第9話 その後の2人。

午後になり、ウイレードからの案内でサンルームのテラスに通された。

暖かい日差しが差し込み、庭園からの心地よい風がよく通っていた。


ウイレードは先についており、椅子に座ったまま笑顔で2人に手を振っていた。

2人が到着するとお茶や軽食が並べられ、勧められるがまま席に着く。


テーブルに運び込まれる焼き立てのパンの匂いが、空腹の2人の視線を釘付けにする。

そして昨日より半分ぐらいに減らされた紙の束がその横に並べられ、それを見るとさっきまでの空腹感が減退するという、なんとも複雑な思いで胃のあたりを撫でた。


ガヤガヤと給仕やメイドが忙しくしている庭園。

庭園からサンルームは目と鼻の先だが、こちらは屋根がついている分、日陰で涼しい。

なんとなく人が動く様子を目で追いながら、お茶に口をつけた。


1杯目のお茶がなくなりそうになるぐらいに、ウイレードが口を開いた。


「近々国王からまず、ルーゼンとサイマン侯爵に謝罪がいく。」


その言葉にルーゼンは少し俯いて、小さく返事をした。

侯爵家に謝罪はわかるが、自分にもされるとは思ってなかったので少し動揺する。


「大丈夫、サイマンの方にも君にも悪いようにはしない。

全てアンルース1人の罪だ……。」


意識がない相手に全部被せるのもなんだか後ろめたくなる。

だがこれは自分にもきっと非があると、ルーゼンは譲らなかった。


「ただ結婚式についてだが……今は王女の急病のため、延期という形になった。

それについてもここでは詳しいことは省くが、侯爵宛に書類がいく事だろう。

結婚式は延期だが、先に婚約を破棄する。

王女の結婚式の相手を空欄……伏せておいて、君ではない別の誰かと結婚することを匂わせる。

その前に君との婚約破棄を発表することとなった。

これでサイマン家が汚名を被らずに済む方法だ。」


そう言うとウイレードは国王の判が押してある書類をルーゼンに見せた。

そこには婚約破棄の旨が書かれており、破棄の日付は自分が学園に入学する数日前の日付が書かれていた。

発表が後になったが、実は3年前に破棄されていたと言うことにするのだろう。

自分が学園を卒業を待ち、破棄の時期が王女のデビュタント前と言う理由で、発表を遅らせたとか、色々理由はつけられる……。


黙って書類を見てるルーゼンの前に、突然ウイレードが跪いた。


「ルーゼン、この度は愚妹アンルースのせいで、君を傷つけてしまい誠に申し訳ない。

本来なら国王がここにきて親として謝罪するべきだが、国務に追われた上に、母が倒れてしまったのだ……。なので私が代わりに謝罪することを許してほしい。」


深々と頭を下げるウイレードに、ルーゼンは恐縮してオロオロしていた。


「頭を上げてください、殿下……王妃殿下の体調は……?」


跪いたままのウイレードが顔を上げた。

近くで見ると、昨日よりひどく疲れた顔だった。


ウイレードも色々ルースに振り回されている被害者なのに……。

それなのに自分のことより周りを心配している。


ルーゼンはそっとウイレードの顔に手を近づけて、目の下のクマを指で触れる。

触れられたウイレードは少し驚いていたが、労いが届いたのか少しだけ顔を緩めた。


「ルーゼンにそんな顔にさせるほど、私の顔色悪いのか?

いかんな……私まで倒れる前に少し休むか……。

……と、君たちは少しは休めたか?」


ウイレードはそういうと頬にあるルーゼンの手にそっと自分の手を添えた。

ウイレードの手の温かみに、思わずルーゼンは微笑んだ。


「はい、気がついたらソファーで2人して気絶してました。」


「気絶……そうか、すまなかったな……。」


そう言うとウイレードは困ったように微笑み、立ち上がるとさっきの席に座り直した。

そして紙の束から数枚の紙を引っ張り出し、テーブルに広げる。


「昨日の話の続きだが……、あれからまた色々と調べてみた。

3回までと言うキスの回数だが、もしや一回目は呪いをかけた時なのではないかと予測すると……。」


ウイレードの言葉に、ルーゼンもエルヴァンも顔を合わせ、頷いた。


「そうですね、ボクらもそう思いました。だったら残り2回と書けよとも思うんですけど、手紙を送ってくるわりに、そこら辺犯人は親切ではありませんね……恨みを持っているので当たり前でしょうけど。」


