第15話 祝賀祭

 ルガッサスの街は平穏を取り戻した。

 魔物により孤立しつつある街を救ったのだ。

 戦いをしゅくして、歓迎を受ける。

 祭りだ。

 独立記念日とでも言った方がわかりやすいだろう。いや祝賀祭と言った方が正しいか。

 中央通りに露店が建ち並び、串焼きやリンゴ飴、射的、くじ、チョコバナナなどなど。

「セイヤ、行ってみるの?」

 イリナは小首を傾げ、俺を見やる。

 さらりと流れる金糸のような髪。

「イリナ行くぞ。おめーもこい」

 ルカがどかどかとがに股で宿屋を出る。

 俺はイリナのあとについていく。

 祭り気分は悪くない。そう思えた。

 露店を見て周り、イリナが物欲しそうにリンゴ飴を眺める。

「あー。買うか?」

 俺が訊ねると、こくこくと頷くイリナ。

 リンゴ飴を買ってやると嬉しそうに目を細めるイリナ。

「ありがと」

 リンゴ飴にかじり付くイリナ。

 美味しそうに食べるな。

「お姉ちゃんも食べる?」

「あん? 頂くぜ」

 ルカは嬉しそうに顔を緩め、リンゴ飴をかじる。

「でも、こっちの世界にリンゴ飴もあるんだな」

「あー。歴代の勇者が持ち込んだ代物だな」

 ルカが甘さで渋い顔をしている。

「甘いの、苦手なんだよ」

「ルカ、なら食べなきゃいいじゃないか」

「イリナに言われたらしょうがないだろ?」

 俺はちらりとイリナを見る。

 ちょっと残念そうな顔をする。

「あー。まあ、分かる」

「美味しいを共有したいのに……」

 イリナはそう言い、リンゴ飴をかじる。

 まるでハムスターみたいだな。

 小動物感がある。

 まとめると可愛いげがあるのだ。

「ルカも同じくらい愛想を振りまいてもいいだぞ?」

「あん?」

 ドスのきいた声音にびくっと心臓を握られたような気持ちになる。

「はい。すみません」

 つい声が小さくなる。

「はん。んでいいんだよ」

 ルカは少し怒った様子で前を歩く。

「なあ、ルカは何が好きなんだ?」

 俺はイリナに小声で訊ねる。

「しょっぱいものとか、可愛いぬいぐるみとか、なの……」

「へぇ~。なるほど」

 ちょうど良く目の前に射的がある。

 射的と言ってもコルク銃ではなく、弓矢だ。

 そして的の中には可愛いテディベアが飾ってある。

「俺があのぬいぐるみをとってやるよ」

 そう言って射的に挑む俺。

「てめーは勝手なことを」

「いいじゃない。やってみてよ。セイヤ」

 俺は小さな弓矢をかまえると、思いっきり引き、矢を放つ。

 が、明後日の方向に飛んでいく。

「マジかよ……」

 俺は呆けていると、隣でルカが一発であてる。

「へへ~ん。どんなもんだい」

「やるな!」

「こいつが欲しかったんだろ? てめーにやるよ」

 ぬいぐるみを渡してくるルカ。

「いいや、お前のために狙ったんだ。だからルカが持っていろ」

「え!」

 驚いたような顔をするルカ。

「私は嬉しい、の……。二人が仲良くなってくれて」

「「仲良くねーし!」」

 ハモった。

「ほらね……!」

 イリナはにこりと微笑む。

 これには俺もルカも参った様子を浮かべる。

 中央広場に出ると、そこにはわらで作った龍がうねっている。

「お! わたしも参加してくる」

「おお。勇者様のおつきの方!」

 そう言ってルカは一人、龍の持ち手として参加するようになった。

「ふふ。お姉ちゃんはいつも通りで安心したの……。エレンさんのことで気に病んでいたから」

 いつも強気な姿勢のルカだが意外と繊細らしい。

「そうか。でも俺たちは戦わなくちゃいけない」

 そうだ。お互いが話し合うにはそれしかない。

「はい。あの魔物たちを滅ぼすまで」

 イリナはそう言うが、家族を殺された恨みは人一倍強いのかもしれない。ましてや優しい彼女のことだ。家族を思いやる気持ちはかなり強い。

 消えぬ過去と、傷となり、身体をむしばむ。

 それは分かっている。でもだからと言って最初から突っぱねてしまえば、法話への道はない。

 魔物だから。人間だから。

