第26話 楽しい?お茶会へようこそ2

白い長い耳。

耳よりちょっとピンクがかった髪の毛に、赤い目。

ルーゼンより少し背の高い、細身で愛らしい顔立ちの獣人が立っていた。


「……お前、誰」


勢いが止まらないアダムの言葉を慌てて遮る。


「アダム!!」


ルーゼンが叫ぶ。

だがルーゼンの声にますます顔を赤くして怒鳴る。


「お前に呼び捨てされる覚えはない!」


ルーゼンにつかみかかろうとするのを、即席取り巻きたちが止める。

どうやらアダムより、取り巻きの方が少しばかり賢かったようだ。


「もういいから黙れ。」


アダムの言葉を今度はエルヴァンが制した。

だがそんなエルヴァンにもアダムは噛み付く。


「いったいお前も誰なんだ!?」


『……アダムは全く変わってなかった。』


ルーゼンは大きく息を吐く。

せめて隣国の王子ぐらい、顔や名前までは知らなくていいから、なんとなくの容姿ぐらいは情報を頭に入れておいて欲しかった。


……というかさっきからこの肘がとても重い。

ずっとニコニコとしながらルーゼンに寄りかかっている獣人。

だがアダムの不敬のこともあり、『どいてください』とも言えずに困っていた。


『公爵風情』が絶賛不敬罪で捕まりそうな勢いである。


「……へぇ、お前俺にそんな態度とっていいのか?」


エルヴァンがニヤリとしながら目の前でワインの入ったグラスを揺らす。


「……ルーゼンにくっついてるぐらいなんだから、その辺のボンクラだろ。」


アダムはそういうと得意げに肩をすくめた。


「……アダム・エグワズ……、下がれ。」


気がつくとウイレードが血相を変えてやってきた。

ウイレードの言葉に、流石のアダムもビクリとする。


「で、殿下、コイツらが私を馬鹿にしてきたのでつい、大きな声を……」


アダムはウイレードに深く頭を下げる。

だがそんなアダムをウイレードは軽蔑したように睨みつけた。


「お前は目の前の人物が誰だかわかってないのか、馬鹿め。

こちらはシングレストのエルヴァン王子、そしてこちらがゼドナの王子、ラント殿下だ。」


ウイレードを見つめているアダムの目が見開かれたまま固まった。

その顔にさっきまで赤かった顔がみるみる真っ青になっていく。


ふんぞり返っていた取り巻きと一緒に、床にひれ伏した。


「も、も、も……申し訳……!」


最後の語尾が消えゆくように……いや消えてなくなった。


「やーっと気がついたんだね!自分のアホさ加減に。

公爵風情が王族の集まりで威張り散らすとか笑えるでしょ。

自分の立場、理解できてよかったね。

うちの国ならお前、死刑だから。」


可愛い兎獣人がペラペラと回る口で罵詈雑言を吐きながら、アベルを煽っている。

お陰でさっきまで重くて仕方なかった肘からは解放され自由になった。


流石のアベルも泣きそうになり、『どうかお許しを!』と土下座しまくっている。


「……はぁ。」


大きくため息をつく。


アベルは全く変わっていなかった。

どうやらさっきの動揺は、アンルースが現れた事でテンションが上がった方の動揺だと推測できた。

この単純なオツムでは、誰かを恨んで呪いをかけるなんて思い付きもしないだろう。


そして思いの外アベルの成長がなかったため、大ごとになりそうで頭を抱えるしかない。

ウイレードもしきりにラントと呼ばれた獣人を宥めていた。


「……エルヴァンはいいの?」


「何が?」


さっきまで自分も不敬罪執行する立場の人間だったはずだ。

だが謝罪される側から早々に離脱し、ルーゼンの横でワインを飲んでいた。


「アベルに怒ってたんじゃないの?叱るなら今だよ。」


ルーゼンの言葉にエルヴァンは笑った。


「あいつがお前に酷いこと言ってたのにムカついただけだ。」


エルヴァンはそう言うと肩をすくめる。


「……それはどうも。」


アベルのせいで会場は騒然となっている。

だがこのお陰でラントと話すチャンスができたのだった。


ウイレードがエグワズ公爵にも通達すると告げ、アベルと取り巻き数人は会場から追い出されてしまった。


「……アダムのこと何も探れてないけどいいのか?」


「……いや十分だよ。アダムには無理だね。」


「ルーゼンのしょぼい煽りに乗ってくるようじゃ、『犯行』なんて無理そうだしな。」


「平和主義のボクにしては頑張った方でしょ?」


得意げなルーゼンの言葉に、エルヴァンが肩を震わし笑った。

その時再びルーゼンの肩に肘の重みがやってくる。


「ねえねえ、アイツのこと許して欲しい?」


突然声をかけられ、驚いて振り返る。


「うぇ……。」


振り返った時に置いてある肘が首に当たる。


潰れるってば。

そう思いながら身体をずらし、寄りかかる人物から逃げようとする。

だが、ガシッと背後から抱きしめられる形になり、ルーゼンは捕獲されてしまった。


「あの、苦しいです……!」


誰だかわかっている以上、下手なことは言えない。

だがとにかく距離感がわからない彼には離れて欲しかった。


「だから、ね?彼を許して欲しい?

