第24話 サントリア
アタシは何のためにここまで来たんだ。
勇者である
アタシを置いて。
それも盗賊団全員と一緒に。
アタシの全てを奪っていた。
金貨二十枚は手打ち金か。
頑張って生きてきて、それでもなんとか誤魔化してきた。
アタシはしてきたことの大半をあの子らに費やしてきた。
下がいる方が安心できた。横を見ると奪い取りたくなるし、上を見ると蹴落としたくなる。
そんなアタシの醜い気持ちをだましだまし生きてきた。
いや魔物かな。アタシは。
渋面を浮かべて、樽ジョッキを机に叩きつける。
アタシは何のために頑張ってきたんだ。
一番下にいたのはアタシだ。
バカみたいな話だ。
不実な偽善者として、盗賊団のリーダーになっていた。
彼らに隣町へ、その先へ行かせればもっといい結果が得られていたかもしれないのに。
アタシは、卑怯な矮小な魔物だった。
それが原因か。
みんな、アタシを置いていったのだ。
酔いを冷ますようにアジトで一人たたずむ。
ベッドに座ると、ペラリと一枚の紙が落ちてくる。
「こ、これは……」
みんなが書いた子どもたちの絵。それからメッセージが添えられていた。
『姉ちゃんなら隣町でも生きていけるだろう?』
『アイシアねぇ、身体に気をつけて』
『おれら、ちょっくら魔王を倒してくるさ』
『僕らを助けてくれてありがと』
『アイシア姉ちゃんはすごい人だからまた会えるよね?』
『オレたちは先に行っている。あと来てよ』
アタシはそれを見て、涙を流し、嗚咽を漏らす。
▽▼▽
ここから先、どっちへ行けばいいのだろう。
「地図の限りなら、右かな。ルカ」
「はいよ」
少年少女を乗せた馬車はぎぃぎぃと音を立てて、走り出す。
「揺れすごい!」
「だー止まっていろ!」
「追いかけっこだ!」
「待て。揺らすな!」
俺たちはどこで選択肢を間違ったのだろう。
後悔しているが、あのまま見過ごす訳にもいかない。
「おい。こいつをどかしてくれ」
ルカの顔に張り付いているナッシュビル。
「だー! お前ら!」
俺はナッシュビルを引き剥がすと、目の前に迫った森。
「と、とまれ――っ!」
ルカが声を荒げ、馬に止まるよう促す――が、
樹木を避けて止まる馬。
だが、荷馬車の方が樹木にぶつかる。
「がっ!」
しばらく馬車を直している俺とルカ。
「あははは! ばっかみて」
「ナッシュビル?」
ルカはキラリと目を光らせると、恐怖を感じたようで大人しくなる。
あのあと、こってり絞られたからな。
「そろそろ夜更けだ。焚き火でもして休もう」
俺が提案すると、ルカは申し訳なさそうに
「うん。でもいいのか?」
「何が?」
「このままだと魔王が逃げていても可笑しくないだろ?」
「……分かっている」
「蘇生魔法がそこまで来ているのに」
「分かっているって。言うな」
「なら、いいのだけど……」
ルカは少し辛そうに俯く。
確かにここで時間を食うのはよくないだろう。けど。
彼らを放っておくわけにもいかないだろう。
子どもたちが寝付けるまで様子を見て、俺は夜通し馬車の修理をする。
明け方になり、ようやく再起した馬車。
ルカたちが乗り込むと、俺は荷台で眠りにつく。
「勇者のお兄ちゃん。眠そう」
「夜中も直していたみたいだから、寝かせてやりな」
ルカがナッシュビルやアッシュに呼びかける。
「「「はーい」」」
みんなの声を受けて、馬車は行く。
未知の世界に向けて。
草木の香りが変わった。
瘴気に満ちている。
樹木がカサカサと葉擦れの音を鳴らす。
小鳥が飛び立ち、チュンチュンと鳴く。
目を開けると、俺は鼻で刺激臭を感じる。
「なんの匂いだ?」
俺は御者としているルカに話しかける。
「街が、焼けている……」
サントリアの町並みが傷跡を負ったように焼けている。
黒焦げになった民家の周辺に赤い焔が血しぶきのように上がり、うねった蛇のように次の家屋を巻き込む。
