第13話 戦場・ルガッサス
明け方。
うっすらと陽光が届くようになった頃合い。
魔族がルガッサスを目指して攻めてくる。
「行くぞ――っ!」
俺が叫び、ショートソードを目の前に掲げる。
その先端から火球が伸び、混在する魔族を打ち払う。
火のついた矢が空を飛び、地を蹴る剣士がワーウルフやオーク、ゴブリンを殺していく。
これはゲームじゃない。これは遊びじゃない。
本気の、命のやりとりなんだ。
だから負けられない。
一度でも虚勢を見破られたら、人類側にとって負になる。
勝たねばなるまい。
戦いの始まりを告げる悲鳴が戦場に
魔を打ち払う勇者の力。
そう思っている以上、俺は前に出る。
ショートソードをかかげ、そこから発する魔法を魔族に向けて振り下ろす。
発射された岩石はゴブリンの頭を砕く。
「コールド・レイ!」
発射された光はたちまち、地表を凍らせて、魔族の足を止める。
そこに兵が集まり、攻撃を加える。
「前に出てくるから、こうなる」
俺は吐き捨てるように呟き、西門の方を見やる。
一度下がると、俺はイリナに訊ねる。
「ルカは大丈夫か?」
「はい。今のところ、大きな動き、はない……の」
「そうか。
「やる、よ……!」
イリナは声を荒げ、詠唱を始める。
横合いから飛んできた矢をショートソードで打ち払う。
「こんなところまでゴブリンが!」
俺はショートソードで応戦するが、向こうは矢を使っている。近づけない。
それに今この場を離れればイリナが危険にさらされる。
動けない。
「アルティメット・レイ!」
イリナが放った魔法が戦場のど真ん中を切り裂いていく。
火であぶったなんて生ぬるい感覚ではない。レーザー兵器で一層したと言われた方がしっくりくる。
「セイヤ! 逃げて!」
肩口に矢を受けて、ひるむ。
「く。くそ!」
動けるようになったイリナを見届け、俺は真っ直ぐにゴブリンに向かっていく。
ショートソードを振り回し、ゴブリンの頭蓋を打ち砕く。
血を浴び、臓物の臭いが飛散し、なおも俺は戦う。
戦わなくちゃいけない。
イリナのもとまで戻ると、周りを見渡す。
「雑兵ども! 我々人間の敵ではない! ここに勇者がいる限り人間は負けやしない!」
そう叫ぶと、覇気をはらんだ声援が返ってくる。
「さすが勇者、ね」
「そう言うな、って。イリナ」
士気の上がった兵士たちは魔族を殺していく。
ふいに空が昏くなる。
「!? 上!」
俺は視線をイリナに向け、抱き寄せてから跳躍する。
落ちてきたのはワイバーン。
ドラゴンのような頭に、コウモリの翼、ワシのような脚に、蛇のような尾。尾には
「ワイバーン!」
イリナがそう叫び、魔法を無詠唱で放つ。
火球を受けたワイバーンは爆炎に呑まれ、なおも生きている。
「並の魔物ではないな!」
「魔法耐性が強い……!」
イリナが立ち上がると、街の中へと避難する。
俺はワイバーンと向き合い、剣をかざす。
「逃げて! セイヤ!」
「大丈夫だ! 俺は勇者だからな!」
イリナに向かって繰り出される脚を、剣で切り裂く。
前に出ると、首筋を狙い、ショートソードを突き刺す。
「今だ!」
イリナの
俺はふた振り目のショートソードを取り出し、ワイバーンの首を切りおとす。
「俺は、俺は死にたくない!」
血しぶきが上がり、ワイバーンは完全に息の根を止めた。
それを確認してからイリナに手を差し伸べる。
「すまん」
「いえ、助かったの……!」
「そうか。良かった」
俺たちはしばし笑みを浮かべていると、戦場に戻る。
ワイバーン型は他にはいないようで、南門のほとんどの魔物を打ち払う。
それは兵士による攻撃が大きい。
士気が高まるとこうまで戦えるのか。
俺は自分の立ち位置に震え、おののく。
勇者とは、英雄とは、人を変えてしまうものなのかもしれない。
