第12話 オーク襲来
後方三百にオークの赤い点が点在する。
「く。逃げ切れないな。戦闘になるのか……」
俺は吐き捨てるように呟く。
戦闘になれば、絶対にこちらが勝つ。そう分かっているのに。
ルカとイリナはそれほどまでに強い。
そう分かっている。
信じている。
彼女らは強い。
討ち滅ぼすことなどたやすい。
俺という足手まといがいるが、それでも二人なら魔族を討ち滅ぼすことができる。
これは警告と威嚇だ。
俺は前に出る。
世界最強であるはずの勇者が足手まといなど、笑える話ではないか。
オークが草むらから現れる。
俺たちがいるのは草むらから離れた開けた土地。
知らず知らずのうちに崖っぷちに追い込まれていた。
「オーク。こっちにくるな。お前だって命が惜しいだろ?」
俺は前に出ると、イリナとルカの動きが止まる。
「は。勇者風情が、人の血でも通っているようなセリフだな」
オークは豚鼻を鳴らしながら近寄ってくる。
手には棍棒を持っている。
こちらを睨む赤い
「おらの家族は人間に殺された。おらは
オークは鈍い足取りで、こっちに駆け寄ってくる。
イリナが錫杖を掲げるが、俺が手を伸ばして制する。
真っ直ぐに走り出す俺。
まだショートソードに振り回されているが、それでもオークの太い足を貫くには
あっという間に距離は縮まり、すれ違いざまの攻防。
貫いた足をかばうように転げ墜ちるオーク。
「や、やった」
赤い血をドクドクと流しながらうめくオーク。
その返り血を浴び、笑みを浮かべる俺。
やり遂げた。
「降参しろ。お前の負けだ」
俺はそう言い、棍棒を奪い取る。
「おらの負け、じゃない!」
豚鼻を鳴らし、大声を上げるオーク。
声を荒げ、地を這い、天に向かって叫ぶ。
オークが叫ぶと地図上の赤い点が近寄ってくる。それも相当な速度で。
「ち。あのバカ!」
ルカは近寄りオークの首を跳ね飛ばす。
「お、俺は……。殺したくない!」
「バカやろう! てめーの甘さが、別の誰かを、味方を殺すんだぞ!」
「そんなこと!」
草むらから飛び出してくるオークの群。
それを片っ端から殺していくルカとイリナ。
「あ、ああ……」
俺が殺さなかったから、別のオークを殺すことになったのだ。
俺の甘さがこいつらを殺している。
赤い血を浴び、俺は狂ったように叫ぶ。
こんなのは間違っている。
間違っているはずなのに。
一匹のオークがルカとイリナの攻撃をかいくぐる。
「やってやる。勇者ごときが!」
「うわぁぁぁぁあっぁぁぁぁぁっぁぁぁあ」
俺はショートソードを構え、オークの首を跳ね飛ばす。
殺さなければ、殺されていた……。
そんなことが、こんな馬鹿げた戦いがあるのか。
俺はその場に崩れ落ちる。
目の前であがる血しぶき。
ルカとイリナは懸命に敵を倒している。
オークを殲滅し終えると、イリナはこちらに向かって歩き出す。
「イリナ。イリナなら分かってくれるよな? 俺はオークを殺したかったわけじゃない」
パシッと平手打ちが頬に赤い跡を残す。
「バカなの! 余計なことをしたせいでオークを殺さなくちゃいけなくなったじゃない!」
「イリナ……。そ、そんな。でも。俺は……」
「バカやろう。お前がかっこつけなければ今頃、こいつらから逃れることができたんだぞ!」
ルカも厳しい目で俺をはたく。
血で染まったまっ赤な手。
殺しをさせてしまったのは俺か?
