第9話 エレン
あたしは小さな街ガルド―で生まれた。
から拭き屋根の、小さな集落。
そこの長女として生まれ育った。
幼馴染みのケントと一緒に川遊びをしたり、秘密基地を作ったりしてすごした。
「おれ、大人になったらきっとエレンを幸せにしてみせるよ!」
「ホント! なら、あたしも優れた魔術師になる。そして世界を平和にしてみせるよ!」
「世界って相変わらず規模がでかいな。そんなエレンだから守りたくなるんだよな」
「むぅ。素直なことはいいことだけど、ちょっと謹んでよ」
「わりい。わりい」
はははと笑い飛ばすケント。
「でも、戦争するってお父さんが言っていたよ」
ビクビクと怖がるあたしに、ケントは難しい顔をする。
「それって大人たちだけだろ? ほら。おれとエレンは魔族と人間でも仲良くやっているじゃないか」
「それは、そうだけど……」
「おれたちは大人とは違うんだ。うまくいくさ」
そんな甘い期待は裏切られ、この数ヶ月後に魔族と人間とによる戦争が勃発するのだった。
それも戦場は激化していく。
血踊り、肉沸き立つ。
疎開したあたしの家族は農業を行っていた。
小麦や根菜類を育てると、毎年の収穫祭が楽しみになっていった。
「エレンのところの野菜はうまいな!」
「ホント?」
この街での友達であるアルフレッドがそう言いニンジンを丸かじりする。
戦争の際に勇者なんて噂も飛び出していたが、あたしには無関係だと思い込んでいた。
野菜を育て、隣町まで売りに行く。
そんな日常をある日、塗り替えることになる。
「エレンちゃん。あなたのご両親が!」
アルフレッドの母が血相を変えてお留守番していたあたしに駆け寄ってきたのだ。
町外れの、森の中。
そこには母と父がすりつぶされており、頭だけになった母を見て嘔吐した。
両親を失い、戦争で散り散りになった親族とは連絡がとれず、あたしは街にある孤児院に保護してもらった。
孤児院では暴力もあったけど、そんなことはどうでもよい。
魔族は敵。
魔族はあたしの両親を殺した悪魔の集団。
そう教わり、あたしは昔の記憶を封印した。
あたしは魔族に対して異常な敵対心を持つようになった。
魔族は敵。勇者は味方。
孤児院では当たり前のように口にする言葉。
神に愛された勇者さまが、世界を救う――。
そんな話も聞いたけど、あたしは魔力を使う練習ばかりしていた。
侯爵家の長女であるあたしはひたすらに魔法を使えるようになっていった。
アマリリスの令嬢と呼ばれるまで上り詰めた。
だが、そこに至ることで知ることもあった。
片翼のウインド。
自分よりも背丈も、年齢も下の少女が魔力操作も、魔力変換もうまかったのだ。
自分の意義を疑った。
マネできないと思った。
それほどまでに彼女の力は優れていた。
まさか、あたしがこんな簡単に否定されるとは思わなかった。
あたしはイリナの下位互換。そう呼ばれるまでに時間はそうかからなかった。
あたしの価値ってなんだったのだろう?
