第11話 人質救出
殺気を感じたジークフリートは俺を投げつけ、回避行動をとる。
ジークフリートの腹を火球がかすめていく。
「大丈夫……? セイヤ」
「イリナ。なんで? 死んだはずじゃ……」
俺は目を疑う。
そこには金髪碧眼の美少女・イリナがいた。
「もう、安心……です」
「やっちまうぜ!」
ルカがイリナの陰から飛び出し、オークを引きちぎる。
「ち! 撤退だ!」
ジークフリートはそう言い、奥にいたオークたちを呼び寄せる。
オークをなぎ払っていくルカ。
「ルカまで。なんで生きて……?」
あ。
さっきの二人の少女は変わり身? つまり偽の女の子を捕まえて殺した?
そんなことをしてまで勇者の力が欲しいのか。
「生きている。生きているんだな!」
俺は嬉しくて涙を流す。
「だ、大丈夫……?」
イリナは錫杖から放つ高エネルギー体で縄を切り裂いていく。
ロープがバラバラになると、俺は立ち上がり、目をこする。
生きている。
ルカもイリナも。
「じゃあ、エレンも!」
「……」
イリナが悲しげに目を伏せる。
「生きて、いるんだよな? な? イリナ」
「その、言いにくいけど……」
「バカな! あいつはあんなに俺たちを重んじて、しっかり者だったんだ! 生きているよな?」
ふるふると小さく首を振るイリナ。
「そ、そんな……。バカな」
声が震える。
俺はなんでこんなに無力なんだ。
なんで俺は彼女を助けられなかったんだ。
自分が弱いから、エレンを助けられなかった。
彼女を殺したのは俺だ。
殺した。ころした。コロシタ。
「しっかり、して……セイヤ」
「イリナ……」
イリナが俺の頭を優しく撫でて微笑む。
俺を助けてくれた彼女が口を開く。
「セイヤ。あなたは生きて。生きて未来を切り開いて」
「俺が未来を?」
「はい。勇者なら……できます……」
俺を信じている目をするイリナ。
本気で言っているのか? と問う前に分かった。
イリナは本気で信じているんだ。
俺を、世界を。
だから戦える。
だから生きていける。
そうか。
俺は誰も信じていなかったのだ。
誰かを信じて変える。
それは他人にはできない。
そう思える何かがない。
俺は自分を、世界を信じていなかった。
「逃げろ!」
ルカの声が耳朶を打つ。
俺はとっさに回避行動をとる。
飛んできた戦斧がイリナの錫杖と絡み合い、魔力の刃で切り伏せる。
「逃げる、よ……セイヤ」
俺はイリナの肩を借り、階段を上がっていく。後ろにルカの雰囲気を感じる。
どうやらどこかの地下室に閉じこもっていたらしい。
俺は地下室から担ぎ出されると、ジークフリートの声が響く。
「やれ! 手負いの勇者なら、今のうちに殺せる!」
移植はどうなった。
諦めて、殲滅する気になったのか。
くそ。厄介な。
俺は歯がみをし、イリナと一緒に森に出る。
そのあとをルカが上がってくる。
「てめー。無事なんだろうな?」
ルカが荒い息を吐きながら、こちらに訊ねてくる。
「ああ。お陰様で」
殴られた頭と、口の中が酷く気持ち悪いのをのぞけば、だが。
「このあとはどうする?」
「てめーを助けるので手一杯だ」
「私たちは、仲間を助けるために……きた。他に目的は、ない……」
イリナが訥々と言葉を
「っ。俺が強ければ……」
「それなら、さっさと力をつけろ」
「お姉ちゃん!」
ルカの発言を咎めるような言い方をするイリナ。
「俺はお前のようにはできない……」
オークを殺すのを見た。
俺は家畜を殺すのさえもためらった。いや、そんな感覚すら失っていた。
それで魔族を殺せるのか?
同じ赤い血を持つものを殺せるはずもない。
嫌だ。俺はもう誰も殺したくないし、死なせたくない。
なんで戦うんだ?
なんで人を殺すんだ?
