第19話 作戦会議
俺とルカは二階にある宿部屋で集まって作戦会議を開く。
「俺はこっちの道から攻めていくのがいいと思う」
「でもそれだと、退路がない分、お前も危険だろ?」
ルカは
「いいや。この作戦に失敗はない」
「でも、わたし……」
ルカは目を逸らす。
「ルカのことは信頼している。無理はないだろう」
それでも浮かない顔をするルカ。
「こんな戦力じゃ、心許ない。一度王都に戻って戦力を整えるべきでは?」
ルカは不安からか、言葉にする。
「ダメだ。そんな時間はない。俺たちだけでやり遂げるのだ」
勇者が逃げ帰ったなどと民衆に教える必要もない。
エレンとイリナが戦場で散ったのもまだ伝えていない。
名誉ある戦死だと。
伝えるべきなのかもしれない。
一度王都に戻るべきなのかもしれない。
でも、それでも……。
「おい。どうするだ? 勇者」
「あー。わりぃ。なんだ?」
「そこからかよ。これを見ろ」
ルカが情報をまとめた冊子を渡してくる。
冊子をパラパラとめくってみると魔物の動きや街の様子がはっきりと分かる。
「なんだ。これは?」
「わたしがかき集めた情報だ。これで戦いやすいだろ?」
「そうか。ありがとな」
俺はクスリと笑うとルカの頭を撫でる。
「む。子ども扱いするな」
「わ、わりぃ」
やっぱり女の子は分からないな。
「で、あの情報は本当か?」
「蘇生魔法だな。確かにあるらしい。でも条件があるみたい」
冊子をパラパラとめくり、しゃべり出すルカ。
「ええと。ここ9ページ。蘇生魔法は魔王が持つ、と」
「やっぱり魔王か。やるしかないんだな」
俺は困ったように頬を掻く。
勇者の目的は魔王の討伐だ。
ここまできたらやるしかない。
じゃなければ、この街のように魔物に支配され、人間は奴隷として扱われるだろう。
そんなことは絶対にあってはならない。
魔物に襲われた街はどこであれ、悲惨な結果をもたらしている。
このままではいけない。
魔王をこれ以上のさばらせてはならない。
俺がここで救援を求め王都に帰れば、その時間の分だけ街が危険にさらされる。
分かっている。だからこそ、魔王を討伐しなくてはいけない。
「蘇生魔法。そこまでこだわらなくていいんじゃないか?」
不安そうに眺めていたルカがそう呟く。
「何を言っている! エレンやイリナにもう一度会いたくないのか!」
俺が声を荒げて言うと、ルカは悲しげに顔を歪める。
「分かっている! でも、でも。このままお前が傷つくなんて!」
同じくらい声を荒げるルカ。
「でも、異世界人のお前がこれ以上抱える問題ではない。そこまでする意味がないだろ!」
ルカの俺を思いやる気持ちは無駄だ。徒労だ。
「関係なくない。もう
ギュッと拳を握り固め、続けるように呟く。
「俺は、過去から学び、今を必死に生き、そして未来へとつなげていく――それが俺の
「そうかよ。でも、お前……」
「言うな。俺は生きる。魔族の血をすすってでもな」
そうでなくてはイリナも、エレンも報われない。
報いてくれる人もいなければ、報われる人もいない。そんな世界は残酷すぎる。
俺が報いてくれる。
そして彼女らの気持ちを晴らしたい。
世界を救うには、人間を助けるには俺が戦うしかない。
俺は勇者だ。人の前に立つ善人だ。
聖人君子だ。
せいじん、くんし……? 俺が?
