第7話 寝起きのエレン
宿屋に着き、俺とエレンは同じ部屋に泊まることになった。
するりと上着を脱ぎだすエレン。
「いや、ええと……」
「? 何をしているのです? 勇者さまも脱がないと」
「ええ!」
俺は驚きのあまり声を荒げてしまう。
「いや、衣服を洗わないと病気になりますよ?」
「え。ああ……。そっか」
なんとなく納得すると俺も替えの衣服に着替える。下着も含め。
って。この世界には洗濯板しかないのか……。
井戸でくんだ水で衣服の汚れを落とすエレン。
「家庭的だな」
「ふふ。あたしはこれでも家事全般を任された身なのです」
エレンが自信満々に胸をポンッと叩く。
「あー。わりぃが、わたしらのも洗ってくれ、エレン」
「お、お願い……します」
遠慮がちなルカとイリナがドアを叩いて、洗濯物を持ってきている。
「いや、任せっきりかよ……」
俺はその二人を見て肩を落とす。
「だ、だって、上手……なんだもの」
イリナが消え入りそうな声で、可愛くうなずく。
「適材適所って言葉あるんじゃね?」
ルカが鋭い視線を向けてくる。
「たく、俺も手伝う。貸してくれ、エレン」
「え。勇者さまが?」
「ああ。文句あるか?」
俺が洗濯板を借りるとたらいに入れた水につける。
「いえ」
ぐしぐしと洗濯板で洗う衣類。
衣類?
ん?
俺はその場で布を広げてみる。
こっちの方が早く終わる――と思っていた時期が俺にもありました。
「きゃっ! わ、私の……!」
それは下着だった。それも可愛い水色の
「わ、悪い!」
俺は慌ててパンツをたらいに落とす。
さっと受け取るイリナ。
「や、やっぱり……エレンさん、に任せる……」
イリナが消え入りそうな声でそう告げる。
「じゃあ、勇者さまには自分の衣服をお願いします」
エレンが折衷案を出してくれる。
なんとありがたいことか。
ゴシゴシと衣類を洗濯板で洗っていると、イリナが申し訳なさそうに退室していく。それに続くルカ。
お前らはやらないのかよ。
洗い終えると、俺はベッドに寝転ぶ。
「あー。疲れた」
「すみません。勇者さまにこんなことをさせて」
「それはなしだ。俺にできることはこのくらいだ」
世間では「世界最強の勇者」なんて言われているらしいが、本当はそれほどの力はない。
「でも、何かの拍子に力が目覚めるかもしれないですよ?」
「そんなことはないって」
俺は悲しげに目を伏せる。
いきなり力が目覚めるなどということはありえないだろ。
「あー。もうねみぃ……」
「ふふふ。勇者さま、おやすみなさい」
吸い込まれるように目を閉じると、そのまま意識を手放した。
鳥のさえずりと共に目が覚める。
「うぅん……」
甘いと息が胸にかかる。
ベッドが狭いな。なんでだろう? 毛布か?
手探りでふにふにと柔らかな毛布を床に落とす。
「うぎゃ」
「え?」
俺は目を覚ますと、毛布だと思っていたものに目をやる。
そこにはエレンがいた。
え。じゃあさっきのふにふにしていたのって……お胸!?
