第20話 アイシアと飲み屋で

「ち。ルカのやつ。なんでここにとどまる!」

 俺は苛立った気持ちを抑えつつ、乱暴に樽ジョッキを叩きつける。

「どうしたんだい? あんちゃん」

 褐色の肌、黄色い瞳のお姉さんが隣でクスクスと笑う。

 赤いポニーテールがゆらゆらと揺れる。

「あー。ちょっと仲間と喧嘩して……」

 たははは、と乾いた笑いを浮かべる。

「そうかい。でも、あんたは頑張っているのだろう?」

 お姉さんは白く長いパンツスタイルに、胸を守る黒い布きれを着こなしている。

「あんたは?」

「アタシはアイシア=コメット。アイシアでいいよ。あんちゃん」

「あんちゃんじゃない。俺はあずまセイヤだ」

 俺はそっぽ向くとビールをあおる。

「ははは。いいね。あんちゃん気に入ったよ。アタシも仲間に入れてくれないか?」

「それは無理な話だな」

「いいんだよ。アタシはこれでも戦闘は得意でね。勇者様」

 俺は気管に入ったビールを押しだそうと、むせかえる。

「どこで勇者と分かった?」

「ふふ。これでも情報は命なのよ」

 違いない。

 情報がなければ、誰も戦いなどできやしない。

「分かった。アイシアを仲間に迎え入れよう。ただし、詳しい話はできない」

「それでいいわ。アタシも、魔王を討伐するわ。そして全世界に自慢するわ」

 ふふっと上品に笑うアイシア。

「は。名声が目的かよ」

「そうよ。悪い?」

 アイシアが妖艶な笑みを零す。

「悪くはないな」

 アイシアが樽ジョッキを掲げる。

 俺も同じように掲げ、カツンとぶつけ合う。

「「乾杯」」


「しかし、だ。アイシアの力を俺は知らない」

「ならすぐに自説を証明してさしあげましょうか?」

「ああ。そうだな」

 外に出ると、野原を探し歩く。

 すっかり夕闇に染まった町中を歩くのは、本来危険なのだが、怖がる様子もみせない。

 夜道に慣れている。

 それから、あの情報収集能力。

 勇者の旅に連れていくには申し分ない力を持っている。

「そろそろいいか」

 この辺りには夜盗が現れる。

 街の公民館の中庭だ。

「きた」

 アイシアは余裕綽々よゆうしゃくしゃくといったようすで、むちをしならせる。

 近くにいた夜盗はその鞭の攻撃を浴びて大人しくなる。

 次いでに持っていた縄で縛り上げるほどだ。

「やるな。でも、これならどうだ?」

 俺はイリナの力を使い、アイシアから魔力を奪いとる。

 この世界の人々は地底にある龍脈レイラインから魔力を受け取っている。それは魔法が使える使えないに関係なく受け取っている。そして魔法が使えなくても、生命活動の一部として魔力を消費している。

