第28話 補給

 アイシアの過去を聞き、いたたまれない気持ちになった。

「アイシアは強いな」

 俺ならすっかりしぼんでしまうような状況で、それでもあらがおうとしている。それは並大抵のことではない。

 自分が魔族にされたのもショックだっただろうに。

 魔石は徐々に人の心を蝕み、やがて完璧な魔族へと変貌する。

 が、彼女はまだあらがっているのだ。

 数年の時を人間として生き、そして守ってきたのだ。

 それは並の人間ではできない。

「強い。それもそうかもね」

 ふっと笑いを浮かべるアイシア。

「でもアタシはただじゃ死なないよ」

 怖いことを言う。

 でもそのくらいの気概がなければ、魔王は倒せんか。

「いた。勇者」

「ルカか? どうした?」

 ルカが血相を変えて近寄ってくる。

「伝書鳩で飛ばしておいた食糧支援や武器支援が届いた。これで魔王のもとにいける」

 ルカは俺とアイシアを見て、口を開く。

「二人はデートだった?」

「違うな」「違うわ」

 二人そろって声を上げる。

「じゃあ、馬車の用意と、荷物の運搬を頼むぞ」

 ルカは駆け足で南門に向かう。

 一番近い街は南だからか。

 俺も慌てて走り出す。

 南門に馬車をつけよう。

 ゆっくりと馬を起こすと、南へ向けて移動する。

 補給ができなければ、俺たちの旅は続けられない。

 それも最前線になれば、酷い被害をうけた町並みを見なくちゃいけない。

 救える命を見過ごすときもある。

 華々しく強い勇者はゲームの中でしかありえない。

 実際の勇者は酷く独善的で、人を助けなんてしない。

 この補給も、本来なら街の人に配られるべきものだ。それを勇者が持って行く。

 なんてエゴイズムなのか。

 そうでもなければ、王政は成り立たないのだろうか。

 理想の勇者像とギャップがあり、実際は違った。

 誰も助けられず、助からない。

「さあ、勇者よ。補給だ」

 筋骨隆々の男が馬車から馬車に積み荷を移している。

「ほら手伝う!」

 恰幅のいいおばさんが俺を見て箱を渡してくる。

 へっぴり腰になりながら荷物を運ぶ。

「これだけの荷物をどうして……」

 この民衆には渡さないのか……。

 アッシュたちは困ったように笑みを浮かべている。

「アッシュ。君たちはどうしたい? ついてはこれないだろう?」

「で、でも勇者の兄貴たち。おれはたちは……」

 魔王が憎いだけでは戦えない。それに彼らはまだ子どもだ。

 次の世代には残してはいけない負の感情。そしてあってはならない感覚だ。

 子どもたちは復興の支援をするべきだろう。

「あー。お前たちはここで支援をしてくれ」

「そんな!」

「わたしたちは見捨てるの?」

「いいや。後方支援だ。ここを帰る家にしてくれ」

「帰る……?」

「ああ。俺が生きて帰れる家を」

「わ、分かったよ」

 アッシュたちは悲しげに目を伏せて離れていく。

 さすがに戦場に少年少女らを巻き込むわけにはいかない。

 確かこの街にも孤児院があったはず。


 諸々の手続きを終えると、俺はエインズレイが死んだという中央広場に来ていた。

「エイン……」

 俺が仲間を悼むように目を伏せる。

「あんたが殺した」

「勇者なんかがくるから」

「混血は嫌いって話でしょ」

 おばさま方の声が大きく聞こえる。

「勇者。来い」

 ルカが小さく静かに告げる。

 俺はテントに入るとルカがため息を吐く。

「実は勇者を余りよく思っていない奴もいるんだ」

「そうみたいだな」

 俺は困ったようにため息を吐く。

「彼らは半人半魔だからな」

「半人、半魔……?」

「彼らの祖先は全員魔の力を持っている。ゆえに魔族側につくものも多いのだ」

「そう、なのか……」

 ショックが大きい。

 まさか、みんな最初から魔のものだったとは。

 そこに勇者なんてきたら反発するのも当たり前なのだろうか。

 元々混血種だから、どっちにもつかないという話なのかもしれない。

 それでも、俺はここの人を守りたい。守らなくちゃいけない。

 仲間を見捨てたのは魔王の方なのだから。