 そうやって区別することにいかほどの価値がある。

「でもセイヤは強いね」

「え。俺が?」

「気がついていないだけで、みんなを……まとめる力があるよ。それはセイヤにしかできないこと……」

 分からない間に俺の意味を見いだしてくれている人がいる。

 こんなに嬉しいことはない。

 俺は必死に頑張ってきた。一人だと思っていた。それでも生きていられるのはみんながいたから。

 そのみんなに褒めてもらい、認めてもらえるというのは涙が零れるほど、嬉しい。

「あ、あの。大丈夫? 私、変なこと言った……?」

 イリナが心配そうに俺の顔を見つめる。

「いや、嬉し涙だよ。嬉しいんだ。誰かの役に立てて」

 俺は今まで陰キャのバカ野郎だった。

 それをここまで引っ張ってきてくれたのは間違いなくイリナやルカ、エレンのお陰だ。

 そのことに深く感謝している。

「ありがとうな。イリナ」

「……どういたしまして。私も救われた、の。私、自信がついたの……」

 まだ若干、自信なさそうにしているが。

 それでもイリナは変わった。

 自分に価値を見いだした。

 そんな彼女が素敵に思えた。

「すごいな。イリナは」

 俺はぽんとイリナの頭に手を乗せて、そのまま撫でる。

「ん。くすぐったい」

 手をどかそうとするイリナ。

「子ども扱いは嫌なの……」

「わりぃ。でもイリナと一緒にいると落ち着くな」

 俺はリンゴ飴を頬張るイリナを見やると、俺も串焼きを買い、頬張る。

「うわ、しょっぱ。二本も買うんじゃなかった」

「じゃあ、お姉ちゃんにあげるといいと思うよ……!」

 汗を掻いたルカが近寄ってきて、疑問符を浮かべる。

「呼ばれたような気がするけど?」

 さすが獣人。耳がいい。

「串焼き、やるよ」

 一本を差し出すと嬉しそうに受け取るルカ。

「ふ、ふん。こんなので喜ぶと思わないでよ!」

 ルカはそう言い、齧り付く。

 しかしうまそうに食べるな。

「ふん。味はまあまあね」

「それ、露店のあんちゃんに言ってもいいか?」

「いや、うまいよ。うまいって」

 俺はニタニタした顔でルカをいじる。

「く。この屈辱忘れない!」

 ルカは串焼きを食べ終えると、串をゴミ箱に捨てる。

「さて。そろそろとむらいだ」

 中央広場にそろえられた遺体が一斉に火を上げる。

 この地域の宗教では聖なる焔により、お焚き上げをやって、神様にその魂を差し出すらしい。

 差し出した魂が良質なら転生を、悪質なら燃やし尽くすと言われている。

 みなが歌い出し、俺もならうようにして声を上げる。

 輪となり、手と手を結び、ぐるぐると回転する。

 遺体と一緒にその人の象徴を一緒にお焚き上げする。

 親族を失った人々の嘆きが、広場に広がっていく。

 恋人、兄弟、父、母。

 みんな消えていく。

 ごうごうと燃え盛る焔を目の前に、俺はなすすべもなく、見守ることしかできない。

 エレンの遺体の一部も一緒に焼いてもらった。彼女の最後は悲惨なものだったらしい。肉片が残っていただけマシかもしれない、と言われた。

 エレン。

 俺はこの小さな幸せを守るよ。

 だって俺は勇者だから。

 国の象徴であり、最強の力を持つ者だから。

 神に愛され、従う者だから。

 ツーッと涙が頬を伝う。

 辛いことも、悲しいことも、乗り越えていく――。

 それが俺が好きだったヒーロー像。

 前の世界での俺の気持ち。

 どんなに道が暗くても、照らしてくれる存在。

 勇者。

 人を導く聖人君子。

 そうなれなくとも、そうでありたいと願う。そんな存在だから。

 横にいるイリナも、ルカも同様に涙していた。

 俺の覚悟は決まった。

 だから、勇者としてのお役目を果たす。

 喩え、この世から消えようとも。

 生きている意味を、その訳を知らずとも。

 俺は行く。

 前に進む。

 ルカとは、イリナとは違う目でみているからこそ、俺は頑張れる。

 その可能性に賭けてみる。

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