第22話 盗賊団『アジド』
アッシュを含めた七人の子どもたちがドアの向こうからやってくる。その後に続くようにしてお姉ちゃんが現れる。
「アイシア、どういうつもりだ?」
俺が縛られたままきっと睨むと、陰の中からアイシアが顔を見せてくる。
「どういう、こと……?」
ルカが困惑するような顔をしている。
「どうもこうも、アタシはこの盗賊団『アジド』のリーダーさ」
アイシアは目の前で椅子に座り、樽ジョッキをあおる。
「あんたらはいいかもだったよ」
「本当にそれだけか? お前らは他の街に行けば孤児院に、教会に入ることもできるんだぞ?」
「そんなの、自由を奪われるって分かっているじゃないか」
アイシアは目を鋭く細め、憎悪に満ちた顔を浮かべる。
「なら、勇者の旅についてはこないか? お前らは富と名声を得るぞ」
「ヒュー。そいつはいいや」
アッシュが嬉しそうに口笛を吹く。
「なに言ってんだい。それだけ危険な旅ということだろ? するわけないさ」
「ははは。そうかい。ならなんで俺たちにこだわる」
アイシアは胸元を開くとそこに赤い宝石が埋め込まれている。
「魔石。お前、魔族か!」
ルカが声を荒げる。
「そういうこと。アタシは魔族にされた者だ。魔族にも人間にもなれない、半端者さ」
呆れたような顔で肩をすくめる。
悲しさも辛さも、とうの昔に枯れ果てたのだろうか。
そんな感情はいっさい見せない。
「流れ者にはこの町くらいしか生きる道がないのさ」
「そんなはずない。アイシアたちは俺たちの国で保護する。そうすればいい」
俺が言うと、アイシアは値踏みをするように睨んでくる。
「しかし、その様子じゃあ、王様にも会えないってんだろ?」
「魔王を討伐するにもアイシアの力は不可欠だ。一緒に戦おう」
俺はアイシアに優しく声をかける。
「……関係ないね。アタシはアタシの生き方をする。そこにあんたらはかもでしかない」
「だが、俺たちが何度も金貨をもらっているとしたら?」
「どういう意味だい?」
アイシアは首をひねる。
「俺たちが
「あ、あんたたちが解放しないなら、魔王は間もなく、この街も滅ぼすぞ」
ルカも声を荒げる。
こうしている時間にも多くの人が死んでいく。
消えていく。
魂が命が。
きっと魔王の居場所だって変わってしまう。
蘇生魔法も、俺たちの存在を示すためにも。
「……少し頭を冷やしな。勇者さん」
そう言って立ち去るアイシア。
「俺たちをどうするつもりだ?」
アッシュと呼ばれていた子に話しかけてみる。
「え。お、おれ? そうだな。おれらのことを言わないと約束するならすぐに解放する」
「なら、離してくれ」
「え。言うんじゃないのか?」
アッシュは混乱したように顔をしかめる。
「言ってどうなる。俺たちに得はないだろ?」
「そ、それもそうか……」
「やめな。アッシュ」
アイシアがそう声をかけると、近寄ってきたアッシュはその場で止まる。
「けどよ。勇者様なんだろ? 殺す訳にもいかないだろ?」
アッシュは困ったように訊ねる。
「はん。勇者ってのは肩書きだけだ。そんなに対して強くもない」
イリナの力を使い、俺は魔力を吸収しようとアイシアに向ける。
「ちっ。この攻撃、この状態でも使えるかい!」
かわすアイシア。
「縄をほどかないなら、そこにいる子どもらから片付けてもいいだぜ?」
俺は口の端をニヤリと歪めて、少年少女を見やる。
「……分かったよ。解放してやる。ただし金貨は返さない。それにアタシらのことをしゃべったら本気で殺す」
「へいへい」
俺はつまらなさそうに呟くと、アッシュが近づくのを待つ。
「――っ」
「ルカ。ダメだ。大人しくしろ」
「なんで! こんな悪党に手を貸す必要なんてないだろ?」
「こいつらを片付ける必要もない」
苦々しい顔をするルカ。
当たり前だ。