許して欲しかったら俺のお願い聞いてくれる?」


ルーゼンには全くこの質問の意味もラントの意図もわからなかった。


「……許すも何も、ボクには関係ない話ですが……。」


と、返すとラントは面白くなさそうに顔を顰めた。


「はぁ?俺、君を助けてあげたんだけどー?」


「グェェ……!」


グイッとラントの腕がルーゼンの首にかかった。

苦しくなり身を捩ると、エルヴァンがラントの腕を捻じ上げた。


「ラントいい加減にしろ。」


ゲホゲホと咳き込みながら涙目でエルヴァンに寄りかかる。

顔を上げるとラントがエルヴァンの腕を振り解き、ルーゼンを覗き込んでいた。


「エルヴァンこの子なに?知り合いなの?

すっごいいい匂いする、美味しそう!」


ルーゼンを見るラントの赤い瞳の奥が光る。

まるで狩りをする肉食動物のような目だった。

その瞳に睨まれたルーゼンは動けなくなってしまった。


『……美味しそうって、ボク捕食されるの?』


怖くなってエルヴァンの後ろに急いで隠れた。

怯えるルーゼンを見てラントは、うっとりと悦に浸る表情を浮かべ唇を舐めた。


「人間なのにすげー綺麗な顔!

俺ね、顔が綺麗な子好きなんだよね。

連れて帰りたい!飾りたい!ウイレードに言ったらお土産に包んでくれないかな?」


興奮気味みに早口で捲し立てるウサギの獣人にルーゼンは涙目になりエルヴァンの服を強く掴んだ。

カタカタと震えるルーゼンを背中で隠しながら、ラントを睨みつけた。


「その物騒な言い方やめろ。本気で食われると誤解されるぞ。」


「別にいいけど、それでも。」


ケロリと答えるラントを見て、エルヴァンが面倒くさそうにため息をついた。


「ルーゼン大丈夫だ。これは口の悪い変態ウサギだが、人間を食わない。

揶揄っているだけだ……。」


「……」


恐々とラントの方を見上げるルーゼン。

そんなルーゼンを興味津々にまた近くに寄ってくる。


「俺ラント!一応ゼドナの王子だよー!

他にもいっぱい兄弟いるから4番目の王子様。

お婿にするならお得だよ、よろしくね!」


サッと握手を求められ、立場的に挨拶しないわけにもいかず、その手を震えながらとる。


「あははは!超可愛い!!

