第25話 勇者ってなんだよ。
「なんだよ。俺って、何もできないじゃないか!」
勇者ってなんだよ。
俺ってなんだよ。
サントリアの壊れた町並みを見て、少年少女たちの方がしっかりと救援を果たしている。
俺はなんで一人の人間も助けられない……。
もう自分が嫌になってくる。
何もできない無力で、不実な自分はどうしたらいい。
どんっとぶつかる青年。
持っていた段ボール箱を落としてしまう。
「す、すまん」
俺は慌てて段ボールの中に散らばった食材を入れる。
「しっかりしてください。ここで健康なら、手を貸してくれ」
「あ、ああ。何か手伝えるか?」
「食糧の配布、トイレの掃除、電話対応、被災者の管理。山ほどありますよ。ついてきてください」
青年がそう言うと、段ボールを抱えたまま、歩き出す。
俺はその後を慌てて追いかける。
俺にもやれることがあるのか。なら捨てた命じゃないな。
食糧を持った箱を携えて青年の後を追う。
青年は近くにいた親御さんに食糧を渡す。
「はい。もうじき復興が始まります。もう少しです」
にこやかに青年は微笑む。
「ありがとう。ラッシュアワー。一緒に食べましょう」
「はーい」
元気よく子どもがお母さんに甘えるように駆け寄ってくる。
乾燥したパンを口にすると、むせかえる。
水を飲み乾燥したパンを押し込む。
「慌てて食べるなよ。少年」
青年は嬉しそうに呟く。
「あの……」
「おれっちはエインズレイ。エインと読んでくれ。よろしく」
「俺は
「ひゅー。勇者様と同じ名前じゃないか。まあしっかり、頼むよ」
「ああ」
ここで勇者と名乗るには不安がある、か。
俺が中心人物になってもしょうがないだろう。
「東、そこの嬢ちゃんにパンを渡してやってくれ。まだもらっていない」
「え。ああ……」
俺は女性に乾燥パンを渡す。
「みんなの顔を覚えているのか? エイン」
「まあね。そうでなくちゃ困るだろ?」
「あ、ああ」
困る。
その一言で、みんなの顔を覚えるのは無理があると思うが……。
しかし、これが戦争の傷跡か。
魔王には人間らしさなどない。
彼らは人殺しをなんとも思っていない。
これでハッキリした。
魔王は倒すべき悪だと。
関係のない人間をたくさん巻き込んだのだ。
それは決して許されるべきことではない。
俺はギュッと拳を握る。
「お兄ちゃん。怖い」
「おい。東!」
「なんだ?」
「少しは笑顔で配れ。怖がらせるな」
「す、すまん……」
顔に出ていたか。
それでは勇者失格だな。
「俺は君たちを守るよ」
俺はそう言い、乾燥パンを渡す。
「守ってくれるの?」
少女は小首を傾げて訊ねてくる。
「ああ。俺たちに任せておけ」
そうだ。魔王を倒すんだ。
そのために俺はこの世界に召喚されたのだから。
今は今の自分にできることをする。
それでいいだよな? エレン、イリナ。
二人の顔も曖昧になってしまったけど、俺は戦う。
戦って世界に示し続ける。
俺が勇者であると。
イリナとエレンという仲間がいたということを。
俺は忘れない。彼女らの戦いを無駄にしてはいけない。
世界を変える。
魔王なんてこの世にはいらない。
駆逐してやる!