路銀が全額奪われたのだ。これ以上の旅路は無理になってしまう。
魔王の手前まできたというのに、撤退をしなくてはならない。
こんな屈辱があるか。
「ふざけるな!」
ルカがロープを切り裂き、アッシュの首筋に鋭利な爪を突き立てる。
それと同時に鞭をしならせ、俺の身体を引き寄せるアイシア。
鋭い
「おあいこだね」
「ち。そっちはまだ」
ルカは苛立った顔で応じる。
「俺を馬鹿にするな」
縄をほどいて見せる俺。
だが、ダガーからは逃れられない。
アイシアは本気で殺しにかかっている。
「俺たちはお前らとの戦いを望んでいない。これで分かってくれたと思うが?」
最初からロープによる拘束は意味がなかった。
なら俺たちが話し合いに応じる様子は伝わったと思う。
「ふん。分かったよ。ただし、金は返さないからね」
アイシアは胡乱げな視線を向けてくる。
俺とルカは端っこにより耳打ちしてくる。
「どうするつもりだ? 勇者」
「俺としてはアイシアを味方にしたい。あの鞭と針は強力だ」
「それは、そうだけど。あいつ魔人だぞ?」
魔人。
魔物同様、世界を滅ぼす力を持つ人とは別の世界の人間。人ではない者。
人の埒外にあるべき存在。
あり得てはいけない存在。
「だからどうした。意思疎通がとれて知性があり生きているのなら、それは人と変わらない」
「だからって――」
俺は振り返り、アイシアを見やる。
「お前は、もしかして魔王に忠誠を誓っているのか?」
「違うね。アタシは魔族の実験台として作られた半人半魔の製造魔人間。十二番目の存在」
「じゅう……に?」
ルカが目を丸くする。
「魔族からからくも逃げ出したが、金もなく途方に暮れていたが、ここで盗賊として生きることにしたんだ」
「そうか……」
この街にはあまり動物も植物もない。水もない。
だから生きていくのは大変だ。
サボテンを食事とし、水分とし、なんとか生き延びている。
砂金がとれるので、そのためにお金は潤沢にある。
あるのだが、領主が高い税金をかけているために、豊かな土地とはいえない。
私腹を肥やしている領主さまだから警備の手は手薄。泥棒がしやすい環境とも言える。
「あんたたちにはまっとうに生きてほしいと思う。だから勇者の旅に同行しろ」
俺はアッシュたちに向き合い、頭を下げる。
「頼む」
アッシュは目を輝かせているが、すぐ後ろを見やる。
少年少女が五人。
彼ら彼女らを生かすためには、どうすればいいのか。それを考えているのかもしれない。
そしてリーダーのアイシアを見やるアッシュ。
「……こいつらを信用するんじゃない」
アイシアは唇を尖らせる。
「なんで? 勇者様は聖人君子。誰でも助けるヒーローなんだろ? だったら……」
「アッシュ! そいつは聖人君子なんかじゃない。ただの人だ。幻想を抱くな」
アイシアは厳しくアッシュをたしなめる。
「けどよ……。おれら魔族じゃないから魔王に殺されるよ」
「そうだよ。アッシュおにいちゃんの言う通りだ。僕らが助かるには勇者さまに活躍してもらわないと」
「そうだそうだ!」
子どもたちの反論に驚いたアイシアは居心地が悪そうに顔を背ける。
「アタシは認めないからな!」
そう言ってどこかへ逃げるアイシア。
「いっちゃった……」
アッシュが心残りがありそうに呟く。
「あー。勇者のにいちゃんたちはどうする?」
「ええと……。少し話をしないか?」
「お前!」
ルカが呼び止める。
「大丈夫だ。俺は魔物なら退治できる」
「勇者のにいちゃん。ここの辺りには魔物はいないよ?」
「そ、そうなのか?」
魔物も据え膳食わぬお土地柄なのかもしれない。衣食住が必要なのかもしれない。
「本格的に詰んだな。路銀なしか……。ははは……」
乾いた笑いがこみ上げてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます