第26話 アイシア再び

 子どもたちの木剣の練習をおばさま方から否定されたあと、俺は街を散策する。

 サントリアの町並みはだいぶ片付いてきた。

 古く燃えかすが残っていた家屋は町外れの川に捨てられている。

 木片が公園の中に捨てられている。

 食糧支援や水の問題。何よりテントが少ない。夏日でもない寒空の下、みんな毛布にくるまりながら噴水前で横たわっている。

 ルカとアッシュたちと合流すると、テントに入っていく。

「どうやって魔王を倒すんだ?」

 ルカが鋭い視線を向けてくる。

「寝込みを襲う」

「勇者のやること?」

「倒さねば。でなければ、エレンやイリナにあわせる顔がない」

「蘇生魔法はどうする?」

 ルカがきっと半目で睨んでくる。

 そこに怒りが籠もっているように見えたのは何故だろう。

「ああ。魔王の臓器を移植してもらう」

「待て、もともとは勇者の力と聞く。もしかしたら移植は無理かもしれないぞ」

 ルカが苛立ちを含んだ声色で言う。

「なるほど。どうすればいい?」

「脅して使わせるしかないでしょ?」

「脅す? どうやって」

 魔王に弱点なんてあるのか。

 脅すにはこちらもかなりの攻撃力が必要になる。

「もちろん、あんたのイリナの力を使ってもらうわ」

 イリナの力。

 魔力を吸収する力。

 それがあれば魔王すらも脅せる?

