第17話 二人旅

「ルカ。行くぞ」

 俺は軽くなった馬車から外の景色を見やる。

「いいのか? というか大丈夫なのか?」

「魔物は殲滅する、だろ?」

「……そうかい」

 ルカは苦々しい顔で応じる。

 暴言が少なくなったルカ。

 俺としてはこっちの方がいいが。でも、イリナを失ってからルカの様子はおかしい。

 強いと思っていたが、強がっていただけなのかもしれない。意外に繊細なのかもしれない。

「わたし、疲れたよ。もうこれ以上の犠牲は……」

「だからだろ。残敵の掃討作戦だ」

 地図上に映るいくつかの赤い点。

 それらはオークなどの魔物の位置を示している。

「ああ。でもてめーはそれでいいのか?」

「何が?」

 俺はキリッと目を光らせる。

「いや、なんでもない」

 ルカはふるふると首を横にふる。

 ゴブリンを見つけると俺は睨み付ける。

 イリナを見ていた俺だからできること。

 ゴブリンの魔力を吸い取り始める。

 ルカが身体能力を高め、地を蹴り、襲いかかる。

 驚いたゴブリンが反撃しようと棍棒を振りかざすが、ルカが回避し鋭利な爪で肉を奪い取る。

 俺はその反対側から思いっきり殴りつける。

 頭蓋骨が砕けたのか、ゴブリンは死を迎える。

 俺とルカは立ち上がり、馬車に戻る。

「これで残党は残り二匹。だけど……」

 肩で息をする俺。

 疲れがこれほどたまるとは思いもしなかった。

 臓器の一部が痛みを上げる。

 移植した結果がこれだ。

 能力を使えば使うほど、痛む。

「少し、休まないか?」

 ルカが不安そうな顔で訊ねる。

「あー。大丈夫だ」

「そんな脂汗を浮かべて、何を言うんだ」

 俺は袖で汗をぬぐうと地図を見やる。

「ここから近い。今日中に終わらせるべきだ」

「……分かった。そのあとはしっかり休んでよ?」

「ルカ、らしくないな」

「うっさい!」

 ルカは怒ったように顔を背ける。

 最近、ルカが少し柔らかくなった気がする。

 二匹目の魔物・オークが草陰に隠れ、鳥を捕らえて食べている。

 俺とルカは挟み撃ちするように取り囲む。

「やるぞ」

「おう」

 俺のかけ声を合図に一斉に飛びかかるルカと俺。

 イリナから受け継いだ魔力強奪と、身体強化による攻撃。

 オークは呆気なく倒れてしまう。

「わたし、なんで生きているんだろ」

 オークを見てぼんやりと呟くルカ。

「お前はそうやって一生喪に服していればいい。だがイリナはどう言うだろうな?」

「わ、分かっている。わたしも願っている」

 心なしか曇りを見せるルカ。

 今までこんな表情は見せたことがない。

 だが、やるべきことがある。

 俺はすべての魔族を駆逐する。

 それがイリナの夢、望み、希望。


 ゴブリンを見つけた。

「あそこだ」

 俺は指さすと、そこにはゴブリンがいる。

 ルカと俺はコクリと頷き、両側から挟み込む。

 挟撃だ。

 そのゴブリンに近寄る男がいる。

 ジークフリートだ。

「やる!」

 ジークフリートはゴブリンに手をかざすと、ゴブリンはぶくぶくと膨れ上がり、巨躯をさらす。

 サイクロプス。

 一つ目の巨人。魔物の中でも大型の魔物だ。

 瞳からはレーザーを発射するという。

 俺はサイクロプスの右から、ルカは左から攻める。

 拳を握り、サイクロプスの腹を狙う。

 ジークフリートは影も形もない。

「行くぞ! ルカ!」

「お、おう!」

 拳を腹に突き刺すが筋肉で押しとどめられる。

「ガキが調子に乗りやがって」

「俺は」

「はっ!」

 ルカがその瞳を蹴りつける。

「ぐっ……」

 サイクロプスがうめき、俺を離す。

 解放された俺と、ルカは地を蹴り距離をとる。

「コイツら!」

 サイクロプスがこちらにレーザーを放つ。

 俺は回避して森が焼けるのを視界の端でとらえる。

「ち。こいつは……!」

 俺がサイクロプスの周囲を駆け巡る。

 一つ目があだとなったな。

 目をくるくると回転させるサイクロプスだが、ルカに狙いを定めたのか、攻撃を始める。

「ちょっと。なんでわたしなのよ!」

 ルカは吠えるように、茂みに身体を隠す。