ルーゼンの言葉にウイレードも『ほんとだよな』と、ため息交じりにいった。


「なので、残り一回。ラストチャンスとなるな……。」


足を組み『はぁ……』息を吐くと、ウイレードはテーブルに肘をついた。

それを見て、釣られるようにルーゼンも深く息を吐く。


そんな2人の横で考え込んでいたエルヴァンが口を開いた。


「……愛する人についてですが、肉体関係があった方の愛する人な可能性はありますか?」


エルヴァンの言葉に頬杖をついていたウイレードの顔が渋くなる。


「そうかもしれないな……」


エルヴァンの問いにため息まじりのウイレードが続けた。


「とりあえずは49人の中で最もアンルースが気に入っていた人物の特定を急ぎ、リスト化する。

そして同時に呪いの特定を急ぐとして……。

アンルースの容態を見ながらだが……これに関しては少し時間をもらうことになると思うので、一旦ルーゼンはサイマン家に戻って待機してほしい。

……侯爵とも積もる話もあるだろうしな……。」


そこまで言うと、横で待機していた従者が焦った様子でウイレードに耳打ちをした。

それを聞き終わると、ウイレードは立ち上がった。


「すまないがこれで私は失礼する。

何かわかったらすぐにでも知らせるので、待っていてくれ。」


そう言うとウイレードは急ぐ様子でこの場を後にした。

残された2人は顔を見合わせ、同じく残された書類とともに、疲れを吐き出すかのように深い息を吐いた。


書類を抱えサンルームを出ると既に帰宅の準備が整っていた。

昨日のうちに自分とエルヴァンの荷物は侯爵家に運ばれていったので体は軽いのだが、持っている書類の重さに胃が痛い。

重量ではなく、責任の重さである。


天気の良い道を走る馬車の中はすこぶる暖かく、馬車の揺れがなんともいい感じで眠りを誘っていた。

ぼーっとする頭でルーゼンは考えていた。


3年ぶりの実家。

だが色々と気が重い。

そんな胃の痛む感情とは別に、エルヴァンと我が家に帰るというのもなんだか不思議な気持ちになっていた。


家に帰ったとして、問題は山積みだ。


婚約破棄の件。

そして小さい頃から支えてくれた従者のこと。

抱えている紙の束を強く握りしめる。


昨日見たリストに彼の名前を見た瞬間、これは何かの間違いだと思った。


自分の乳母の息子で、自分より1つ上。

ファイナックという子爵の一人息子、ティティ。


爵位はあるものの早くに旦那さんを亡くしたため、1歳のティティを抱え働くために乳母としてうちに来たティティのお母さん、マヌレ。

そしてそのマヌレもティティがまだ小さい時に亡くなってしまい、ティティはたった1人になった。

たった1人のティティを本当の家族のように接してきたサイマン家。

養子にという話も出たが、従者を希望したのはまだ6歳だったティティの方だった。


ルーゼンにとってもティティは家族のような兄のような存在。

そこからティティは献身的にルーゼンの側にいてくれていたのだ。


アンルースと婚約が決まるずっと前から一緒。

気が弱く臆病な性格だが、誠実で芯が強いティティ。


自分が学園に入学が決まった時、自分のことのように喜んでくれ、離れることを寂しがってくれた。

本来なら3年間の学園生活で一緒に連れていくはずだった。

ティティも一緒に学園での生活を体験してもらおうと思っていたのだった。

だったのに……。


突然ティティに王家からの依頼が入ったのだ。

その頃ウイレードが他国の王女と婚約することになり、盛大な婚約式が行われることとなった。

その婚約式に携わってほしいとのことだった。


王太子の婚約式となると長い日数をかけて行い、他国からの要人もたくさん来ることだろう。

急遽集められるのは、信頼できる配下からの選りすぐりの従者の借し出し依頼。


王家からの依頼をサイマンも断ることが出来なかったし、ティティにとってもいい話だった。


ティティ自身も王家のマナーを学べるチャンスだと喜んでいたので、ルーゼンはそれを止めることが出来なかった。

ウイレードの婚約式が終わったら、ティティも遅れて学園に来てくれると思っていた。


だったのだが……。


ティティはそれから手紙で体調不良により、学園に来れない事を告げてきたのだった。

3年間、たまに手紙が来るが、明らかに返事は減っていた。


あの時交友リストにティティの名前を見つけた時、エルヴァンの名前を見つけた時と同じぐらいショックを受けた。


だがすぐにこのリストはウイレードの間違いだと思った。

ティティは曲がったことをしない。

ましては自分を裏切らないだろうという、絶対の自信があった。


あったのだが……。


ウイレードの話が頭の中で反芻する。


『アンルースは小さい頃から気に入らないメイドや騎士、周りにいる同じくらいの子供に対して当たりが強かった。

そして何より……ルーゼンに近づくものを決して許さなかった。

……知らなかっただろう?』


ティティの性格からして、自分の婚約者であったアンルースに自分から近づくことは絶対ない。

ということはアンルースが近づいたと言う事……。


あの時のタイミングが良かった王家の依頼。

何もティティじゃなくても良かったのだ。


なぜティティが行かなければならなかったのか……。


ティティの立場はお飾りの爵位があるが、平民同然だ。

たとえその爵位が生きていたとしても、王女であるアンルースの言葉におそらく逆らうことは不可能だろう。


自分の信念を曲げられ、自分が謎まぬ関係を強いられ、さぞかしティティは辛かったのではないか……。


ティティにかけていい言葉が見つからない。

むしろアンリースに対して怒りさえ湧いてくる。


家に着くまで、そればかりを悩んでいた。


ふと自分のアンルースへの情が、薄れて行っている事に気がつく。

というか山場を超えて落ち着いたような、全てを認めてしまったらどうでも良くなったというか……。


勿論アンルースが目を覚さないことはとても心配なのだが、まるで遠い親戚の話を聞いてるような感覚でいることに気がついた。


1番の被害者だろう自分が、今は自分以外の被害者の心配をしている。

なんだかそれが妙に心が落ち着いた。


「とりあえず、ひとつづつ解決していくしかないな……。」


ボソリと呟き頭をかくと、エルヴァンが大きく頷いた。


「……そのひとつひとつを、俺に手伝わせてくれ。」


『罪滅ぼしではなく、心配している親友として。』


エルヴァンはそう付け加えた。


「うん、純粋に親友として僕を支えてほしい。」


ルーゼンの言葉に一瞬目を丸くしたが、すぐに『分かった』と返事をした。


馬車の景色を見つめるエルヴァンも、なんだか憑き物が取れた顔をしていた。

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