怯えてるのー?俺が怖いのー??」


ラントはそう言うとエルヴァンの後ろに隠れたままのルーゼンを覗き込んだ。


「ルーゼンは俺の親友だ、もうやめろ。」


「あーはいはい。王子様」


ノリは我が弟にとても似てるが、こっちの方が凶暴でタチが悪い。

ルビーのようにキラキラした瞳が、全く笑っていないのだった。


ウサギってこんなだっけ……。

半泣きでエルヴァンの後ろで震えていると、エルヴァンが本題に入ってくれた。


「……そういえば、ラントもアンルース王女と付き合ってたって本当か?」


エルヴァンの言葉に、ラントは面倒くさそうに眉を寄せた。


「ふぅん、なんだ。エルヴァンもかよ。」


ラントは本当に嫌そうに顔を歪めた。

自分の爪をいじっては、フゥーっと息を吹きかける。

そんなラントの様子にエルヴァンも眉を寄せる。


「……ちょっと策略にハマってしまったんだよ、俺の場合は。」


そう言うエルヴァンにますます嫌そうな顔をした。


「は?お前と違う意味で兄弟とか嫌なんだけど?」


「……そう言う下品な言い方するのやめろ。」


エルヴァンがラントに詰め寄ると、ラントも挑発的に笑った。


「まぁいいや、そうだね。付き合ってたっていうか、完全割り切って遊びだよ。

アーノルドもそうじゃない?」


ラントの言葉にエルヴァンがわざとらしく驚く反応した。


「……ああ、アイツも関係があるって感じか?」


エルヴァンの反応にラントが怪訝そうな表情を浮かべる。


「分かってて聞いてたんじゃなかったんだ。

じゃあ余計なこと言っちゃったな。」


そういうとラントはアーノルドと呼ばれた人物に向かって手を振りながら呼びつける。


背が2メートル近い大きな体。

全身が筋肉質で鍛え上げられた体に、薄い水色の肌。

黒い髪を左に流し、右側は模様を掘るように刈り込まれている。

そして鋭い一重の瞳も真っ黒だった。


ラントに呼ばれ近づいてくるが、無言でラントを睨んでいた。


「アーノルド、アンルースと何処までいった?」


「……」


ラントの質問にも答えない。


鋭い視線はエルヴァン、ルーゼンにも注がれる。


「アーノルド、久々だな。」


エルヴァンがそう言いながら手を差し出す。

大きな水掻きのついた手がエルヴァンの手に重ねられた。


「ああ、暫くぶりだな。」


「元気だったか?会ったのは去年のお前の誕生祭辺りか?」


世間話を始める2人に焦ったように割って入る。


「ちょっと!俺を無視して会話するのやめてくれる!?」


横でぴょんぴょんと飛んでいるラントに、アーノルドがまた睨んだ。


「……まずは挨拶をしろ。」


アーノルドに諭され、渋々ラントも手を差し出した。


簡単に握手を交わし、アーノルドの視線がルーゼンに向いた。


「それで、これは誰だ。」


エルヴァンの後ろに隠れていたルーゼンを指さした。


「俺のペット!」


ニッコリと微笑みながらルーゼンと腕を組むラント。


「違う!!俺の親友だ。

ルーゼン、こっちはオリンピア第3王子のアーノルド。」


エルヴァンはそういうと、再びルーゼンをラントから取り上げた。

エルヴァンが壁になってくれたお陰で、ルーゼンはゆっくりとアーノルドの前に立った。


「初めてお目にかかります、アステート侯爵子息、ルーゼン・サイマンと申します……。」


迫力あるアーノルドに深々とお辞儀をした。


「ああ、アーノルド・シャークだ。」


ルーゼンに大きな手が差し出される。

それをおずおずと手を重ねた。


鋭い目に笑みが見えて、ルーゼンは少しホッとした。

ルーゼンより少し背の高い3王子。

ここはエルヴァンに任せようと、ルーゼンはエルヴァンの背中に隠れたまま、静かに様子を見ていることにした。


世間話から突然本題に入る。

口を開いたのはアーノルドだった。


「……それで何のようだ?」


アーノルドが給仕に飲み物を頼みながらラントを横目で睨む。

ラントがそれに対し意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「王女と寝た?」


あまりのダイレクトな言葉に思わず吹き出しそうになるアーノルド。

一瞬黙ったがすぐ平常心を取り戻した。


「……それがなんだ?」


ワインを口につけながら、ラントを睨む。

そんなアーノルドをラントは微笑みながら続けた。


「アーノルドだけじゃなくて、俺もエルヴァンも美味しいメインディッシュになった話は知ってる?」


アーノルドは再びワインを吹きそうになる。


「……なんだと?」


ラントを睨む目も焦りが見えてくる。


「だから、みんな兄弟ってこと!」


「その言い方やめろ……。」


爆弾投下にエルヴァンが制した。

するとラントは口をとんがらせながら腕を組む。


「エルヴァンが聞いてきたんじゃないか。俺は知りたい事を手伝ってあげてるだけでしょ。」


「はぁ……。」


歯切れの悪いエルヴァンを無視して、アーノルドに詰め寄るラント。


「それで、どうなの?」


「何が?」


「一体誰が父親なんだろ?」


今度はアーノルドだけではなく、エルヴァンも派手に吹いた。

目の前に立っていたラントはギリギリで飛び退いた。


「俺に吹くなよ!」


つま先に少しかかったワインを跳ね飛ばしながら叫ぶラント。

焦った2人はラントに大きな声で抗議した。


「お前が変なこと言ったんだろうが!」

当のラントはケロリとした顔で肩をすくめる。


「でも噂は聞いてんでしょ?気にならない?

俺たちみんな可能性があるらしいじゃん?