世界を知って、己の小ささを知った。
知っているつもりだった世界は小さなものだった。
俺は。
「そろそろ寝ろよ。勇者」
作戦の内容を吟味したルカは立ち上がり、自分の部屋へと向かう。
「蘇生魔法。使えるといいな……」
ルカはそう告げると、部屋を出ていく。
気持ちがそろっていないとは思っていた。
最後の一人。仲間なのに、このすれ違うような気持ちはなんだ。
ルカがでていくと、俺はすぐに眠りについた。
五分もかからずに眠るというのは、実は気絶していると聞いたことがある。
▽▼▽
「セイヤ。あなたは生きて」
「そうです。勇者さまは生きてください」
「そんな! 俺だけむざむざと生き延びるなどとと!」
俺は憤慨した気持ちで吐露する。
「俺はお前たちに何もしてやれなかった」
痛かっただろうに。苦しかっただろうに。
それでも、俺を助けてくれて、守ってくれて。
こんな引きこもりのニートに。
何もしてやれなかった。
不実な偽善者。
彼女らを助けることも、守ることもできなかった。
「あれ。おかしいな……」
ツーッと涙が頬を伝う。
「わりぃ。男が人前で泣くなんて……」
「泣いて、いいのですよ」
「人を思って流す涙は別だと思う……。何があっても泣かないなんて人を信用できない」
エレンが、イリナが優しく微笑みかけてくる。
「もう思い悩まなくていいの……」
イリナが俺の手に手を重ねてくる。
暖かい、ほっそりとした白い手。
「自分に起きたことは自分が受け止めることしかできません。勇者さまは勇者さまに託されたものを大事にしてください」
「自分の?」
俺は泣き腫らした顔でエレンを見つめる。
「そうなの。私の気持ちも、エレンちゃんの気持ちも、すべては自分だけのもの。それをセイヤが背負う必要はないの」
「本当は分かっているでしょう? 勇者さまはその力を知っているのです。だから、生きていられる。人を信じている」
「俺の力?」
そんなものはない。俺はただのでくの坊だ。
チートも、人を助ける力もない。
あるのは偽りの力。
移植されたイリナの臓器。
「現実を現実と受け止められるだけなら、人間はとっくの昔に滅んでいる。理不尽と戦いながらも前に進んできたのが人間です」
「だから、病人も、健康寿命も延びてきた。戦争を、病気を乗り越えてきたのが人間なの」
「それが、人間……?」
「ええ。そうなの。だから分かるの。嬉しいの。明日を守ってくれたから……」
イリナが自分の胸に手を当てて光を渡してくる。
「だから人は頑張れるのです。大切な人を守るために。世界を守るために」
エレンが自分の胸に手を当てて光を渡してくる。
「「だから、勇者らしく生きて」」
二人の声が重なりあい、俺はふわっと浮遊感を感じる。
暗闇の中、必死で手を動かす。
目の前に広がるのは広大無辺な宇宙。
太陽が、月が、地球が浮かんで見える。
地球の表面に小さな棒状のものが上下に行き来している。
宇宙エレベーター。
視線を巡らせると、筒状の巨大な構造物が宇宙に浮かんでいる。
回転運動をするそれはスペースコロニー。
人の活動範囲を拡大した世界。
これはもといた世界でも起きえなかった未来。
でも未来とは今とは違う時間、より良き世界を示す言葉だったはず。
可能性を知ったからこそ、人は前に進める。
死んだ者たちもそれで救われる。
生きていける。
皆の感じた理不尽さは未来ではなくなっている。消えている。
そうして皆が報われる日がいつしかくるのかもしれない。
未来は夢物語じゃない。
だって病気を、戦争を、環境破壊を脱してきたのが人間なのだから。
その先に願ったものがあると信じて。
世界の秩序と安寧は自分たちの力でつかみ取る。
神でもなければ、勇者でもない。
一人の人間として。
一人の大人として。
だから戦い続ける。
平穏を、平和を取り戻すために。
未来で笑って生きていける姿を目にするために。
皆が光を放てば、世界は変えられる。
立ち止まる必要なんてない。
誰かを置き去りにすれば、そのものらは必ず嘆きわめく。
だから、変わっていけるのは地の果てに忘れ去れた人々。
彼が変わっていかなければ。
人類全体の底上げがなければ、人は必ずしも悲しい未来が見えてしまう。
それはダメだ。これ以上悲しみを増やしていはいけない。
俺たちは人間なのだから。
人一人分の価値を持っている。
それ以上でもそれ以下でもない。
皆、生まれた時から一人分の価値を持っている――。
俺は目を覚ます。
気持ちの半分も思い出せずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます