異世界召喚に失敗!? クソ雑魚な俺が世界最強を偽る!?

夕日ゆうや

第1話 異世界召喚

 〝勇者〟。

 それは世界を制する者。圧倒的な暴力の象徴たる魔王を討伐する世界の覇者。

 民衆から支持され、王様に認められ、すべての人間の頂点に立つもの。

 力を持ち、民意を取り入れ、全ての人間の手本になりえる性格。そのためのスキル。

 異世界より生まれし者。

 全ての人間にとって最高位の示されるべき者。

 神に認められ、その力の一端を担う者。

 スキル。ユニークスキル。

 勇者にはその性格からか、神の加護であるスキルを持つことを許される存在。

 勇者。

 それは神に見初められし者。その到達点。

 聖人君子で魔を滅ぼす者。

「我々はこの日をどれほど待ち望んだか」

 クシャリア王様の真後ろで燦々と輝く魔法陣。

 誰しもがその瞬間を待ち望んでいる。

 民衆は首を長くして待ち望んでいる。

 半円形の、その中心に立つクシャリア王様は大仰にして手を振りかざす。

 それを見守る民衆は息を呑む。

「勇者とは魔を滅する善人である」

 後ろで大きな爆発音が鳴り響く。

あがないきれない罪を背負い、なおも魔王と対峙する――」

 クシャリア王の演説は全ての民草たみくさを動かす。

「勇者とは、魔族殺しとはそうあるべきなのだ」

 魔法陣がぐるぐると回転しだし、燐光をまき散らす。

「すべての民衆が誇りに思い、手本とし」

 十人以上の人間が魔法を制御している。

「あるべき姿を見せつけてくれる――」

 六芒星の魔法陣は淡い光を放ち、一カ所に集中する。

「同じ人でありながら、天上人になり得る存在」

 黄色い歓声が上がる。

「だからこそ、我々は希望を見いだせる」

 拍手喝采だ。

「純粋に人として尊敬できる者である」

 演説を終えると同時、クシャリア王の背中では白煙が上がり、一人の少年が立っていた。


 一糸まとわぬ姿で。


 デデン! デン!


「ここ、どこ?」

 俺は疑問符を浮かべて周囲を見渡す。

 先程まで風呂に浸かっていたはずの俺はついぞ厨二心がくすぐられる世界に迷い込んだのだ。

「よっしゃ。異世界じゃん、やりー!」

 嬉しそうにはしゃぐ俺を見て周囲の人は棒立ち。

 しまった。

 今裸だったんだ。

 北風に揺られ、自分の身の状態を確認する俺。

「さみぃ」

『勇者をすぐに暖炉の前へ』

 ひときわ目立つ格好をしていた男が何やら言葉を発するが、何を言っているのか分からない。

 え。こんな異世界召喚あり?

 女神にも合っていないぞ?

 チートは? 俺TUEEEは? 無双は? ハーレムは?

 憧れていた異世界転移とあまりにも違いすぎて、俺は鼻水を垂らすのであった。

 衛兵の見守る中、侍女が俺に布を渡してくれる。

 そして暖炉の前を開けてくれる。

 布きれをかぶせてくれるが、何これ?

 言葉がなくともそれくらいは行動でわかるものだ。

 しかし話しができないのはかなり困った。

 どうにかして言葉を理解しなくては。

『勇者はここか?』

『はい。旦那様』

 外国語でそう言っている男女が来た。着ているものから察するにそれなりの身分だろう。

 杖を取り出し、俺に向ける。

「え? なに?」

『この者にの力を、文字を与えたまえ』

 俺に向けられた魔法は脅威に感じる。

 不安。恐怖。

 そのことがない交ぜになり、俺は慌てて走り出す。

『あ。こら逃げるな!』

 異世界語をしゃべる異世界人が追ってくる。

 俺は魔法をかわしながら、城内を駆け巡る。

 羽織った布きれが風になびく。

「くそぅ。こんな惨めな異世界召喚があるものか」

 俺は廊下の陰に隠れて独りごちる。

『見つけた!』

 異世界人がこちらを睨む。

 その錫杖がこちらへと向けられる。

 ――やられる!

