第33話 魔王レール

 アッシュが死に、ルカが暴走し、アイシアがショックで崩れ落ちている中、俺はアイシアをスケルトンから救った。

 周りのスケルトンを倒しながら、アイシアを見やる。

 ショックで何も考えられないらしい。

 スケルトンが減ったところで、俺はアイシアを抱きしめる。

「俺がいる。俺を助けてくれ。このままじゃ、俺もルカも死んでしまう!」

 聞こえているのかそうでないのか、分からないが、何度も話しかける。

「生きている。俺たちはまだ生きているんだ。てことは生きなきゃなんねーってことだ」

 アイシアの瞳が潤む。

「生きる方が戦いだ。負けるわけにはいかない」

 瞳の焦点が合ってくる。

「ここで魔王を逃したら、同じ過ちが繰り返させる!」

「……っ!」

「勇者、後ろ!」

 俺の後方から迫ってくる骨の棍棒。物理攻撃。

 針が脇腹をかすめていく。

 スケルトンの身体に突き刺さり、爆発する。

「へ。こんなところでやられている場合じゃないな」

 アイシアが起き上がり、シャツをめくる。

「この借りも返さなくちゃいけないからね」

「その宝石。……ふふふ。そうか。あの時の死に損ないだな。生きる可能性を試してみたが、ここまで生き残るとは!」

「どういう、意味だ……?」

「あのまま放置していたら死んでいたからな。生きていて良かったな」

 どいうことだ?

 人間を生かすために魔石を?