 だからこそ、魔力を奪い取られると、生命活動に支障がでてしまう。

 イリナの力の恐ろしいところは、そこにある。

 魔法を使わぬ一般人なら三十秒で死に至る。

 それをアイシアに向ける。

 アイシアは危険を察知したのか、飛び退き、木の陰に隠れる。

「ち。なら」

 俺は走り出して、陰に隠れたアイシアを見つけ出す。

 視界に入っていれば魔力は吸い出せる。

 アイシアは駆け抜ける。

 それもかなりの速度で。

 地を蹴り、身体をしならせ、鞭をこちらに向けてくる。

 鞭をショートソードで打ち払うと、針のようなものが飛んでくる。

 俺は跳躍でかわす。

 が、針は爆発し、背中をチリチリと焼く。

「ちっ」

 舌打ちをし、アイシアを睨む。

 近寄っていたアイシアにショートソードを振るう。

「そこまで!!」

 その間にルカが現れ、叫ぶ。

 鞭を、ショートソードを受け止めるルカ。

 その手には血が滲んでいる。

「ルカ。お前……」

「邪魔が入ったね」

 アイシアがつまんなさそうに鞭を離す。

「いや、こいつは俺の仲間のルカだ。よろしくな、アイシア」

「そうかい。アタシはアイシアだ。よろしく。ルカ」

「これはどういうことだ?」

 ルカが頭が痛そうにこめかみに指を当てている。

「あー。新しい仲間だ。まあ、一緒に戦ってくれるらしい」

「それで、どうして戦闘をしているんだ?」

 ルカがこめかみに青筋を立てている。

「いや、ほら。戦力評価だよ」

「な! なんてことを! お前はよ……」

 叫ぼうとしたところで、耳打ちをしてくる。

「お前は弱いんだぞ。それを分かっているのか?」

「ああ。でも、実際に戦ってみないと分からないこともあるだろ?」

 ルカは何かを言いたくても、諦めたかのようにため息を吐く。

 そして、俺の頭を思いっきり殴る。

「バカっ!!」

「い、って……」

 理不尽さを感じながらも、俺は周囲を見渡す。

 夜盗を受け渡すか。

 しかし、全然気配を感じさせない技だった。

 あのアイシアという女。どこまで有能なのだろう。


 夜盗を憲兵に引き渡したあと、俺たちは酒屋に行く。

「だいたい。お前は一人で突っ走り過ぎるんだよ」

「へん。俺は一人でもやれるからな」

「なんだと? そんなからかっらの自信など捨ててしまえ」

「ふふ。あんちゃんは強いよ。でなければ、このアタシに針を使わせなかったさ」

 アイシアは上品に笑うと樽ジョッキを口に運ぶ。

「そうだ。あの武器はなんだ? 見たことないぞ」

「そうだな。アタシの父の置き土産だ。製造法は教えないが、かなり使える武器だな」

 うんうんと頷くアイシア。

「ほへー。いいもの持っているじゃねーか」

 俺はでろんでろんに酔っ払いながらも、嬉しそうに呟く。

 こんなお姉さんが欲しかった。

あんちゃんも、すごい技を持っているじゃないか」

「そうだ! あれをよけるなんて、どんな直感しているんだ?」

「え。まさかイリナの?」

 ルカが驚いたように訊ねてくる。

「ああ。そうだ。アイシアはあの力を読み解いた。それもかなり序盤で」

「ま、まさか……」

 驚いたのはルカだけじゃない。

 俺もそうだった。

 あれは常人には理解できない。

 もしかして、アイシアには何か別のものが見えているんじゃないか?

 そう疑ってしまうのも無理はない。

 しかし、綺麗な肌をしている。

 シミ一つない褐色の肌。

「怖いかい?」

「え」

「アタシの肌の色を怖がるものも多いんだよ。アマゾネスと間違えられるからね」

 アマゾネス。

 それは勇猛果敢な女戦士のこと。

 とある地域でひっそりと生きているという。その身体にはタトゥーが刻まれている。

 三年前の事件により一部のアマゾネスは復讐を胸に旅をしている。その力の強さから、世界を恨んでいるとされている。

「まあ、アタシは富と名声があればいいのさ」

 そう言い、樽ジョッキをあおるアイシア。

「かぁー!」

 うまそうに飲むな。

 俺もあおるが、酔いがこない。

 困ったように眉根を寄せて俺を見やるルカ。

「まだ気にしているのか? ルカ」

「だって。怪しいじゃんか」

「怪しい?」

 俺はルカの言葉を反芻はんすうする。

「だって、なんでお前を勇者だと分かったんだ?」

「その答えなら簡単だよ」

 アイシアが豪快に飲み干しと口走る。

「二人が昨日喧嘩をしていた声が聞こえたからな」

 肉をうまそうに食べると、笑みを浮かべる。

「あー。なるほど……」

 ルカが納得したように頷く。

「叫びすぎたな。俺もお前も」

「ち。お前が根拠のない自信を持つからだ」

 ルカがぷいっとそっぽを向く。

「ははは。こんな状況でよく関係が保たれたものだ」

 アイシアは嬉しそうに笑い続ける。

「しかし、アイシアさんはこれでいいのか?」

 ルカが怪訝な顔を向ける。

「ん?」

「だって、死ぬかもしれないんだぞ? アイシアさんはそこまでする必要があるのか?」

 ルカは鋭い質問を投げかけてくる。

「アタシだって、魔王討伐は願ったり叶ったりなんだよ。弟を殺されたからな」

 一気に重くなる空気。

「まあ、つまらない話だよ。どこへいっても復讐ばかりだからな」

 困ったようにくしゃりと顔を歪めるアイシア。

「……そうか。聞いて悪かったな」

 ルカは気まずそうに顔を逸らす。

 俺も誤魔化すようにビールをあおる。

「まあ、仲間入りということで」

 俺はつとめて明るく振る舞う。

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