第21話 盗賊たち。

 馬車に食糧やショートソードなどを乗せると、マケナ地方のサントリアに向けて出発する。

 マケナ地方までは馬車で一週間ほど。

 新たにアイシアを乗せて重みも増した馬車は小石を乗り上げて、ガタッと揺れる。

「おっと」

 アイシアがバランスを崩し、俺に寄りかかる。

「すまない」

「気にしていない」

 とはいえ、柔らかな膨らみが腕に触れる。

「少しこのままでもいいかい? あんちゃん」

「まあ……」

 断る理由もないので、コクリと頷く。

「け。勇者のやつ、なに調子にのっているんだよ」

 ルカが文句を言ってくるが、俺は気にせずにアイシアを甘やかさす。

「そこの道を左に行った方が近いよ」

 アイシアが言うとルカは思案顔になる。

「なるほど。ザビーネの街に行くのか。そこなら物資の補給もできる」

「少し休みなよ。あんたも、あんちゃんも」

 アイシアはにこやかに微笑む。

 ザビーネに着くと、俺とルカは馬車を入り口付近に止めて、宿屋を探す。

 アイシアも後ろからついてくる。

 これまでエレンの役割だった宿探しは、苦戦を強いられていた。

 ザビーネは砂漠の街で、草木が生えない、枯れた土地だ。

 だからか、物価が高い。

 こちらでは野菜が他の街の三倍はする。

 水も降らない砂漠の土地だ。

 水は通常の五倍はする。

 だが、みんな家庭に朝露や寒暖差を利用した貯水機がある。

「うぅ。水が高い」

 嘆くルカだが、しかたない。

 それに王様からもらっている路銀ろぎんは満足にある。

「ほら。さっさと支払って、次の買い物に行くぞ」

「分かっているよ。たく」

 ルカは怒るように呟くと、水を樽で買い、馬車に運ぶ。

 そして次は日持ちする干し肉と乾燥野菜を買いにいく。

「くぅ。こっちも高い」

 ルカが涙目になりならがも、しかたなしに購入する。

「なんだい。あんたたちは買い物が下手なのね」

 アイシアが前に出ると、交渉を始めた。

「こいつとこいつを買うから、安くしておくれよ」

「そう言われてもなぁ。わしにも生活があるんじゃ」

「じゃあ、こいつも買うからさ」

「うむむ。しかたない。おまけじゃ」

 交渉術で多くの乾燥野菜を手にすると、俺たちは馬車に戻る。

 荷物を積み込むと、おかしな点に気がつく。

「あれ? ここに置いておいた水がない!?」

 ルカが顔をさーっと青ざめていく。

盗人ぬすっとかもな」

 俺はそう言い、周囲を見渡す。

 かなりの量を買い取った。

 あれほどの量なら、すぐには運べまい。

 地面を観察していると、樽を転がした跡が残っている。

 その跡を追っていくと、とある民家にたどり着く。

 後ろにいたアイシアが悔しそうに顔を歪めている。

 なんだ? この違和感は。

 俺は正面を向くと、その顔にハンマーが打ち付けられる。

 とっさに魔力で顔面を強化したが、それでも気を失うには申し分ない威力だった。


▽▼▽


 俺は目を覚まし、顔を上げる。

 身体にはロープで巻かれており、身動きがとれない。

「お! こっちには乾燥野菜もあるぞ!」

 子どもだけで六人はいる。

「いてて。なんだ?」

 ルカが起きると、隣で芋虫になっている。ロープでぐるぐる巻きにされているのだ。

「これはどういうったことかな?」

「あ。起きたよ」

 一番気弱そうな女の子がこちらを見て言う。

「あん。大丈夫だって。おれたちにはこの食糧がある。しばらく生きていけるぜ?」

 嬉しそうに微笑む少年少女たち。

「……お前ら、孤児か?」

 ルカが苛立たしさを見せて訊ねる。

「ああ。そうさ。誰も助けてくれないのなら、盗人にでもなる」

「お前ら。それで本当に幸せか?」

「何言っているの? にいちゃん。生きていなければ、何もできないでしょ?」

 リンゴを手玉にし遊ぶ少年。

 その隣で水を飲む少女。

 当たり前のことを言われて、失念していた。

 彼らは純粋に生きたいのだ。そのために盗みをする。