「本当か?」

「ええ。わたしの指示通りに動いてくれれば、だけどね」

「何か良案が?」

「ええ。あるわよ。だからこの指示通りに――」

 俺とルカは綿密な作戦会議を終えると、アッシュたちに向き直る。

「そう言えば、この子たちはどうする?」

「そうね。この街の孤児院でも預ける?」

「待ってよ。姉ちゃんたちはおれたちを見捨てる気?」

「そういうわけじゃないが……」

 テントの入り口がふさっと開く。

「そいつらの面倒はアタシが見るさ」

 赤毛の長髪に、黄色い目。

「アイシア……。どういうつもりだ?」

 俺は睨むようにアイシアを見やる。

「いやなに。アタシ、あの魔王とやらが嫌いでね。魔人にされたんだ。いい思い出なんてないさ」

 肩をすくめて言うアイシア。

「まあ、アタシも戦いには参戦するよ。だから作戦の練り直しだね」

 不適な笑みを浮かべてにやりと笑う。

 その後もいくつかの作戦会議が開かれたが、なかなかに困窮していた。

 というのも魔王の力はどの程度なのか、調査が進んでいないのだ。

 分からないことだけの作戦会議になっている。

「不確定要素が多すぎる……」

 俺は不安と緊張からか、気分が悪くなる。

「この会議は少し休んでからにしてくれ」

「分かった」

「ええ。かまわないけど」

 俺はテントを出るとエインと出会う。

「どうだ? 街の様子は?」

「仮設テントをもうけた。しばらくは家のない人も収容できる」

「このままだと寒さで死ぬぞ」

「だから、急いでいるんだよ。手伝ってくれ」

「ああ」

 俺とエインはテントの設営に向かう。

「あら。アタシも参加してもいいかしら?」

 アイシアが訊ねてくる。

「あー。いいが……」

「そう気構えないで。アタシは本気で助けになりたいだけなのよ」

「……そうか。分かった」

 テントを立てるのに敵も味方もない……だろう。


 しばらくして、テントの中に移動する民衆。

「しかし、ひどいな。ここまで魔王がやったんだろ?」

 エインが酷く苦々しい顔つきで、訊ねてくる。

「ああ。みんな憎くないのかな?」

 あのおばさま方はなぜか、戦うのを拒絶している。

 こんなにたくさんの人が悲惨な思いをしているのに。

 何故戦わないのか。何故戦闘を避けようとするのか。

 だってエレンやイリナを奪った敵だぞ。

 俺たちは、何もしていない。

 それなのに、なんで俺は。

 俺たちは。

「おれたちは疲れ切っているんだよ。もう戦わずに終戦を迎えたいんだ」

 エインがそう言い、目を細める。

「疲れて……」

「ああ。なんども戦いが起きてはすぐに労働力として扱われる。そんなのはもうたくさんだ。もう戦いなんてしたくないんだ」

「でも魔王は、あんたらを滅ぼそうと――」

「あいつらはおれたちを狙っているわけじゃない。勇者と、その仲間だけを叩こうとしている。これ以上、巻き込まないでくれ」

 悲しそうに目を伏せるエイン。


 とぼとぼと町中を歩き周り、破壊状況や人の流れを見ている。

「あのエインズレイは娘も嫁さんも失ったのでしょう?」

「そうなのよ。そのエインズレイが勇者につきまとわれているって」

 俺は疫病神なのか。

 ここにいる人たちは全然勇者に期待していない。

 それどころか厄介払いをしたいらしい。

 木剣で遊ぶ子どもたちをしかる親もいる。

 これではすぐに魔王の手に落ちる。

「寂しいもんだね。勇者も」

 アイシアが後ろから声をかけてくる。

「なんだ。別に……」

 強がって見せるが、アイシアにはお見通しなのか、顔を伏せる。

「確かにあんたは勇者なのかもしれない。でも好きで勇者をやっているわけでもないだろう?」

「ああ」

 そうだ。俺は勇者である前に東セイヤだ。

 日本人の血を受け継ぐ生粋の文化人だ。

 その俺がなんでこんな戦いに巻き込まれているんだ。

 話し合いで、暴力のない世界で生きてきた。

 でも実際に戦争をしていると、暴力だけが、活路を見いだすシステムになっている。これは許されるべきことではないのだろう。

 分かっている。

 これでは交渉にもならない。

 勝たねばすべて奪われる。

 だから戦う。

 戦うしかないのだ。

 イリナも、エレンも、戦って死んでいった。

 必死なのだ。

 この国の人々は。

 それを罵ることなんてできない。

 本当の痛みを知ったからこそ……。

 だからこそ、止めなくちゃいけないんだ。

 止めなくちゃ?

 どうやって。

 話も聞かない連中が暴力で攻めてくる。

 戦闘になるのは仕方ないだろ。

 そうだろ。

 俺は間違っていない。

「俺は、戦いたいわけじゃない!」

「そうね。でも、相手はそんな気ないわよ」

 アイシアの言葉が毒のように広がっていく。

「そうだ。相手が戦いたがるのだ」

 仕方ないじゃないか。

 殺したかったわけじゃない。

 殺される訳にもいかない。

 なら、俺は生きる。

「生きる。生きて世界を変える」

「ひゅー。あなたにそれができて? あずまセイヤ」

 アイシアが目を細めて確かめてくる。

「ああ。こんな戦いだけの世界はもうこりごりだ。俺は戦いたくない。だから戦いの世界は終わらせる」

 口にしてみたが、出来る気がしない。

 でもやらなくちゃ。

 それでは誰も救われない。報われない。

 報いてくれる人も、報われる人もいないなんて、そんな悲しいことはあってはならない。

 俺は勇者だ。

 在る人々にとって、俺はその価値しかない。

 一企業の一従業員のように。

 勇者としての価値しかない。

 だが、俺たちは生きなくてはならない。

 変えなくてはいけない。

 世界のルールが間違っているのなら、それを変えていく必要がある。

 俺たちはそのために生きているのだから。

 みんなが生きていて、死にあらがっているのだ。

 死にたくないのはみんな同じだ。

 同じ?

 もしかして魔王も。

 いいや。考えてはダメだ。

 俺たちは俺たちのために戦う。

 そこに魔王の命は考えない。

 それに蘇生魔法を持つという。

 エレンやイリナが蘇生できるのなら、俺は、俺の行為は報われる。

「エインがいなくなったって?」

「エインズレイが死んだ?」

 にわかに外が騒ぎ出す。

「勇者に与していたのが悪い!」

「そうよ。勇者のせいで私たちが苦しんでいるのよ!」

 外で騒ぐおばさま方。

 エインが死んだ。

 なんで。

 俺のせいで……。

「俺は……」

「あんたが救うんだよ。こいつらも、ね」

 アイシアがパチリとウインクをする。

「ふふ。アタシはあんたのこと割と好きよ」

 アイシアが俺の身体に触れて、胸の辺りを指でなぞる。

 なんだか気分が落ち着く。

「そうだ。アタシの過去でも聞いておくれ」

 アイシアがテントの中で樽ジョッキを差し出してくる。

 呑みながら話す気か。

「そう。あれは――」

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