「
俺の顔を見て深刻そうな顔をするエイン。
「いや、聞くまい。こんな寒い時代だ。
ふっと笑いを浮かべるエイン。
「……俺は勇者だ。この世界を救うべく生きている」
「そうかい。でも無理はするなよ、
「一人?」
それは寂しい声に聞こえたけど。
「一人だ。この世にたった一人の人間で、この世でたかが一人しかいない存在だ。だから一人の人間として生き、死んでいく……人間は一人分の価値しかないんだ。見誤るなよ」
「一人の……」
俺は胸に暖かいものを感じ、手を添える。
「ありがとう。エイン」
「それはどうも。なら一人の人間としてまずはこの食糧を配布してくれ」
「あー。そうかい」
屈託のない笑みを浮かべるエインに負けて俺は食糧配布に戻る。
とはいえ、エインの後ろについていくだけなのだが。
彼みたいに人の顔を覚えているわけじゃない。
「すごいな。エインは」
「何がさ。勇者として生きる方が大変だろうに」
くつくつと笑うエインに、肩をすくめる俺。
エインの言葉はどこか達観していて、気分がいい。こいつとなら話し相手になりそうだ。
友達に――。
障害は取り除く。
そのために俺は魔王を、魔族を倒す。そして俺たちは日常を取り戻すんだ。
世界を、平和を守るために。
俺は努力を惜しまない。
食糧配布が終わると、俺はルカに剣技を教えてもらう。
最初は二人きりだったが、周囲に少年少女たちが囲むようになっていた。
どうやら自分たちも戦いたいらしい。
「勇者様。どうやったら強くなれますか?」
「日々の研鑽だな。努力を惜しまないこと。そうすれば、誰でも強くなれるさ」
「お姉ちゃん。どうしてあんなに強いの?」
「わたしかい? わたしは子どもの頃から剣を振るっていたからな。すでに身体の一部みたいになっているんだ」
そんな声を聞き、俺は少し考える。
彼らが未来の先兵となってくれれば、あらゆる災厄から身を守ってくれるのではないか? と。
毎晩、木刀を作り、子どもたちに剣を渡す。
「わーい。おれの木剣だ!」
「おれにもあるぞ!」
「あたしもこれで戦えるかな?」
子どもたちは嬉しそうにぶんぶんと木剣を振るうようになっていた。
だが、
「子どもたちに物騒なことを教えないでください」
「もう。子どもたちを戦争に巻き込まないで!」
そんな声が上がってくる。
「いや、しかし。戦わねば、守ることはできないだろう?」
「わたくしはこれでも、パン屋の娘。子どもたちにはパンを焼いて幸せに暮らしてほしいのさ。戦争とはほど遠い世界で……」
木剣を振りかざす娘を見て嘆くように呟く母親。
「脅威が来てからじゃ遅いんだ。彼ら彼女らが戦わねば、未来は守れない」
そうだ。戦わなければ誰も守れない。エレンも、イリナも。
「バカなことを言わないで! あなたたちが原因で世界が終わろうとしているのよ!」
「そうよ! 勇者、あんたたちやっぱり敵だわ!」
「どうして、……そうなる?」
俺はおばさま方の口撃にふらつく。
「なんにも知らないようね」
「バカみたいに平和平和って、どっちが壊しているのかしら!」
「おい。そこら辺にしておけ」
エインが止めに入る。
「こいつは勇者として転移してきた。それだけの話だ。実体を知るには王国の腐りきった独裁政権にある」
エインが苦々しい顔で応じる。
「
俺の顔がどうなっていたのかは分からないが、エレンもイリナも身を賭して救った街でもそう思われていたのか?
そんな。彼女たちの命は、何のために……。
ぐらぐらと揺らぐ芯。
ふらついた足取りで食料庫のテントに足を止める。
正確にはエインが運んでくれたのだ。
「エイン。どういうことだ?」
「勇者。知ってしまったのね……」
そこにはルカがいた。
「勇者ってなんだよ。こんなのが勇者? 人を助けたのに、罵倒されて……」
「勇者とは諦めないことよ。諦めたらそこですべてが終わる。人が生きていると証明することで、世界に示す」
「ルカ……。でもそれで魔族を駆逐するのか?」
「たぶん間違っているね。でも間違いがなければ人は前に進めない」
聞いていたエインが口を開く。
「でもやっぱり、それもエゴなんだよ。魔王と勇者。二人が戦うのは」
「エイン……!」
俺のことを分かってくれて嬉しい。
「でもだからって魔族を殺していい理由になるのか?」
「そ、それは……」
俺は覇気のない答えを返す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます