第8話 エレン死す。
「ははは! わしの魔法には勝てまい!」
重力場が崩れたことで起きる視野の錯覚が敵の姿をくらます。
筋骨隆々の男が昏き火球をもたらす。
「危ない!」
エレンが前に出て、障壁魔法を出す。
俺の目の前で火球が止まる。
「貴様が勇者か! 勝ちどきを上げるときがきた!」
俺を狙っての行動。
「マズい。逃げろ!」
俺は慌てて宿屋の壁に逃げ込む。ルカとイリナも一緒だ。
障壁魔法で耐えたエレンも駆けつける。
「あれは魔王幹部・ジークフリート。ここは勇者さまが活躍せねばなりません」
「なに?」
「魔王幹部は常に念話で会話できます。だから――」
「分かった。助けてくれ」
俺はエレンの言葉を遮るように助けを求める俺。
「仕方ないですね。イリナさん、ルカさん、サポートを!」
「行くぞ!」
俺は陰から飛び出し、剣先をジークフリートに向ける。
先端から火球がともり、発射された。
さすがエレン。精度の高い魔術を使う。
「ん。なんだ!?」
ジークフリートが驚いた様子を見せる。
「私の、魔法は……吸着する」
イリナがすごっくかっこよさそうに錫杖を掲げる。
「吸着だと!」
叫ぶジークフリートの
「はぁああ!」
拳で殴る。殴る。殴る――!
攻撃を受けたジークフリートは弱り切った身体で
それをかわし、蹴りをいれるルカ。
顔を踏んでそのまま、跳躍して距離をとる。
「俺が倒す!」
「ふざけたことを言うな! お前らがどれだけ魔族を貶めているのか、分かっているのか!」
「お前らのせいだよ。人類が困窮しているのは!」
ルカが叫び、イリナが力を奪う。
街に散らばったドラゴン・ゼロ。
エレンが後方からドラゴン・ゼロを撃ち倒してくれている。
「勇者よ! 己が芯を貫く覚悟はあるのか!?」
「なに!?」
俺は剣先をジークフリートに向ける。
発射される火球を身体で受け止めるジークフリート。
その瞬間を見逃すほど、お人好しじゃない。
ジークフリートは真っ直ぐに俺のもとに駆け寄る。
「逃げて!」
俺は無様にも足をもつれさせ、転ぶ。
後ろから空を切り裂く音が背中を
ねばっとした液体を背中に感じ、振り返る。
「エレン……?」
銀の髪をさらりと揺らし、蒼い瞳を揺らす。
「だい、じょうぶ。ですか? 勇者さま」
「あ、嗚呼……」
言葉を失う俺。
「ちっ! この魔法師風情が! わしの獲物に!」
「この――っ!」
ルカが後ろから蹴りを食らわせる。
「ぐっ。貴様!」
ルカの足をつかみ、投げ飛ばす。
吹っ飛ばされた肉体はイリナにぶつかる。
「勇者、さま。最後に……」
「最後なんて、言うなよ……!」
「あたしの、妹たちを。頼み、ます」
「バカを言うな! エレン。お前がいなければ、俺たちは!」
途切れ途切れに語るエレン。
どうして。
どうしてエレンが死ななければならない。
なぜ彼女が。
なぜ?
死ぬのはお前だ。
そうか。俺が死んでいればエレンは死なずにすんだのか。
ショートソードを自分に向ける。
「貴様! 何を!?」
ジークフリートが驚きの声を上げて、俺の剣を止める。
「自害などさせるか! 貴様の知っている情報を吐け!」
公明正大なジークフリートだ。
国のトップ。それもかなり高順位の〝勇者さま〟だ。魔族にとってもかなりの交渉材料になるだろう。
精霊にも、女神にも愛されたはずの勇者。
魔族を打ち払う聖なる人。
愚者に叡智を与え、世界を変える力の持ち主。
最高の戦士。
史上最大の能力者。
この世界を変える力を持つ聖人君子。
「うっせよ。バーカ」
俺は果物ナイフを取り出し、自分の腹をさく。
「貴様――っ!」
これは俺が異世界で生きた証。
生きる意味。
俺は何のために異世界に行ったんだ?
召喚された意味は……。
暖かい。ドクドクと流れていく。
腹に熱がこもる。
『あなたは生きて』
声。
寒気が背筋を凍らせる。
俺の物語はここで終わった。
これからは次の世代が生きるのだろう。
そうして世界はつながっていく。
世界は輪廻の輪にのっている。
生きている俺たちは、いずれ死ぬ。
死んだ先にあるのは無だ。そこに天国も地獄もない。
俺は生きていた。
それは確かなものだ。
▽▼▽
「わしの邪魔をするな!」
振り回した斧が、イリナの攻撃を弾く。
勇者を捕まえ、ショートソードで脅すジークフリート。
「お前!」
ルカが慌てて接近する。が――。
「遅いわ!」
ジークフリートの斧が中を舞う。
鋭い切っ先がルカを吹き飛ばす。
「エレンの残存粒子が!」
イリナが叫び、魔法を放つ。
「何をした! エルフ族の
ジークフリートは斧を投げつけて、イリナに当てる。
魔力を帯びた斧はブーメランのように回転し、ジークフリートの手元に戻ってくる。
「きさま! よくもイリナを! エレンを!」
ルカが怒りを露わにし、地を蹴り、魔力を流し込んだ蹴りを入れる。
獣人らしく身体能力は高いらしい。
だがジークフリートの前には無力だった。
力を受け流し、その力を利用して弾き返す。
「貴様ら、わかっているのか。こいつがどうなってもいいというのか!?」
勇者を盾に脅してくるジークフリート。
うごめくドラゴン・ゼロ。
「ああ。関係ないね。きさまらにとってはただのお邪魔虫だろ?」
ルカはそう叫ぶと、拳を振り下ろす。
「あなたが、……勇者さまを、傷つけない、理由が……ありません!」
イリナが火球を生み出し、ジークフリートの身体にぶつける。
その魔力も、元はと言えばジークフリートの魔力。
イリナ最大の力はこの魔力の吸収と変換にある。
その能力の高さから〝片翼のウインド〟と呼ばれるようになった。片翼をなくした天使。
変換された魔力は自身に返ってくる。
風を
史上最年少にして、唯一無二の存在。
ジークフリートを倒すにはイリナの存在は不可欠。
エレンはイリナの下位互換と揶揄されることもあった。
三大魔女と呼ばれるイリナ、エレン、そしてルカ。
だが、それももう過去の話。
死んだ者は蘇らない。生き返ったりしない。
全ての時空においてそれは約束された
治癒魔法はあっても、死までは回避できない。
生きとし生けるものが持つ結果は〝死〟である。
結果を知るからこそ、人は生きていける。
より良い明日を作るために。
エレンが無駄死にになるかもしれない。それでも過去にあらがうため、イリナは魔法を放ち続ける。
火球が、風の刃が、
発射された弾丸のように、速度を増す。
そしてジークフリートの身体に撃ち込まれる。
「ぐっ。このままでは……!」
「ジークフリートさま。あとは我々が」
「貴様ら!?」
ロード・オークがジークフリートに耳打ちをし、ジークフリートがドラゴン・ゼロに乗り、魔族領に向かって飛翔する。
「ここはオレが引き受けた!」
オークの集団がイリナとルカの前に立ちはだかる。
「きさまら!」
ルカが怒りを露わにし、全身をバネのようにしならせ、飛びつく。
拳で頭蓋骨をたたき割り、足を折り、腕を引きちぎる。
イリナは火球を、氷柱を、風の刃を、岩石を撃ち放つ。
血みどろになった街を眺め、一人の魔人が呟く。
「あらあら。ずいぶんと派手なショータイムね。うふふ」
魔人である女は舌でナイフをなめとる。
「これではオークが負けるのも時間の問題ね。うふふ」
妖艶な笑みを浮かべる魔女。
世界を壊す力を持つ者。
砂漠の神に愛されし者。
砂漠の民。
長く赤い髪をひとまとめにし、黄色の目を爛々と輝かせている。
「アイシア様」
「いいわ。行くわよ」
怪しげな笑みを浮かべ、その場から立ち去る砂漠の民・アイシア。
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