カテドラル最大の知識と魔術を誇る、最強の人間。それが民衆からの評価だった。
教会はあたしの後ろ盾になり、世界にその権力を見せつけるのだった。
だが、クロノス教会とは別離していった。
その力も、権力も、水面下で争い続けた。
あたしはその立役者に選ばれた。
戦い続けた。
その結果、カテドラルは優れた教会ということになった。
あたしは、
あたしの人生はいったいなんだったのだろう。
月並みだけど、あたしのような人が二度と生まれないように。
そう願ったけど、同じように魔族に家族を殺される人はたくさんいる。
弱気だけど、本当は強いイリナ。
強気だけど、本当は弱いルカ。
みんな大事な人。
イリナに嫉妬していた時期もあったけど、彼女は本当は強い子。あたしが気にするような人ではない。
むしろルカの方が心配。
あたしには分かる。
あの姉妹はお互いを助け合って生きている。
勇者さま、どうかご無事で。
あたしたちの世界に巻き込んでごめんなさい。でも、あたしたちにとって希望の光だから。
だから民衆を助けてほしい。
そうでなければ、こっちに呼んだ意味がない。
無理をして、戦っているのは分かる。
でもだからこそ、強く生きてほしい。
あたしたちにとっては生きる希望。
異世界とつながる唯一の架け橋。
今は分からなくてもいい。
だから――。
明日を守って。
明日を生きて。
明日を育てて。
希望はその先にあるのだから。
勇者さまにはその未来を切り開いてほしい。
生きて未来を切り開いて。
そのために生きているのだから。
世界はそうやって回っているのだから。
だから。
だから?
あたしは死んだの?
なんで。
まだ世界を変えていない。まだ何もしていない。
まだ、あたしは生きたい。生きてもっと楽しい時間を過ごしたかった。
世界を変えて欲しかった。
なんで。
なんで何も出来ないまま、あたしの人生は終わったの。
ねえ。なんで?
終わったの?
人生が、希望が、こんなところで終わってしまったの?
まだ戦える。
まだ生きていける。
そう思えたのに。
勇者さまをかばって死んだ。
死んだ? あたしが?
死んでどうなったの?
死にたくない!
そう叫んでも誰も聞いてくれない。
肉体を持たぬ魂が消えていく。
消えていく。
みんな消えていく。
ここでは時間さえもコントロールできる。
時間を超えた先に、あたしはいる。
あたしは変わる。変える。
全ての時間から、しがらみから解放されて……。
その先にあるものは。
お父さん、お母さん。あたし、やったよ。やり遂げたよ。
だからもう一度、抱きしめて。
勇者さま、生きて。
あたしを、あたしの家族をよろしく。
妹たちを、孤児院のみんなをよろしく。
そしてありがとう。
こんなあたしと出会ってくれて。
出会って話を聞いてくれて。
よろしく。
よろしく。
よろしく。
よろしく?
イリナを、ルカをよろしく。
あたしはまだ心残りがある。
だけど、刻さえも穏やかなここではキミに出会えて良かったと思える。
そっか。これが世界なんだ。
世界って残酷で冷たい。だから人の温かさが、優しさが必要なんだ。
死んで分かった。
人は温かいと。
すべてが間違っていた。
魔族とか、人とか。
そんなくくりの外、埒外にいるあたしだからこそ、気づけた。
世界はこの中にある。
許すも許さないもない。
あたしは魔族の友達がいた。人の友達がいた。
だから分かる。理解できてしまえる。
世界がこんなにも美しいということを。
残酷で不自由な世界だからこそ、未来をつかめる。
未来があれば人は生きていける。
あたしの分も幸せを手にしている。
未来に怒りも憎しみも必要ない。
あたしの気持ちを晴らしてくれる人が現れる。
現れて世界を変えてくれる。
それは無責任な言葉じゃない。
あたしの思いが世界を変えていく。
勇者を変えていく。
世界と今とをつなぎ止める勇者。
勇者にはこんな力があったんだ。
今の勇者もきっと力を持っている。
世界を変える力を。
生きて世界を変える。
そして新たな道を示す。
魔王とか、勇者とか、関係ない。
すべてを変える。
ひっくり返す。
あたしの残留思念が勇者を変える。
そのきっかけになれたのなら、生きていた意味がある。
すべてをつなげて、切り離して、そうして考える必要がある。
世界はもう間もなく変わる。
勇者さまの力が世界を変える。
一人一人の気持ちが世界を変える。
変わっていける。
人間にはそういった可能性だってあるんだ。
可能性の塊。
可能性の生き物、それは人間だ。
人と人との関わりあいを知っている人だからこそ――。
人を、愛して……。
明日を守って。
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