第14話 思考
ルガッサスの宿屋で俺は一人、悶々とする。
「俺たちはどうしてこんなにいがみ合っているんだ?」
イリナとルカに訊ねる。
「奴らは人間を食べる。そんな種族にわたしたちが屈するわけにはいくまい?」
ルカが冷笑を浮かべている。
「話し合いには応じず、すべて破棄されてきたの」
イリナは困ったように眉根を寄せる。
「それに私たちは戦争孤児なの。前の大戦で、家族を失った……殺されたの」
殺された。だから殺していいのか?
だけど。それじゃあ、あまりにも報われないよな……。
痛ましい顔を浮かべているイリナに同情してしまった。
家族を殺された人の気持ちは分からない。
だからこそ、何も言えなくなった。
「でも、それでも。このままじゃいけないのでは?」
このままならお互いに滅ぼし合うしかなくなる。
「だから、だよ」
「私たちは、魔族を殲滅する……の。これ以上、悲しみを増やさないために」
イリナはキリッとした声音で告げる。
戦争、か。
俺には縁のない世界だと思っていたが、この異世界にきてようやく話が分かるようになってきた。
こんなのはいけない。どこかで止めなくては。
そう思うがうまく説得できる自信はない。
いや、説得する意味がないのかもしれない。
奴らを人間と同じと思う俺がバカなのかもしれない。
考えれば考えるほど、気持ちがぐちゃぐちゃになる。
もう誰も死なせたくない。それは魔族だって同じはずだ。
それともこの考えが間違っているのか?
敵対勢力である魔族に、個人の感情なんていらないのかもしれない。
向いていないんだ。俺は。
戦争とか、戦いとか。
俺は平穏な世界で生きてきた。戦争ともテロとも無縁の世界。それがどれほど甘く、優しい世界だったのか。
今になって思う。
島国ゆえの争いの少ない世界に、どっぷりと浸かっていたのだ。
生ぬるい世界に。
俺には戦うことはできないのかもしれない。
でも象徴としての力はある。それに剣技を毎日のようにルカから教わっている。
お陰でなんとか戦闘はできるようになってきた。
でもこの血の匂いは消せない。消えてくれない。
悲しいかな。
俺はこの匂いが嫌いだ。
悲しみが広がっているようで、俺は好きになれない。
でもここのみんなは同じ血をかぶっても、生き生きとしている。
街を守れたのがそんなに嬉しいのだろう。
俺にはよく分からない感覚だが。
それでも帰れる家があるのは嬉しいのだろう。
俺にはもう戻れる家などないというのに……。
異世界から戻る方法はないとされている。
今までの勇者も寿命を迎えるまでこっちにいたらしい。おとぎ話レベルだが。
「魔物は駆逐するべきだからな。てめーの気持ちはかんけーねよ」
俺を見据えて冷たい言葉を放つルカ。
「つまりだ。責任をもつ必要もねーよ」
「そう、か……」
そう言われると少し気が楽になる。
もしかしてルカはそのために言ってくれたのか?
