんだ。ぼくたちはこれまでそうやって生きてきたんだ。今更……」
「君は現実を知らなさすぎる。自分たちのいる世界のことくらい、自分の目で確かめたらどうだ?」
俺はもっともらしいことを言ったが、本当に倒さなければならない敵はどこにいるのか、分からない。
魔族を滅ぼす。
だからこの街を滅ぼす。
そんな論理は成り立たない。
ここに生きている人々だって家族がいて、子どもがいて。親がいて。
だから生きていける。
だからお互いを支え合っている。
そんな彼らを壊したのはむしろ俺の方なのかもしれない。
そうであったのなら、どんなにわかりやすいのか。
魔王は俺たちが来ることを知っていて、この街を攻撃したのだ。
それが何の意味があるのか、なんでそんなことをしたのか、まったくもって分からない。
だが、生きるしかないのだ。
そんな辛い現実があっても。
俺は知らない。この世界のことを。
でも俺のいた国でも過去戦争になったことはある。
地は焼かれ、涙と悲鳴がとどろいた。
ぼろぼろになり、二発の爆弾がすべてを変えた。
優勢だと思われた軍が負けを認めた瞬間は、国民にどう映ったのか。
俺たちは戦時中のことは知らない。知らないが、戦争後は聞いたことがある。それは酷いものだったらしい。
世界は痛みで満ちている。
どの国も、どこもかしこも、戦争の傷を受けていた。
こっちの世界でも同じようなものなのかもしれない。
だが、確実に言えることは、痛みを受けたからといって痛みを与えていい理由にはならない。
痛みを与えたから、痛みを受けていい理由にはならない。
それでは本当に滅ぼし合うあしかなくなる。
「俺たちは滅ぼすために戦うわけじゃない。止めるために戦う」
そうでなければ、悲しすぎる。
「この街は、平和のあとのモデルケースになるはずだ」
魔族と人類が一緒に共存できる可能性を示している。
「だから。今はここで死力を尽くしてほしい」
「あーあ。甘ちゃんかよ。うちの勇者様は」
アイシアがふふっと笑い、腕に絡みついてくる。
「くっつくなよ」
「いいじゃないか。隣、あいているんだろ?」
「む。こんなところでいちゃつくな!」
ルカがアイシアを引き剥がす。
その顔はどこか嫉妬しているようにも思えた。
「……バカだね」
ジュライはそう言い、クスッと笑いを浮かべる。
「いいだろう。ぼくはセイヤさんのこと、気に入った。少し待って」
そう言って奥の台所に向かう。
俺は不思議に思い、院長に顔を向ける。
院長は嬉しそうに笑みを零して、応じる。
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