魔物を退けると、俺たちは西門にいるルカの部隊に合流する。
ルカのいる西門にも大勢の魔族が押しかけてきていた。
ワイバーン、ゴブリン、オーク、ワーウルフ。
特にワイバーン型は厄介で、空を飛べる上、魔法耐性が高い。
効果的なのは弓矢による攻撃。それも当たり所が良くなければ、落とせまい。
俺は前線に出て、剣を振るう。
ルカに教えてもらったように、剣を振るう。
ゴブリンとオークなら倒せるが、皮膚が分厚いワーウルフには通用しない。
イリナの放つ魔法が戦場を消し飛ばす。
「ひゅー。やるねー」
自分を鼓舞するためにも軽口を叩く。
「勇者さまに続け!」
みんながまとまり、魔物を追い詰めていく。
徐々に失われていく魔物たちの士気。
結束力で負けているらしい魔物だが、勇者のいるこっちとは違うということか。
改めて士気の高さに驚く。
後ろ盾になってくれているイリナの存在も大きいだろう。
ふと殺気を感じ、振り返る。
ショートソードで鋭利な爪を防ぐ。ワーウルフだ。
「ぐっ!」
痛みで力が入らない。
「てめー。やられてんじゃねーよ!」
ルカがワーウルフの背中を切り裂く。
皮膚を貫く
泡を吹いて倒れるワーウルフ。
「イリナか」
魔法でとどめを刺したらしい。
「てめーは引っ込んでろ!」
ルカはそう言い残すと次の敵に向かっていく。
俺はイリナのいる後方まで後退する。
「イリナは大丈夫か?」
「魔力は持つ。でも、ちょっと疲れてきたの……」
「もう一息なんだ。
イリナは額に汗を滲ませている。
「ん?」
敵情を見ているとだんだんと生気が弱くなり、撤退していくのが見える。
「逃げていく?」
「勝てないと、思ったの、かな……?」
イリナの言葉が正しいのだろう。
「ああ」
頷いて見せると、俺は浅い息をもらす。
ずっと緊張していた、張り詰めた空気が
「かあさん!」
「じいちゃん!」
「みんな無事か!」
みんな一様に心配をし、お互いを気遣う。
集まってきた住民と兵士たち。
お互いに抱き合い、無事を確かめあう。
怪我をした者、死んだ者もいるが、それでも魔物を退けた功績が大きいように思える。
「勇者! なんでうちの主人を助けてくれなかったんだい!」
怒りで詰め寄ってくる女性。
死んでしまったらしい。
悔しさを感じるが、俺にはどうしていいのかわからない。
イリナが変わりに殴られて、俺は慌てふためく。
「こいつが! こいつが!」
怒りを露わにする女性。
「待て」
兵士の一人が女性を羽交い締めにする。
「おれたちが倒さなきゃならないのは魔族だろ。勇者様じゃない!」
そう声を上げると、女性はその場でワンワンと泣き出してしまった。
「分かっている。分かっているのよ……!」
俺が本気で戦わなくちゃ、彼女らを守れない。
俺は弱い。醜い。
こんな俺を生かそうとしたエレン。
どうして俺だったんだ?
「行くぞ。イリナ、ルカ」
俺は二人に話しかけると、その場を後にした。
宿屋に戻ると、俺は傷をイリナに見せていた。
回復魔法。
白魔道士であるイリナは回復魔法を使えた。
だが、
絵本の中にはあるが、実在しない魔法。
蘇生ができれば、あの女性も、エレンも。みんな助かるのに……。
異世界とはいえ、ここは厳しい世界のようだ。
「でも、勇者様の中には蘇生に近しい能力を持った者もいたとか……」
「本当か? イリナ」
「た、確か……」
俺に肩をつかまれたイリナは頭をシェイクされている。
「そのへんにしな」
ルカが後ろから話しかけてくる。
「確かに蘇生はしたいが、それは戯れ言だ。もう死んだ者は返らない」
ともすれば冷たく聞こえるが、中途半端な希望は絶望になりかねない。
そう思い、ルカはあえて冷たく言い放つのだった。
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