こいつも不器用な奴だ。優しいのに。
「わたしらは、魔族を憎んでいる。それは事実だ。こんなことをしていても父も母も喜ばない事も知っている。だが、この振り上げた拳はどこに向ければいい? どうすればいいんだ?」
ルカが寂しそうに目を伏せて、つむぐ。
言葉一つ一つに重みを感じ、俺は辛くなる。いや、本当に辛いのはルカとイリナだ。
分かっている。俺の言っていることは甘さなんだってことは。
でもこれじゃあ、本当に悲しい。悲しいだけで、誰も得をしない。
「戦争の結果は他の者が考えればいい。わたしらは敵を潰す。そして民草を守る」
グッと握られた拳が行き場をなくし
これで停戦など無理な気がしてきた。
一人一人の根の深さを感じ取り、俺は考えていた気持ちが間違いであることに気がつく。
俺は傷を背負っていない。
みながうけてきた屈辱を知らない。
あっちの世界でもそうだ。
アメリカも、ロシアも、中国も。
みんな傷を受けてきた。屈辱を受けてきた。
だから反感を生む。歴史に虐げられてきた者たちは暴力で、権力で世界を変えようとした。
それは間違いなのだ。
俺にも世界のことが分かってきた。
暴力は憎しみを生む。そして歯止めのきかない悪感情を生み出す。
これでは人間はどこにも行けなくなる。前にすら進めずに。
だから、生きて未来をつかむ。幸福な未来を。
そのために生きている。
そうでなければ生きている意味がない。
「セイヤは、ゆっくり休んで」
イリナがそう言うと、ルカと一緒に部屋を出ていく。
俺はベッドに横たわり、思考を巡らせる。
イリナもルカも戦争が好きな訳じゃない。ただ家族を殺されたことへの恨みもあるのだろう。だが、それは同じ人間が被害に遭うのを嫌ってのこと。
もう二度と同じ人間を生み出さないためにも彼女たちは戦う。
戦ってきた。
でも、それで失ったものはなんだ?
エレンや街の人。
他にも大勢の人が死んでいった。
人らしい死を迎えることもなく……。
こんなのはおかしい。おかしいよ。
なんで戦うんだよ。
なんで俺の理想通りにいかないんだよ。
俺だけの頭じゃ、足りないのかもしれない。
戦争は多くの人の命を奪う。
そのことの悲しみを忘れたことはないのだが、決して人は戦うことをやめようとはしない。
平和のために戦うなどと、色あせたきれい事は過去幾度となく唱えられた名台詞だろう。
何も変わらないのだ。
人類が、魔族が、知見を広げずに互いを拒絶する。
それでいいのか?
力を持つことで、仲間入りができたつもりになっている。
確かに武力を持たねば、同じレベルにならなければ、話し合いにはならない。
喧嘩が同じレベル同士でなければ起きないように、国と国が争う場合にも同じ力が必要なのだろう。
でも、だからこそ、俺たちは慎重に戦わねばならない。
一人で世界を変えてしまうほどの力を持っているのだから。
お互いに手を取り合う世界があればいいのに。
でもそれは夢物語で、俺には実現できない。
「俺、どうすればいいんだよ……」
言葉が涙と一緒に零れ落ちる。
もう血は見たくない。
誰かが殺しているところを見たくない。
殺しているのを見て喜ぶなんて、声援を送るなんて。
そう思えるのは俺がまだ島国に生きているからなのだろうか。
血を流し、身体を傷つけ、なおも生きようとする。
その豪胆さに、強欲さに頭が痛くなってくる。
人間はこんなにも
憎しみが憎しみを呼び、お互いをけなし、おごり高ぶり、そして不和を、争いを生む。
俺たちはなんのために生きているのだろうか?
信じていた。人間はそうバカじゃないと。
だが、バカなのは俺の方なのかもしれない。
武力なくば、交渉もできない。
武力なくば、攻め込まれるしかない。
誰も胸筋を開いて話し合おうとは思わない。
奪い、攻撃し、乗っ取る。
そうして自分の生きるものを確保する。
だが、それでいいのか?
良い訳がない。
俺は、何をすればいい。
この戦争を止めたくとも力がない。
気持ちだけでは何も守れない。
彼らも生きている。
それは分かっている。
分かっているけど……。
明日を守る。
エレンはその言葉をどうして俺にくれたんだ?
守るための剣。
力なくば、理想は叶えられない。
なら俺も力をつけなくてはいけない。
魔法適正も、並の武器を扱う筋力もない俺が。
殺傷能力の低いショートソードくらいしか扱えない俺が。
クソ雑魚な俺が世界最強を偽るなどと。
改めて滑稽なことだ。
でもしょうがない。
しかたがない。
世界を変えるには、俺が頑張らなくちゃいけないのだから。
もう守られるだけの〝勇者〟にはなりたくないから。
剣術で圧倒する――。してみせる。
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