第2話 お風呂

 猫耳少女は叫ぶ。

「てめー。まさか剣すら使えないのか!」

「ええと。まあ……」

「マジかよ、ふざけんな!」

 猫耳少女は拳で机を粉砕する。

「てめー。まさか女神様のご加護もねーのかよ!」

「あー。女神?」

「ふざけんな!」

 猫耳少女は怒りのあまりこめかみに青筋を立てている。

 振り下ろした拳はタンスを破壊する。

 やべー。こえーよ。

 あ。でもよく動くからぷるんぷるんだ。

 たぶんDカップかな。いいな。柔らかそうだな~。

「そこまでにしておけ、ルカ」

 ルカと呼ばれた猫耳少女はいったんの落ち着きを見せる。

 豪奢ごうしゃな上着を羽織った男の人。

「わかりました。クシャリア王」

 ルカは唇を尖らせて言う。

 金髪碧眼のルカ。髪はショートヘアでギザギザな歯を持ち、猫耳と尻尾を持つ。

 端正な顔立ちで、それゆえに痛々しい傷跡がある。

「失礼。王様。この方はこっちに来て混乱しているようです。一度、こっちの世界を理解してもらう必要があると思います」

 王と呼ばれた男の後ろから現れる女の子。

 銀髪ロング。サファイヤのように蒼い瞳。童顔だが、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。

「そうか。エレンの言うことも一理ある」

 重々しい言葉に重圧を感じる俺。

 その銀髪ちゃんはエレンというらしい。

「イリナもこっちこい」

 ルカが粗っぽくイリナという少女を連れてくる。

 ルカとそっくりな金髪碧眼の美少女だが、ルカとは違いオドオドしている。

「よ、よろしく……です……」

 なんだか大人しい子だな、というのが第一印象だ。

 ルカ、エレン、イリナ。

 みんな可愛い顔をしている。

 エレンはCカップ。イリナはAカップと言ったところか。

 育ち盛りのお胸もなかなかいい。

 そんな視線を受けてか、イリナは少し身じろぎ、警戒する。

「今から話すことに驚かないで欲しい」

 王様が重い口を開く。

「この世界は魔の者に浸食されつつある。彼らの主食は人間だ。我々人類の敵なのだ。そこで魔を払う力を持つ女神様のご加護を受けた〝勇者〟が必要になる」

 勇者? 俺のことか?

「〝勇者〟は世界のことわりあばき、世界に安寧あんねいをもたらす者。異世界よりいでし者。それは子どもでも知っている当たり前のことだ。以前にきた勇者は六年前。魔を打ち払ってくれた」

「異世界?」

「ああ。お主は恐らく異世界よりの使者なのだろう? 我が国を助けてくれ」

 深々と頭を下げる王様。

「顔を上げてください。俺にできることがあれば手伝います」

「おお。ありがたい。ではさっそく民草の前で力を見せてくれ。それで民草も安心する」

「力……」

 困った。俺にはなんの力もない。ただの高校生だ。しかも頭の悪い……。

 ゲームは強かったが、それだけだ。

 他に取り柄なんてない。

「俺、そんな力はないですよ……?」

「そ、そんな……」

 膝を打ち王様が崩れ落ちる。

「あ、あの……」

 成り行きを見守っていたイリナがしゃべり始める。

「私なら……、彼を〝勇者〟に……」

 オドオドしながらも、意見を言うイリナ。偉いぞ!

「え。俺を勇者にしてくれるのか!?」

「は、はい…………!」

 ドアの辺りでたたずんでいたルカが目を見開く。

「何言ってんだよ。そいつは失敗作だ! 守る理由なんてない!」

「で、でも……」

「確かに、その手しかないですね」

 エレンが壁から身を離し、告げる。

「彼に力ないと分かれば、情報を嗅ぎつけた魔族があたしたちを滅ぼす。わかりきっていることじゃないですか。なら、仮初かりそめでも勇者を偽る必要がある」

「それは……、ちっ。てめーらの勝手にしやがれ」

 ルカは怒ったようにがに股で外に出ていく。

「イリナ。やってくれるかのぅ?」

 王がそう訊ねるとイリナはこくこくと赤べこのように頷く。


 無詠唱。無モーションで魔法を使えるのは白魔道士であるイリナのみ。

 魔法の使い方すら分からない俺は国民の前に姿を現す。

 その陰で小さく息をするイリナ。

 俺が詠唱をすると、イリナが魔法を放つ。

 冷気が辺りにたちこめて、すべてを凍てつく氷河で惑わす。

 絶対零度の世界。

 藁人形が一瞬にして氷河期のような姿に移り変わる。

 それを見ていた民草は「おおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉおぉおおっぉぉぉ」と歓声を上げる。