 それじゃあ、まるで――。

「こいつの与太話に巻き込まれるな!」

 ルカが必死で魔王の首を狙う。

 アイシアがハッとし、鞭を握り、走り出す。

 俺もそのあとにつく。

「まさか、生き残って魔王この世の終わりを知るがいい!」

「何を!?」

「うわごとだ。敵の言葉など!」

「アタシたちを惑わそうという企みかい!」

 アイシアの鞭をかわしながら、ルカの攻撃を受け流す魔王。

 俺が近寄っていき、スケルトンを蹴散らす。

「お前はこの世の終わりを知っているか? 醜く争い続け、その果てに何が残る?」

「争いをしかけてきたのはそっちだろ!」

 ルカが憤慨した様子で斬りかかる。

 だがそれも短剣で弾かれる。

 鞭がしなり魔王を捕まえる。

「捕まえた! やるぞ。あずま、ルカ!」

「「おう!」」

 横合いから真っ直ぐにつきを入れる俺。拳を握り、頭蓋を狙うルカ。

「はん。最初から無駄だ」

 鞭を抜け出し、空を駆る。

「なに?」

「生きている。ただそれだけで良かったはずだ。なのにどうしてこうも争う!?」

「何を……」

「知りたがり欲しがり、それで何を手に入れたというのだ」

 魔王は狂ったように笑い出す。

「人は変わらない。どんな力を手に入れても、滅びの道を行く」

「なんだと!?」

 アイシアは鞭をぶつけるが、それで落ちる魔王じゃない。

「魔族も同じ事よ。自ら魔石を移植し、その力の対価に人の心を失う――」

「そんな、バカな!」

 魔族と呼ばれるものは、かつて人間だったもの。

 それを理解した瞬間に頭の中がぐるぐるとかき回された気分になる。

 なんだ。この不愉快さは。

「もう遅い。人は死への道をたどっている。終わりのない旅」

 魔王が火球を放ち、ルカとアイシアにぶつける。

 爆炎に呑まれた二人。

 死を混沌をもたらす邪悪なる光。

 人を塵芥ちりあくたへと変える漆黒のほのお

 だが、二人は炎の中、生きている。

 ルカはペンダントの自浄作用で、アイシアは髪飾りの護符によって守ったのだ。

「ルカ。アイシア!」

「わたしはまだ負けていない」

「そうね。やられっぱなしは性に合わない」

 呪符タリスマンを取り出し、魔法を注ぐ。

 幾多いくたの火球が精製されて、空にただよう。

 放たれた火球たちは、魔王に向かって飛翔する。

 その素早さを乗せた火球は魔王を包み込む。

 悲鳴を上げて、地に落ちる魔王。

 俺はその瞬間を狙い、魔王の心臓をひと突きし、えぐる。

 断末魔が響き渡り、魔王がその命を散らす。

「やった、のか……?」

 俺はアイシアとルカのもとに駆け寄る。

「やった。やったんだ!」

 そのとき、魔王を見ていたのはアイシアだけだった。

「死ね」

 魔王は最期に風の刃を撃ち放つ。

「危ない!」

 俺と風の刃の間にアイシアが滑り込んでくる。

 同時に針が投げ込まれ、魔王の身体に突き刺さり、爆発する。死肉が辺りに散らばる。

「アイシア……?」

 俺は立ったままのアイシアを受け止めると、地面に横たわらせる。

「アイシア!」

 ルカのペンダントを奪い取り、アイシアの傷口に当てる。

「よぅ。あずま

「今はしゃべるな。俺がなんとかしてやる」

「もういいんだよ。これで魔族は滅びる。そしてお前たちは、人は、生きるんだ」

「そんな……! 俺はまた守れなかったのかよ!」

 悔しい。辛い。痛い。

 涙がとめどなく溢れてくる。

「なんで。なんでそんなことを言うんだよ。アイシアはこれまで必死で、頑張っていきてきたじゃないか! こんなところで……!」

「そうだ。嫌な奴だとは思っていたが、ここで死んでいいはずがない」

 ルカも抱きつき、魔力を注ぐ。

「もう、いいんだ。疲れた。休ませてくれ……」

 それが最期の願いと言わんばかりに。

「そんなこと!」

「させない! あんたはまだやり残したことがある!」

「だから、頼むのさ。ナッシュビルたちを……頼む」

「何を言っている! そんなの当たり前だ」

 ペンダントに込める魔力をさらに大きくする。

 ルビーがピキッと音を立ててひび割れる。

「アイシア!」

「託されて歩き続ける。その道がどんなに厳しくても」

 うわごとのように呟くアイシア。

「現実を現実と受け止めるだけの存在なら、人はとうの昔に滅んでいるのだから」

 ルビーが完全に砕け散る。


 ▽▼▽


「勇者?」

「勇者さまだ!」

 孤児院の子どもたちは俺たちを見つめると、喜んで駆け寄ってくる。

「へへん。ぼくが言った通りだろ? 勇者ならやれるって」

「バカ、ジュライは毎夜毎夜心配していたクセに」

「う、うるさいな! それよりも飯の時間だ。勇者たちも食べていくだろ?」

「……ああ。もちろんだ」

 深く頷くと、俺たちは食堂に案内される。

 七面鳥の照り焼き、ポテトサラダ、野菜スープ。

 どれも彩り豊かで、大変美味しそうではある。

「なんの祭りだ? これは……?」

「決まってら。魔王討伐の夢が叶ったんだ」

「お前……」

 半人半魔のジュライにとって、それは喜ばしいことなのか……?

「ぼくはぼくの道を行く。そこに種族は関係ない」

「……魔王も、その言葉を聞いたらとどまったのかもしれないな」

 そう言えば、エレンやイリナの残留思念を聞いたことがある。

 あの声のお陰で俺は助かった。

 残留思念。生きている者が最期に残す言葉。

 魔王にも何か理由があったのだろうか?

 真実は、その真相は闇の中に消えても事実は残る。

 最弱な、クソ雑魚な俺が世界最強を偽る。

 これからは勇者であることを誇りに思わなければならないし、政治利用もされるかもしれない。それでも偽る。でなければ国のバランスが崩れてしまう。

 魔王を倒した勇者がいる国。だからこそ、他国への圧力になりえる。

 伝書鳩が止まり、アイシアが手紙を受け取る。

「王都で大々的な凱旋がいせんセレモニーを行うそうだ」

 アイシアは魔石と引き換えに傷を完全に癒やした。

 魔石により二度も命を救われたのだ。

 どんな理屈かは知らないが、魔王は本当は――。

 その仮説はしないと決め、俺は返事を出す。

 明日を守ったよ、エレン、イリナ。


 ――我は平和のために打ち砕かれたのだ。


 我は魔王と人類をつなぎ止める。

 これでいい。

 魔族は人類の傘下に入った。

 もともと、人体改造をされたのが魔族だ。

 人と同じ道を歩めるはずだ。

 そして人体実験を繰り返す国を滅ぼしてくれれば助かる。

 俺様のような子が産まれないために。

 そのためなら俺様は喜んで死を迎え入れる。

 転生――そんな言葉もあったな。

 勇者よ。次は友として出会おう。

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異世界召喚に失敗!? クソ雑魚な俺が世界最強を偽る!? 夕日ゆうや @PT03wing

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