俺なのか……。
俺の甘さがこいつらを殺した。
吐き気を覚え、嗚咽をもらす。
「ち。なんでこんな奴が勇者なんだか……」
ルカが舌打ちをし、イリナが俺の背中をさする。
こいつらの優しさに甘えていたのかもしれない。
俺はまだまだ未熟者だった。
命の重さをはき違えていた。
勘違いしていた。
殺さなければ殺される。
恨みというのはいつの世の時代もある。
それを解決する方法など、ありはしないのかもしれない。
イリナが口に無理矢理、水を押し込む。
吐いた水で口の中の気持ち悪さが少し楽になった。
街に着くと俺たちは宿屋に泊まる。
ヘトヘトになった俺は、ベッドの上で放心状態にあった。
気持ちがついていけない。
ぐったりしているとイリナが訪ねてくる。
「大丈夫、かな? セイヤ」
「分からない。俺には無縁の世界だと思っていた。こんな人死にがでるなんて……」
拳をぎゅうと握ると、血が滲む。
「……これで、終わり、じゃないの……」
イリナが悲しげに目を伏せ、首を振る。
「どういうことだ?」
「この街に魔族が攻めてくる……の。だから、勇者として、セイヤは……活躍して」
「どうやって。なんにもできない俺が?」
はははと乾いた笑い声が漏れる。
「この街のみんなが戦う……の。その士気を高めるため、セイヤは戦って……欲しい」
「俺は……」
殺すことなんてできない。
「守る、の。できる……でしょ?」
「ははは。俺に? できるものか」
俺の頬をつかむイリナ。
「できる……。しなくちゃ、大勢の人が……死ぬ」
ハッとさせれる。
イリナは、ルカは殺したいわけじゃない。ただ守りたいのだ。
そのための力。
守るには力がいる。そして決断も。
イリナはとっくに覚悟を決めていたのだ。
生きていくにはその道しかない、と。
殺してでも生き残る。
その覚悟が俺にはなかった。
俺はただ見捨てることしかできなかった。
魔族から人々を守るのが〝勇者〟だ。
それができなくて勇者を名乗るなんて生ぬるい。
そう思われても仕方がない。
「セイヤは勇者……。だから、戦わなくちゃ……。私よりもすごい、んだから……!」
「そう、なのか……。そうだったか。俺は……。俺はどうすればいい?」
イリナの目を見据えて覚悟を決める。
俺は生き残るために殺す。
「ふふ。ようやく、勇者らしく……なったね」
「イリナ……」
ふと微笑むと、俺を抱きしめてくれるイリナ。
「怖がること、ない。生きていく、には必要な、こと。だから……」
イリナはゆっくりと語りかけるように呟く。
「だから、生きて。エレンの分も、含めて。みんなあなたに期待……しているの」
「期待。俺には何もできない」
「ううん。違う……よ。セイヤは他人のために頑張れる、人……。分かっているの」
「俺が、人を?」
分からない。
軽く首を振る。
「俺はそんな人間じゃない。俺は弱い。だから、助けてくれ……。イリナ」
「うん。ありがと……。じゃあ、作戦を伝える、ね」
ルカがドアを開けて入ってくる。
「てめー。イリナと何している?」
苛立ちの見えるルカ。
「大丈夫だよ。お姉ちゃん。私とセイヤはそんな関係じゃないから」
少しがっかりしている自分がいる。
「まあ、俺もイリナとルカを守りたい。それは本音だ」
「ちっ。つまんねーやつだ。まあ、いい」
ルカとイリナは地図を広げて、魔族の居場所を点で示す。
「この街にも衛兵がいる。そこで今回の作戦だ」
ルカとイリナは大まかな説明すると、今度は街の衛兵や義勇兵を集める。
町一番の力もちや、弓矢の使い手、剣技を持つ者。
みな一様に魔族を追い払う決意を見せる。
それを見て、俺も戦わなくちゃいけないと思った。
「勇者は南門の護衛にあたる。おめーらは他の場所に注意せよ!」
ルカが陣取り、声を荒げると、義勇兵や衛兵は大声を上げて賛成する。
それぞれが武器を手にして、朝焼けの光を受けて、門を守る。
俺はイリナと一緒に南門に集まる。
「勝てるかな?」
俺は弱音を吐き出す。
「勝てる……よ。セイヤなら、頑張れる」
ふふと小さく笑うイリナ。
錫杖を構えて、俺に耳打ちをする。
「セイヤは世界最強の勇者なのだから」
「
イリナは小さく微笑むのだった。
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