 俺はサクロプスの頭を蹴りつける。

 ショートソードで頭を砕くと、その場で崩れ落ちるサイクロプス。

「勇者……」

「……行くぞ。俺たちが倒さなきゃいけないのはジークフリートだ」

「わ、分かっているっ!」

 ルカはそう言ったあと、悲しそうにうつむく。

 二人も亡くているんだ。それは当然のこと。

 でも俺は勇者だ。生きて魔族を滅ぼさなくちゃいけない。そうでなければこっちの世界にきた意味がない。

 俺が生まれてきた意味も。

 魔族がいなければ、俺はこっちの世界でも悠々自適な生活を送ることだってできたんだ。

 何が魔王だ。そんなもの、すぐに滅ぼしてくれる。

 地図を開くと先ほど認識したジークフリートの居場所がハッキリと記されている。

 俺はルカと顔を見合わせると静かにうなずき合う。

 馬車に乗り込み、俺はショートソードを磨く。

 先ほどの戦闘で血がベットリとついてしまった。このままでは持ち前の切れ味が落ちる。

 しかし、少し疲れた。

 休憩しよう。


「起、……ろ。起きろって……」

「ん。ああ。ルカ、か……」

 俺は寝ぼけ眼を擦りながら、声のする方に向き直る。

「着いたぞ。でも、その疲れ具合……」

「大丈夫だ。気にするな」

 俺は強がり、イリナの力の代償を話さずに立ち上がる。

 リンゴをかじり、少しの休憩をとると、ルカと一緒に地下に続く階段を見やる。

 あそこにジークフリートがいる。

 俺たちの敵だ。

 倒さねばなるまい。

 先に手を出したのはそっちだ。悪く思うなよ。

 俺は昏く湿った階段を降り続ける。

 隣でそわそわしているルカが、小さな悲鳴を上げて俺につかまる。

「なんだ?」

「い、いや、なんでもない」

 よく見ると水がしたたり落ちている。

 その音で怖がったようだ。

「ルカ。お前は勇者じゃない。外で待っていてもいいんだぞ?」

「そんな! それじゃあ、わたしは何のために……」

 ルカは言い終える前に俺の顔を見て、さーっと青くなる。

「てめー。もしかして勇者だから、だから魔族を潰すのか?」

「それ以外に何がある?」

「そんなの勇者じゃねーよ。勇者は人の上に立つ者。人格者だ。そんな狂い人を勇者だと!? ふざけるな!!」

「大声を出すな!」

 ルカが振り上げた拳は俺の額の上で止まる。

「どうした? やらないのか?」

「お前……」

 ルカが悲しそうに眉根を歪める。

「貴様ら。どこから入ってきた?」

 後ろから声がして振り返る。

 ふと周囲を見渡すと鏡のような、プリズムのような空間にいる。

 声は聞こえた。

「ジークフリート」

「貴様。あのときの勇者か。なるほど。道理で仲間が減っていくわけだ」

 クククと笑いを零すジークフリート。

「だが、貴様とて無敵ではあるまい。死んでもらう!」

「は。そう言うわけにはいかない!」

「まさか、蘇生魔法の勇者か?」

 蘇生、まほう……?

「そうではなさそうだな。ふふ。この地獄回廊に閉じ込めた。貴様らでは突破できまい」

「ルカ、聞いたか? 蘇生魔法があるらしい」

「ああ。聞いた。わたしたちはまた会えるイリナにエレンに」

「行くぞ!」

「ああ」

 ルカの活気づいていく声色が壁の向こうから聞こえてくる。

 エレンに、イリナに出会える。

 そう思ったら、このワクワクを抑えられなくなっていた。

 鏡を片っ端から砕いてわり、手当たり次第、ジークフリートを探す。

「逃げんなよ。逃げんなよ! 魔族!!」

 俺は怒りのままにショートソードを振るう。

「ちょっと。あんた止まれ!」

 ルカが俺の顔を見て止めに入る。

「ガラスの破片で傷ついているじゃないか!」

「……痛い」

 ツーッと流れ落ちてくる血液。

「わたしの魔力を分けてやる。これで再生は速くなる」

 ルカが抱きしめるように密着し、魔力が流れ込んでくるのを感じた。

 数秒、そうしていると、何者かの陰を感じ、飛び退く。

 剣がルカの肩をかすめる。

 また、失うのか……?

「うわあっぁぁぁぁぁぁっぁぁあっぁ」

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