「分かった。この街の人に良く思われないのはそういう理由だったか」

「ああ。でも、これからどうする? 魔王の居場所は分からないのだろ?」

 ルカが怪訝な顔で見つめてくる。

「あの地図にのっていないかな?」

 イリナが使っていた魔道具。

 地図を広げてみると、そこには赤い点がいくつか。これはこの街に住んでいる人たちだろう。

「この前、魔族と戦ったとき、魔族を強化していたのは魔王だったんじゃないか?」

「え。そんなわけ。でも……」

 地図の位置的に魔王クラスの魔力を感知。大きめの赤い点が現れる。

「……本当に魔王みたいだ」

 ルカが納得すると、俺もホッと一息吐く。

「しかし、どうなっているんだろうな。この町は」

 ルカは悲しそうに呟く。

 これまでの苦労を考えると、確かにルカも思うところがあるのだろう。

 ずっと隠してきているけど、イリナやエレンとの別れは悲しかったはずだ。

 しかし、この地図。

 これが本当なら魔族と同じ赤い点が点在していることになる。

 この町の住民はほとんどが魔族なのだ。少なくとも、その血が混じっているのだ。

 血は争えないということか。

「しばらくしたらすぐに次の街にいくか?」

「あー。それなんだが、馬の調子が悪いみたいで少し休ませたい。それにこの街の人の復興も手伝わないと」

「でも魔王は……」

「地図に載っているんだ。魔王の位置が分かるなら問題ない、だろ? 勇者」

「分かったよ」

 俺はルカの意見を尊重することにした。

「それにアッシュたちを保護してもらわないといけない。その先もみつけなくてはいけないよ」

 ルカが厳しい視線を向けてくる。

 そんなこと、すっかり頭から抜け落ちていた。

 ちゃんとすべきだろうな。

「それなら、狩りにいこうぜ?」

「狩り?」

 ルカが不思議そうに疑問符を浮かべる。

「ジビエだ。野生動物を捕まえて食糧にする。街のみんなに振る舞おう」

 それで少しでも勇者の印象が良くなるといいのだが。

「つまり、炊き出しってこと?」

「そうだ。俺が先任してやる。ついてきてくれ。アイシアも」

「あら。アタシもかい」

 アイシアとルカをつれて俺は町外れにある森の中を突き進む。

 ウサギやイノシシらしきものを見つけると、イリナの力で魔力を奪い取る。

 力を失った動物たちはその場に崩れ落ちる。

 その遺体を運び出すルカとアイシア。

「これだけあれば数日は持つかもな」

 ルカがイノシシの腹を撫でる。

あずまは解体ができるのかい?」

 アイシアがじとっと見つめてくる。

「あー。できない、な……」

 クスッと笑うルカ。

「わたしがしてやるよ。安心しろ。皮も肝も売れるから安心して」

 俺はルカに全てを任せると、炊き出しの準備を始める。

 大きめの鍋に水をいれて火にかける。

 下処理したぶつ切りの肉を鍋に入れていく。補給された野菜を少しいれて、調味料を振りかけて味を調える。

 できた豚汁をみなに配り始める。

 広場の片隅に集まってくる住民たち。

 ブツブツと文句を言いながらも、並ぶ奥様方。

「勇者のクセに」

「今までなんでしなかったのですかね?」

「きっと私たちへのアピールでしょ?」

 分かっていた。喜ばれるとは限らないと。

 でもそれでも何かしなくちゃいけないと思った。

 このまま誤解されているのは嬉しくない。

 わかり合いたい。

 理解し合い、そして未来を見つけたい。

 人と人がわかり合える世界。それもいいと思う。

 どこかで聞いたような言葉がフラッシュバックしてくる。

 ――明日を守って。

 みんなの希望の光。

 みんなを守る。

 生きる。生きて平和の象徴になる。

 それができるのは勇者だけだ。

 生きて未来を切り開く。

 それでいい。

 俺は魔王を倒して、この国を救う。

 できるかできないか、じゃない。するんだ。

 さて、アッシュたちのことでけじめをつけなくちゃいけないよな。軽率だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る