第3話 この世界は
お風呂で隠れていた俺はルカとイリナが出ていくタイミングを見計らう。
「ルカさん、イリナさん。一緒に露天風呂に行きませんか?」
エレンがそう呼びかけ、俺とは逆方向にある通路に向かう。
「いいねぇ。エレンも分かってんじゃん」「少し、だけ……なら……」
二人が出ていったところで、俺は慌てて風呂場を出る。
急いで着替えを持って男湯に走り出す。
「はー。今度こそ、ゆっくりできるぜ」
湯に浸かり、緊張した身体を休める。
というか、ルカの身体良かったなーとか。イリナもいいラインをしていたなーとか。
思うところはあるが、エレンは協力してくれた。
まだこっちに来て日が浅いのに。
それは嬉しいことだ。
お風呂から上がると同時に女湯からルカとイリナが顔を見せる。
「あ? てめーの
ルカは挑発的な笑みを浮かべ、粗い言葉を吐く。
「あー。みたいだな。俺って幸運!」
「ちっ。行くぞ。イリナ」
ルカはそう言い足早に歩き出す。
イリナは一瞥すると会釈し、姉のもとに向かう。
たく。分かっているよ。情けない奴だって。
でもどうしようもないじゃないか。俺だって来たくて来たわけじゃない。
俺はベッドに横たわると眠りにつく。
コンコンとノックの音が鳴ると、俺は寝ぼけ
「その、あたしと寝ませんか?」
そこにはエレンがいた。
「は?」
「いえ。だからあたしを
「いやいや、知り合ったばかりでそれはないでしょ?」
俺はエレンの頭にデコピンを喰らわせる。
「す、すいません。でもカテドラル教会の意向で。あたしにはどうしようも……」
たはははと乾いた笑いを浮かべるエレン。
「あー。なんだか知らんが、教会の出の者なのか?」
「はい。育ての親です。あたし、戦争孤児なんです」
エレンは
六年前に遭った魔族との戦争。それによって失った家族。
十五の彼女は当時九歳。まだ遊びたい盛りだというのに。
悲しい話を聞き、俺は少し気持ちが揺れる。
孤児院では、その得意なる魔力と棒術で気に入られた。そうでなかったら他の子同様に食に飢えて野垂れ死んでいた、と。
「あたしも選んだ道じゃないのです。生きていくにはそれしかなかった……」
「それは……」
「人には絶えず運命というものがあります。それはあなたにもあります。自分の運命、受け入れてみませんか?」
エレンはそう言い、そっと頬にキスをする。
「ふふ。今日はこれくらいで」
にっこりと微笑むエレン。
閉まる扉。
俺はしばらく呆然としていた。
カテドラル教会と言ったか。調べて見る価値はありそうだ。
「衛兵さん。俺を図書館に連れて行ってくれ」
外で待機している衛兵に頼むと快く案内してくれるそうだ。
金色の刺繍が入った赤い絨毯の上を歩くこと数分。
「ここが書庫になります」
衛兵はコクリと頷き、大門の前で手を差し伸べる。
その先には彫刻された木製の扉がある。
ぎぃっと音を立てて開く扉。
そこに描かれた神話を知らず、俺は紙の匂いがする書庫に入る。
周囲を見渡すと、かなりの書物がかき集めれたと分かる。二メートル近くある本棚が百を超える。
古くさい匂いと埃にケホケホと咳払いをする。
「ん?」
「あ……勇者、様……」
イリナと言ったか。金糸のような髪をなびかせて、こちらを覗き込んでくる。
「あー。イリナさん。ここで何をしているのですか?」
「私、は……」
大人しそうだから話すは苦手か。困ったな。
俺が頬をポリポリと掻いているとイリナは小さく頷く。
「……本が、好きで……」
小さな声で応じるイリナ。
「本か、いいよね。他国の文化や歴史に触れられるから」
「そう! そう……なの! 私、知識があるといいと思って……。だから、ここの本全部読んだの!」
え。全部……? 一万冊ほどありそうだけど?
「でも、……記憶から抜けていくから、定期的に読む、の……」
本の話になると少し
「そっか。じゃあ、カテドラル教会を知っているか?」
「? この、国の……二大宗教、です」
砂漠の神・カテドラルと蒼月の神・クロノスがこの国マテリアルズが認めている宗教だ。
カテドラル教会から派遣されたエレンはその魔導知識で癒やしを与えるそうだ。
一方のクロノスに従うルカは物理魔導、イリナはクアッド魔導を学んだそうだ。
俺の、勇者の召喚にはそれらの魔導を集結させた国家プロジェクト。それを失敗したなどと国民に知れたら現政権は失墜する。そればかりか国内は荒れ、内乱が起きる。だからこそ、俺は勇者を偽る必要がある。
民草の命のために、この人類のために俺は勇者であると、世界最強であると偽ざるおえない。
俺の双肩にかかるプレッシャー。
「あ。でも……そんなに、気を張らない、で。ください……」
「というと?」
「わ、私、たち……の不手際、ですし……」
イリナは悲しげに目を伏せる。
女の子にそんな顔をして欲しくない。
「なに言ってんだ。イリナは頑張ったんだろ? ならそれでいいじゃないか。誰も想像していなかった事態なんだ。咎める者もいない。だろ?」
「そう、ですか……?」
イリナは得心はいっていないのか、小首を傾げる。
「で、でも……私、頑張り、ました……。いけないこと、ですけど……」
困ったように眉根を寄せるイリナ。
「何を言っている。イリナがいなければ、俺がどうなっていたのか、国がどうなっていたのか、分からないじゃないか。少なくとも俺の命を救ったんだ。誇りに思っても、卑下することではない」
「ふふ」
袖で口元を覆うイリナ。
「な、何を笑っている」
「いえ。お優しい方ですね。勇者さま」
笑みを浮かべたイリナは本を片付け始める。
それを見て、俺も手伝う。
「ほら、……やっぱり……」
「いや、手持ち無沙汰だったからな」
父には暇なとき同僚を手伝うもんだ、と教わったからな。
「あの、今宵も……遅い、ので……しっかりと、寝て……ください」
「そうだな。明日も準備で忙しいらしいし」
俺は書庫を出ると、衛兵に連れられ、廊下を歩く。
横を見ると中庭がみえてくる。
そこでは素振りをしているルカがみえた。
「衛兵さん。少し待って」
俺はルカが練習している姿を瞼に焼き付ける。
「なるほどな、力を逃がすのがうまい」
ビクッとするルカ。
「あんだ? てめーか。うっせーんだよ」
「そうないがしろにするものでもない」
ちっと舌打ちをするルカ。
「わたしは、テメーを認めていねーからな!」
木剣をこちらに向けてくる。
「あー。でも少しくらい練習しないとな」
「はっ!? 受け身もとれねー貴様には用はねー」
ルカはあんまり好ましく思っていないらしい。
どうやって仲良くすればいいのやら。
これからやっていくのなら、一緒に苦難を乗り越えていく必要がある。
そう思ったのだが。
「は、わたしは一人でも魔族をぶっ殺す。そして世界を平和にする。貪られるのは冗談じゃない」
木剣を振るい続けるルカ。
「人を、食べるらしいな」
「それを知ってんなら少しは活躍しろよ? まあ、テメーには無理な話か」
あざ笑うように声を上げるルカ。
「あー。そうだな。衛兵」
「は」
「少しばかり木剣の剣技を教えてくれ」
「しかし勇者さま。今夜お眠りになった方が……」
衛兵のあんちゃんは不安そうに目を揺らす。
「気に入った、名は?」
「ジャックです」
勇者の護衛兼監視なのだろうから、それなりの腕前だろう。
「いいからやるぞ」
「は」
木剣を手にして衛兵のジャックと対峙する。
「はっ。てめー正気か?」
ルカの罵声を浴びながら剣術を学ぶことになった。
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