俺は鼻血を出しながら、エレンを抱き起こす。
「大丈夫か?」
手を伸ばすが、未だに夢の中のエレン。
寝起きが悪いようで呼びかけにも返事はない。
「うぅん。もう少し眠るぅ~」
エレンはそんなことを寝ぼけながら言う。
「あー。エレン。エレン?」
何度か呼びかけてみるが反応がない。
仕方なく、俺は着替えを先に済ませると、水を飲む。
「まったく。そんなにすやすや眠られたら、起こす気にもならん」
窓の外では子どもたちが無邪気にはしゃいでいる。
この光景を、彼らを守るために戦っているんだな、俺たちは。
「むにゃ?」
「やっと起きたか」
変な声を上げて寝ぼけ眼をくしくしと擦るエレン。
「ふぎゃ、勇者さま。すみません。すぐに準備します」
そう言いながら壁にぶつかるエレン。
「お、おい。大丈夫か?」
いつも完璧超人だった彼女がこんな一面もあると知ると、少し微笑ましく思う。
俺はサポートしながらエレンを誘導する。
「ん。脱ぐの手伝ってぇ~」
そう言ってバンザイをするエレン。
「え。ええ!」
俺はエレンの衣服を慎重に脱がすと、替えの洋服を鞄から取り出す。
「着替え、自分でできないのか?」
「うぅん。もうちょっと」
「え。何が!?」
甘えた声で言うエレンに俺は頭の痛くなる思いだ。
「服着させて」
敬語じゃないエレンも可愛いな。
いや、じゃない! これは危険だ。何が、って貞操が。
頑張って服を着させるが、まだ寝ぼけているようで、半目でこちらを見やる。
「て。勇者さま!?」
驚いた顔をして、自分の状態に気がつきハッとするエレン。
かぁあっと頬に朱色をさす。そしてすぐに新しい衣服に飛びつく。
「あっち! 向いていてください」
「あー。分かった」
俺は下着姿のエレンから顔を背ける。
ちょっとおしかったかも、と今更後悔している自分がいる。
「お待たせしました。意外と朝は早いんですね」
着替え終わったエレンが立ち上がり、こちらを見やる。
「その、すみませんでした」
「いいって。エレンの違った顔が見えて面白かったよ」
「もう! からかわないでください」
からかったつもりはないのだけれど。
まあ、目が覚めたみたいで良かった。
宿屋の食堂にルカとイリナも集まると、食事が並べられる。
「ずいぶん、早かったな」
ルカがジト目を向けてくる。
え。俺って起きるの早いのか?
「いつも通り起きただけだ」
「それよりも、てめーは無事だったようだな」
「? なにが?」
ルカが怪訝な目線をこちらに向けてくる。
「カテドラル教会のこった。勇者の子だねでも、って考えはバレバレんだよ」
「あー。そっちの手先なのか、エレンは」
「て、手先って……」
心にもないことを言われ心底ダメージを受けているエレンだった。
「もう。そんな気は起こしません。なんだか、バカバカしく感じましたから」
「そう。バカバカしい。こんなの間違っているよ。魔王が攻めてきているのに、身内でドンパチやっていてさ」
ルカがため息を吐きながら並べられた食事をつつく。
「ドンパチ?」
疑問符を浮かべ、俺も食事する。
マズい。
「あー」
「こっち、にも……似たようなことが、あるの」
気まずそうなルカの言葉を引き継ぐイリナは、朱色になった頬で呟く。
「あー。なんかめんどいな」
「そうでしょう?」
エレンが悲しげに眉根を寄せる。
「しかし、エレンがあんなに朝に弱いとは思わなかったよ」
「くぅ。一生の不覚です」
「まあ、エレンならそうだわね」
ルカが食事をしながら呟く。
「節度、大事……」
イリナがぼそぼそと言いながらぼそぼそした米を小さな口に運ぶ。
異世界に来てもう三日経つ。
いい加減、こちらの料理には慣れてきたが。
でもなー。
「故郷の味が恋しいなー」
「勇者さまの故郷の味?」
エレンが首をひねって訊ねてくる。
「ああ。うまいんだぞ。醤油とみりん、それに料理酒の合わせた味は」
「そうなのですね。こちらではどれも高いんですよ」
エレンがそう語り始めると、にわかに外が騒がしくなる。
「なんだ?」
俺は食事をやめて、席を立つ。
ルカとイリナ、エレンも慌てた様子で立ち上がる。
そして外に出ると、そこには暗雲がたちこめていた。
昏くどこまでも深い闇。
その中には一人の男が立っていた。
筋骨隆々、上半身は裸で、赤い髭と短髪が特徴的な男。
その額には二つの角が生えている。
そして、その男の下には数十の
「ま、魔族だ――――っ! 逃げろ!!」
魔族。あれが?
人型のもいるのか。
「主よ、
重力場の華が咲き乱れる。
世界を混沌に導くブラックホール。
光さえも逃さない混沌の力。
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