俺たちは生きているだけでいいのに。
「街には行けない。どうする?」
ルカがイリナに訊ねる。
「このまま、ルガッサスに……行くの」
イリナは方角を確認すると、森の向こう側。
要塞都市ルガッサスを目指すようだ。
進路を変えるとオークたちが辺りを警戒しながら探し回る。
「この、ルートは……使えない」
イリナがそう言い、ルカに指示を出す。
俺を抱えたままルカが森の中に身を潜める。
イリナも同じように息を殺してオークたちを見やる。
俺には何も出来ないのか。
悔しさで手が震える。
握った拳に血が滲む。
「セイヤ……大丈夫、大丈夫だから……」
イリナは包み込むように抱き寄せる。
「……けっ」
つまんないものを見るようにつばを吐き捨てるルカ。
俺は生きていてもしょうがないんじゃないか?
エレンがかばうほどの価値が、俺にあるのか?
「どんなに辛くても生きていかなくちゃなんねー。人間ってのはそういうものだろ?」
ルカが俺の目を見据えて言う。
「そう。生きて、いるのだから……」
イリナもコクリと頷く。
「生きていかなくちゃ……」
心臓の辺りが暖かくなるのを感じ、俺はホッとした。
ホッとした? この感情はなんだ?
人の心の温もりとでも言うのだろうか?
これがあるから生きていける――そう言われているような気がした。
生きて、そしてつなぐ。
そうやって人は生きていける。
優しさは人の欠点じゃない。利点だ。
人は優しいから生きていける。
そう言われたような気がした。
優しさは人を救うことなんてないのに。
慈悲では人を生かせないというのに。
にも関わらず、人は人に優しくする力がある。
優しさが人を守ることはないのに。
それでも安堵している自分がいる。
気持ちが温かくなるのを感じている自分がいる。
どうして。
この暖かさが人の暮らしを支えている。
分からない。俺はどうすればいい?
「セイヤ、お姉ちゃん。今のうちに……」
イリナがそう息を吐くと、ルカと俺は草むらから
草むらを抜け、川をわたり、次の街を目指す。
「オークたちは見えなくなったな」
「ああ。だが、魔族は
ルカがきっと目を細める。
怖い顔だ。
「それも大丈夫……だよ」
イリナは地図を広げて、血を垂らす。
地図には赤い点が浮かび上がる。
「これ、オークの位置……だよ。魔族の動きは把握できた、の……」
先ほどの戦闘でイリナは魔族の位置を確認したらしい。
「さすがイリナ。わたしの妹」
ギュッと抱きしめ合うルカとイリナ。
「ちょっと。お姉ちゃん」
少しずつ仲良くなっている印象は俺にもあるが、この二人の姉妹はそれ以上だな。
イリナも徐々に俺と親しんでいっているような気もする。
ふと微笑ましく感じる。
「んだよ。てめーにはイリナはわたさねーぞ?」
「分かっている。ホント仲の良い姉妹だな、って思っただけさ」
俺は肩をすくめ、おどけてみせる。
これでいいんだよな、エレン。
少し眉根が下がるが、俺は強がってみせる。
「そろそろ飯にしないか?」
「あー。てめーはなんも食わせてもらっていなかったのか」
「それは、大変……食べない、と……!」
イリナは背嚢から干し肉と塩漬けの野菜を取り出す。
火を点けて、ひょうたんの水を沸騰させる。
そこに干し肉と野菜をつけて、スープにする。
「はい。食べて……ね」
「ありがとう」
食べてみるが、やはりこの世界の料理はマズい。
でも空腹には勝てない。
一気に食べ終えると、イリナが俺の頭の傷を確認し、包帯で手当してくれる。
ルカはそれをつまんなさそうに見つめ、地図を見る。
「マズいな。こっちにくるオークが一人」
「え。じゃあ、逃げない、と……」
まだ包帯を巻いている最中のイリナが焦ったような表情を浮かべる。
「ああ。すまん。俺も戦う」
ショートソードを手にして、心を決める。
俺はオークを殺す。
そうでなければ生きていけないというなら、そうするしかないのだ。
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