燃えかすが、煤が飛んでくる。
「どうする?」
「……一人でも多くの人を救う」
「本気か?」
「俺は勇者だ!」
「……分かったよ!」
ルカが苛立ちを露わにし、馬車を向かわせる。
こちらに救援できるだけの力はほとんどない。
ここで共倒れするか、それとも……。
「怪我人は中央広場に集めろ! 他の者は消火に努めろ!」
領主らしき人が叫んでいる。
「何か手伝えますか?」
俺は馬車をおりて訊ねる。
「見かけない顔だね。旅の人かい? 悪いが、魔王が攻めてきて、この有様だよ」
「そうですか。じゃあ、街の火消しに回ります」
「手伝って、くれるのか……?」
こくりと頷くと俺は燃え広がる焔に向かっていく。
バケツリレーをする並びに入り込み、少しでも多くの人を助けようと尽力する。
俺は勇者だ。
やるべきことは人を助けること。
少年少女たちも、バケツリレーや怪我人の手当を行っている。
意外に役立つじゃないか。
しばらくして鎮火した家屋。
その隣にある町並みにも火の手が見える。
「今度はあっちかよ」
俺たちはバケツリレーを再開する。
「急げー!」
「こっちの怪我人を助けてくれ!」
ルカも頑張って応急手当をする。
必至なのだ。彼は、彼らは。
だから生きていることを実感できる。
生きる意味がある。
必至で生きる者たちは素晴らしい。
死は生まれたものに与えられた結果でしかない。大事なのは何のために生きるか。
何のために戦うのか。
それがハッキリすれば俺はまだ戦える。
戦ってみせる。
でも――。
俺は本当は何をしたいんだ?
今の俺は何を目指しているんだ?
分からない。
目的を見失っている。
蘇生魔法があれば、この街の住民も生かせる。なら、どうして必至になって助けようとしているんだ?
まるで勇者であることが鎖のように重く絡んでくる。
生きている意味を見いだせないでいる俺。
炎を消し止めると、俺たちは負傷者のもとに向かう。
「くそ。無茶苦茶だ」
「おい。ヒーリン。ヒーリン!」
「ダメだ。のこぎりを用意しろ!」
「そうだよ。ありったけの酒を持ってくるんだよ!」
「酒はこっちも必要だ!」
ざわめく民衆に、俺はたじろぐ。
ルカを探して歩いていると、包帯巻きにされた怪我人がそこかしこに広がっている。
瓦礫の山。灰の降る町並み。
噴水は止まり、崩れ落ちていく家屋。
壊れた露店。
そうだ。これは理不尽だ。
理不尽に対しては怒っていい。でも怒りに呑まれてはためだ。
それでは客観視ができなくなってしまう。自分の身も焦がすほどの怒りは憎しみだ。
憎しみは人の世界を狭めてしまう。
世界はこんなにも広いのだと、暖かいのだと知る。
ここでは、みんな必至で生きている。
魔王は許せないが、それだけでは人は生きていけない。
沸き立つ熱意が魔王に向くが、俺は抑え込むのが難しい。
「くそっ。あいつら」
ジークフリートを思い出し、握りこぶしを強める。
怒りの矛先を間違えてはいけない。
今は治療に当たる。
「ちょっと手伝ってくれ!」
近くにいる人が俺を呼び止める。
「何をすればいい?」
男はテントの中に招き入れる。
テントの中には右足を負傷した女性がベッドの上で泣き叫んでいる。
「さっさと酒を飲ませろ!」
男が叫ぶと、他の者が酒を飲ませる。
あれで感覚を鈍らせるのか。
なら――。
腐敗した足を見て、俺は顔が引きつる。
もしかして。
「のこぎりの用意はできているな?」
ウイスキーで消毒するのこぎり。
腐敗した箇所は取り除かなければ、さらに腐食していく。それに細菌による感染もありえる。
ありえるのだが……。
「のこぎりで切りおとす。あとは傷口を火であぶって止血する」
この世界には医療技術などない。
ましてや魔法があるのなら。
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