 そう覚悟したあと、俺はまばゆい光の中に閉じ込められる。

『おお。これでようやく話ができる」

「やりましたね! クシャリア王!』

 傲岸不遜を絵に描いたような大柄な男が歩み寄ってくる。

 というよりも。

「言葉が、分かる?」

「こちらの言語プログラムを無意識下領域に接続、定着させました。基本的な言語プログラムは簡単に解析できるはずですよ? 〝勇者〟様」

「勇者……?」

 俺はその言葉に引っかかりを覚え、王と名乗る者の手をとり、立ち上がる。

「そうだ。貴殿が勇者だ。我がそう決めた」

「ははは。やっぱり俺は勇者なんだ! この世界の主人公なんだ!」

 喜び勇む俺。

 だが次の言葉に冷や水を浴びることとなる。

「ああ。国民の前でその実力を見せてくれ」

 王はそう述べると、俺を元いた部屋に連れ戻す。

 こいつはなんて言った? 実力? そんなもの、ある訳ないじゃないか。

 俺は誰からも何も受け取っていないんだぞ。

 部屋に戻り、俺にしっかりとした衣服を手渡されると、そちらに着替える。

「で。貴殿の名は?」

「俺? 俺はあずまセイヤ。高校二年生だ!」

「こうこう?」

 聞き慣れない言葉だったらしく首を傾げる王。

 その側近が耳打ちをする。

「そうか。格式高い学生なのか」

「へ……? い、いやまあ……」

 俺の通っている高校は偏差値39の底辺高校だぞ。同年代の子は消費税の計算もできないバカだぞ?

 それを格式高いと?

 ふざけている。

「いや、この世界にもあるだろ。学校」

「あるにはあるが、大学と小学校しかない」

「なっ?」

「それも貴族しか通えぬ。だがお主の世界は違うようだな。期待しているぞ。セイヤ殿」

 肩をぽんと叩いた王の手は冷たかった。

 その陰から現れた猫耳少女がニコリと笑う。

 金髪碧眼。絵に描いたような異世界人。それも毛も耳少女だ。その姿は愛らしく、胸は小さいものの、体系も悪くない。

 だが――。

「ええ。クシャリア様、こんな不細工な子を転移させちゃったのですかぁ~」

「仕方在るまい。こちらの世界とは美的価値観が違うようだ」

「へぇ~。じゃあ、こいつは異世界ではモテモテだったんですね?」

 嫌味たっぷりに言う猫耳少女。

 どこか鼻にかけたような言葉選び、トーン。どれをとっても可愛いなんて言葉とは結びつかない。何よりキーンとする甲高い声音が、受け付けない。

「お前は?」

「は? てめーに名乗る名前なんて持っていやがらないのです」

 ムカつく。

 こいつにはいつか分からせてやる。

「で? わたしの最強のお供にふさわしい相手なんですよね?」

 猫耳少女はにやりと口の端を歪め、王に尋ねる。

「ああ。さっそく民草に知らしめよう」

 王もにやりと口元を緩める。

 俺が召喚されたとされるホールに連れてこられると、俺は剣を渡される。

 重さは3キロほどだろうか。

「これでそなたの力を示せ」

 侍女が冷笑を浮かべて話す。

 逃げ回っていたのが評価を下げたのか、冷たい態度が気になった。

 俺はホールの前に立つ。

 すると観客からは大きな声援が沸き立つ。

 言葉を聞くと、勇者の召喚に成功し、その実力や能力を、そして混沌たる世界を修復してくれると期待されているらしい。

 目の前にわら人形が置かれる。

 その声援に応えるべく俺は剣をかかげる。

 ようし! やってやるぞ!

 アニメではこの剣を振り下ろせば良いはずだ。

 が――。

 剣を振り下ろす度にくるくると剣に振り回される。

 腰が抜け、剣は藁人形にガッと音立てて突き刺さる。

 引っこ抜くことも、切り飛ばすこともできない。

 予想以上に剣の扱いが下手なのだ。

 そうだ。俺は高校で端っこにいるボッチだったんだ。陰キャだったんだ。

 何をするにも下手くそで、剣一つ満足に振るえない。

 必至で剣と格闘していると、民衆がザワザワと騒ぎ出す。

 とても歓迎されているムードではない。

「こっちへこい」

 そう言っている猫耳少女。

「でも剣が……」

 藁人形に刺さった剣が抜けないのだ。

「いいから、こい!」

 猫耳少女が声を荒げる。

 俺は慌てて舞台裏に戻る。

「何やっているんだ! ボケ!」

 猫耳少女はそう怒鳴りつけると、代わりに王が舞台表に立つ。

 そんな。

 俺はなにもできないのかよ……。

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