 誰も助けてくれはしないのだから、そうするしかないのだ。

 野垂れ死ぬ訳にはいかない。

 生まれてきた以上、生きるのは務めだ。

「お前らの母や父は?」

「そんなもん。ずいぶん前に死んだよ」

 言葉に裏も表もない。それにからからとしたさっぱり言い切るあたり、彼らの心はすでに俺とは違う世界を生きているようにさえ、感じた。

「ま。おれたちにとってはあんたらはいいかもだったよ」

「ありがと。おにいちゃん」

 少女が明るく言う。

 この異常事態が彼らにとっては日常なのかもしれない。

 そんなの!

「俺はこんなことを望んでいない」

「まあ、にいちゃんからしてみればそうかもな」

 褐色の肌、黄色い目をした少年がドアの向こうから現れる。

「アッシュ!」

 アッシュと呼ばれた褐色の少年はニタニタと笑みを浮かべている。

「こいつなんだと思う?」

 アッシュは手にした手のひらサイズの麻袋を見せてくる。

「それは、わたしたちの路銀……!」

「今見たらそうとうな額じゃないか! 一生食いっぱぐれることはないだろ?」

 嬉しそうに微笑むアッシュ。

「今日はお前らの好きなものを買ってやれるぞ?」

 みんなに話しかけると、黄色い声援があがる。

「待て。使い切るなよ?」

 俺が釘を刺すように言う。

「ん? 取り返したいんじゃないの? にいちゃん」

「ああ。だが、君らのことを放っておくわけにもいくまい」

「だってさ。姉ちゃん」

「そうみたいだね。でも……」

 暗がりにいる。その姿はハッキリとは見えない。

「俺たちの旅についてくるか? アッシュとやら」

「……? どういう、意味だ?」

 アッシュが睨むようにこちらを見る。

「もちろん、アッシュだけじゃない。他の子も、だ」

 俺は続けざまに言い放つ。

「魔王を倒した子どもたち。栄誉と賞金、それから名声を得られる。つまり、お前らはこの先を心配する必要もない。それに未来の子どもたちも助かる。どうだ?」

「……。少し考えさせてくれ」

 アッシュは頭がいいのか、その話を持ち帰るようだ。

「お前たち。行くぞ。作戦会議だ」

「えー。もう働かなくていいんじゃないの?」

 一人の少年がブツブツと文句を言う。

 お姉さんと少年少女たちは隣の部屋に移動したようだ。

「どういうつもりだ? 勇者」

 ルカはきっとめつけるように見てくる。

「大丈夫だ。あいつらを危険な目に遭わせるわけじゃない」

「それは当たり前だ。わたしたちは勇者なんだぞ。あんな子どもたちを巻き込むわけには……」

 ルカは悔しそうに顔を歪める。

「だが、助けたいんだろう?」

「くっ」

「この街に教会はない。水も食糧も高い。ここにとどまる意味はない。なんなら、隣町で下ろしてそこの教会に預ける手もある。ここにいること自体がナンセンスなんだよ」

「それは……」

 ルカは困ったように呟く。

 理に適っている、と思う。でも、それを彼らが受け入れるかは別問題だ。

 父と母が亡くなったこの大地で死にたいと思う者もいるだろう。

 だが、それは狭い世界での話。

 街の外に出れば、みんな助かるはずだ。

 それに彼らを鍛え上げるきっかけにもなる。本当に魔王討伐までついてくるなら、の話だが。

 途中で下ろしてもいい。それでも、彼らは助かる。

「最後まで付き合う必要はない。だから、彼らを生かす場所まで連れていく」

「……あんた変わったね」

「そうか? そんなことないだろ」

「いいや。弱さがなくなったように思える」

 ルカは少し柔和な微笑みを浮かべる。

「まあ、イリナの力であいつらを――とも考えたが」

「それは……」

 身震いするルカ。

 あの力は暴虐の力。のろいの力。

 人を殺せてしまえる力。

 それを完全に制御している。

「まあ、あの姉ちゃんが、俺の想像している方なら……」

「どういう意味だ?」

 ルカが怪訝そうな顔で俺を見やる。

 答えは一つしかない。

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