今日だってその呼び出しでしょ。

本人はなんでか知らないけど、姿を表さないからわかんないけど。」


ラントはそう言うと首を傾げる。

そしてニヤリと笑うとルーゼンを覗き込んだ。


「ていうか、ルーくんも父親仲間なの?」


突然親しげに名前を呼ばれ、ルーゼンは怯えながら大きく首を横に振った。

その様子に少し残念そうな顔をしたが、また意地悪そうに微笑んだ。


「なーんだ、仲間じゃなかったのね。

てか、予想しようよ。

誰だと思う?」


ラントの言葉にアーノルドがため息をつく。


「そんなの産まれてみたらわかることだ。

鱗があれば俺、耳が長ければお前。そして金髪か紫の目だったらエルヴァンお前の子だ。」


自分は対象外れているとはいえ、ギクリとするエルヴァンを他所に、ラントが大きく背伸びをした。


「産まれるまでわかんないのめんどくさーい。」


ラントはそういうと大きく欠伸をする。

そんな2人に神妙な面持ちのエルヴァンが続けた。


「取り敢えず、責任とか……考えているのか?」


この言葉にラントもアーノルドも眉を寄せた。


「はぁ?なんで俺らが取る必要あるの。

産まれた子が自分の子なら引き取るのは全然構わないけど、王女は知らないよ?

てかここにいる男ばかりの招待客、全部王女の彼氏でしょ?

おおかたこのお茶会も、腹の子が誰かわからないから、選別されるために集められたって事だろ。」


鋭いラントの予想にルーゼンがギクッとなる。

だがその反応はエルヴァンの背に隠れていた為、ラントには気が付かれてない様子だった。

エルヴァンはそんなルーゼンを庇いながら、顎に手を当てて考える。


「……だがもし、俺たちの誰かの子となった場合、生まれてくる子供以前に王女に手を出したという責任追求されるのではないか?

それにこれは王家同士の話にならないか……?」


エルヴァンの言葉にラントもアーノルドも冷静だった。

そして2人が顔を見合わせて口を開く。


「いや、俺ら割り切ってたでしょ。

王女には婚約者がいたはずだし、それにバレたら困るから内緒にしてって話だったでしょ?

子供ができたからって、アレを嫁に貰うは俺は無理だね。

まず性格も相性もあわない。」


ラントの言葉にアーノルドも頷いた。


「俺も人間の嫁は無理だ。

鱗があれば子は責任持ってウチが引き取る。」


決意が硬い2人。

ルーゼンの見解は彼らは呪いに関して『潔白』だろうなと考えていた。

堂々と割り切っていた様子だし、アンルースに関して未練もない。

子供の父親としての責任も見通しているところを見ると、魔術に関して程遠いだろう。


じっと考え込むルーゼンに再びラントが覗き込む。


「あ、ルーくんならお嫁に貰ってもいいよ?」


ラントの言葉に引き気味に眉を寄せた。


「ボクは男ですが……」


ワンチャンルーゼンの性別を知らないと言う可能性も……?

なんて考えていると、ラントが即答した。


「獣人の婚姻は性別関係ないよ。だからおいで、お嫁に。」


こう言う時の対処法を知らないので、ルーゼンが口を開けたまま固まった。

それをいい事にラントがルーゼンの腕を引っ張った。


「いい加減にしろ!ルーゼンは嫁にやらない!」


バランスを崩しそうになったルーゼンを抱きとめ、庇うように前にでたエルヴァン。

それを見て『チェッ』と舌打ちすると、また肩をすくめるのだった。


「エルヴァン、ルーくんのパパかよ。」


そう言うとラントはケラケラと笑った。


「……ん?てかルーくん王女と何も関係なかったんだよね?

だったらなんでここにいるの?」


ふと湧いた疑問にルーゼンが答える。


「……あぁ、ぼくは……。」


「……ルーゼンはアンルース王女の元婚約者だ。

関係はないが、関係者ではあるため呼ばれたらしい。」


ラントに怯えしどろもどろのルーゼンの代わりに、エルヴァンが答える。

そんなエルヴァンにラントが呆れたように鼻で笑った。


「てかエルヴァンルーくんに詳しすぎじゃね!?」


そう言うラントに今度はルーゼンが答えた。


「ボクらシングレストの学園で同級生だったんです。

それでボクの内情とかも知っていて、親身になってもらっています。」


「ふうん、それでなんだ。」


不機嫌そうなラント。

長い耳がピクピクと動いている。

じっとルーゼンを真顔で見つめていると思ったら、またルーゼンを抱きしめようと近寄ってきた。


「じゃあこれからは俺と仲良くしょう?」


「もういい加減にしろ。」


エルヴァンに怒られ、一旦は引くラント。


このままここにいても身の危険しかない。

ルーゼンはエルヴァンに合図して、耳打ちをした。

そしてそのまま軽食を取りにいくふりして、ラントとアーノルドと離れた。

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