 ヒューヒューと口笛を鳴らす者。声援を上げる者。

「ゆうしゃ」「ゆうしゃ」「ゆうしゃ!」

 みんなが騒ぎ立てる中、俺は舞台裏に引きこもる。

 そして代わりに王様が前に出る。

「ふぅー。なんとかなったな」

 俺は苦笑を浮かべてイリナを見やる。

「はい……」

 少しはにかみ嬉しそうにするイリナ。

「てめーのせいで世界が終わりそうだがな」

 ルカは厳しい目で見てくる。

「もう。ルカちゃん、いじめちゃダメですよ」

 エレンがそう言い、俺に近寄ってくる。

「あなた様はあなた様のしたいように生きていいですよ?」

「は。そんなの世界が許すわけがねーよ」

 ルカが言うと背中に受ける歓声。

 勇者が世界を救う――。

 そんな逸話があるせいで俺は何もできないのに、こちらに来てしまった。

 弓は固くて引けない。槍や剣は重くて使えない。魔法はそもそも使い方が分からない。

 女神に頼まれたことも、ご加護を受けたこともない。

 ただの一般人。高校生。モブ。

 そんな俺はなんでここにきたのか。

「これから旅をすることになった。ルカ、エレン、イリナ。みな〝勇者〟を頼む」

 王が自ら頭を下げてくる。

「そ、そんな陛下。頭を上げてください」

 エレンが前に立ち告げる。

「は。貴様らだけでなんとかしやがれ。行くぞ、イリナ」

「お姉ちゃん……。……これは、……人類の存亡を……」

「あー。はいはい。分かったよ。たくっ」

 口の悪いルカを姉と呼んだ。

 イリナとルカは姉妹なのか? 確かに顔は似ているが、性格がまったくの逆じゃないか。

 王の勅命であり、国民からも監視されている。

「まずは連絡の取れなくなったアーシア領に向かってくれるかのぅ?」

 王はそう言い、俺たちに地図と方位磁石を渡してきた。

「今日はもう遅いですし今日は休んで、明日準備をしましょう」

 エレンが指揮をり、俺たちを休めることにした、らしい。

 一旦いったん解放された俺は、逃げることも考えたが、どうやって暮らせる。

 言葉が分かっても文化も、世界も知らない。

 それでは生きていけない。金もないのだから。

 勇者って楽じゃないんだな……。

 そう言えば別れ際にお風呂があるって言っていたな。

 俺は支度をすると廊下で待機していた衛兵に尋ねる。

「お風呂ってあるんだよな?」

「はい。案内します」

 この衛兵たち。

 俺の監視か、それとも護衛か。

 後者であって欲しいと願う。

「こちらになります」

 そう言って通されたのは大きな、まるで旅館のお風呂みたいな場所だった。

 更衣室も広く、これならゆっくりと身体を休めそうだ。

「ありがとう」

 衛兵に投げかけると、俺は衣服を脱ぐ。

 すぐさまお風呂に入ろうとする。

 湯煙の中、人がいるのに気がつく。

「……」

 俺は身体を洗ったあと、ゆっくりとお湯に浸かる。

「ふぅー」

 疲れが抜けていく。

 心から暖まるお湯に感謝しつつ、顔を洗う。

 と、湯気が晴れてきた先におっぱいがみえる。

「え。おっぱい?」

「きゃっ! ゆ、勇者様!?」

 エレンが驚いた顔で前を隠す。

「ここ、女湯ですよ!?」

「す、すまん。すぐに出る!」

 俺が慌てて立ち上がると、エレンが俺のとある部分を見て悲鳴を上げる。

「たくっ。なんだよ、あいつ」

「そう言わないの……。セイヤさんだって大変だもの」

 ルカとイリナの声が聞こえてくる。

「ま、マズい!」

「黙っていますから隠れてください」

 エレンの言葉もあり、俺は慌てて岩場の陰に隠れる。

「よっ。エレン」「こ、こんにちは……」

 エレンと挨拶をかわすルカ、イリナ。

 これはマズい状況になったな。

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