第12話 呪いの姫の次なる受難。

「殿下……!!早急にお耳に入れたいことがあります……!」


執務室のノックのあと、急用だと飛び込んできたのはアンルース付きのメイドだった。


「容体が急変したのか!?」


アンルースの世話をさせているメイドに関して、『緊急の場合はすぐに連絡を』と言ってあるが為、余程のことかとウイレードに動揺が走った。


持ってる書類を手放し立ち上がると、メイドが言葉を詰まらせる。


「……容態ではないのか?」


ウイレードがそう言うと、メイドは激しく頷いた。


「ですが急用でございます。どうか、お聞きください!」


「……申してみろ。」


一瞬生唾を飲み込んだ。

緊張と動揺が露わになっている。


「王女様に……月のものが来ておりません……。」


「……なんだと?」


「先月から、月のものが来ておりません。」


メイドの言葉にウイレードはがっくりと頭を抱える。

そしてすぐに紙の束をめくりながら、


「……リストのねり直しじゃないか……!

大変なことになった……。」


と机を叩いた。



***




その頃サイマン侯爵家では妙な空気の食事会が繰り広げられていた。


「婚約破棄は決定事項なんだな?」


食器とカトラリーが動く音がする中、重い話をしていた。

中々食事中にする話ではない。


おかげで一昨日あたりからほとんど何も食べていないのだが、全く食欲がわかない。

それはエルヴァンも一緒のようで、話している人物を目で追っているだけで、フォークもスプーンも綺麗なまま置かれていた。


父の質問にため息混じりに答える。


「はい、書類もこちらに。これにサインして出せば3年前に婚約破棄したことになるらしいです。」


差し出された書類をフォークで受け取ると、眉を寄せ書類を睨みつけた。

激しく動く眼球が、文章を端から端まで熟読しているのがわかる。


「ふーむ。それがあれば王女の騒ぎとうちが一切関係ないと証明になると言うことか。

王も考えたな。だが、まだまだだ。

こんなことでは許さんぞ。」


ぽいっと書類がフォークを離れ、床に落ちていく。

紙に用事がなくなったフォークは、本来の仕事に戻って父の口に肉を運んだ。


ナプキンで口を拭きながら今度母が話し出した。


「そうよ、うちの息子を2人も手籠にしようなんて、なんて浅ましい女なんでしょう。

だから最初から嫌だったのよ、あんなアバズレと婚約なんて。

あなたが王家に恩を売っとけばいずれ役に立つとか言って、安易に受けたから!」


母はアンルースをアバズレと呼んでいたのか。

……初めて知った。


「もしやルースの本性を知らなかったのはボクだけだったか……」


ルーゼンの言葉を肯定するように、母とリノが『フンッ』鼻を鳴らした。


……いや、真面目に落ち込む。

僕は何を見て生きてきたのだろうか。

14歳のリノが既に見破れていたのに……。


これから何を信じて生きていけバ、イイノデショウカ……。

女性って、恐ろしいんだな……。

激しく落ち込んでいくルーゼンの事は無視され、家族の会話は続く。


「いやあの時は立場上断れなかったのもあるから、強がってただけで……」


父の弁解に母はまた鼻を鳴らした。


「ルーゼンも馬鹿みたいになんでもいいよって言うからですよ!」


「……いやなんでもいいよとは言ってない……」


落ち込みながらでも、反論はする。

するとリノがガタンと席を立つ。


「母さん、兄さんをいじめないで!僕が許さないよ!」


リノの言葉と態度に、母は眉を顰めて舌打ちをする。


「リノは黙ってさない!大体あなたも何ですか。

兄さんにチクるよじゃないでしょう!!

その垂れ下がった汚いものを見せんじゃねえ反吐が出る!ぐらい言えば良かったのです!

ルーゼンと似た顔のお前が罵詈雑言浴びせることによって、自尊心をぐちゃぐちゃに壊して差し上げれたでしょう。

そうしていれば半年前にあの女は呪いをかけられる事もなく、廃人と化したでしょうに。」


この人はめちゃくちゃ澄んだ顔で何を言っているのか。

我が母親ながら恐ろしくなる。

そしてそれと同じ顔で笑っている弟に、結論が見えてきた。


「ああ、リノは母さんに似たんだね。」


ルーゼンが出した結論である。


「はぁ!?僕は兄さんに似たんだよ!!」


「そうですよルーゼン。リノが私に似ているとか失礼すぎますよ!」


その結果、そっくりな2人から否定され、異議を唱えられたのだった。



「ルーゼンの家はとても愉快な家なんですねー」


どこを見てるかわからない笑顔で、棒読みのエルヴァンの声。

そしてその向かいに座っているティティが困った様に微笑んだ。


「本来はもっと穏やかに裏庭で飼っている子牛の話とか、してるんですけどねー……」


可哀想なのはこの2人である。

少し元気を取り戻しつつあるティティとエルヴァンが2人で会話をしていた。

そりゃこんな会話入れないよね、と。

ルーゼンはなんだか連れてきて申し訳ない気持ちになるのだった。


そしてため息交じりにエルヴァンに言った。


「……とりあえずエルヴァンも、食欲なくても何か無理やりでも食べておいて。

じゃないときっと体がもたないから。」


ルーゼンの言葉にエルヴァンも口をへの字に曲げながら言った。


「わかった。ルーゼンも食えよ。」


そう言うとスプーンを手に持ち、目の前にあるスープをかきこみ出した。


「ボクもなんとかこの肉を今後何かと戦うためのエネルギーと思って、スープで流し込むことにする。」


心配そうにルーゼンを見つめるティティに微笑んでみせて、義務的に口に放り込む。

消化がいい様にできるだけ小さく切っては口に入れる。


食欲なんて一切ない。

だけど食べなきゃ。

考えなきゃいけないことは、まだたくさんあるのだから。

***





サイマンの方針は決まった。


婚約破棄は明日すぐにでもしてもらうことに。

そして婚約破棄による違約金の話。

別にお金が欲しいわけじゃなく、どちらが悪いかの結果を残すための違約金だ。


王族と結んでいた婚約を破棄すると言うのは、弱い方が叩かれる。

貴族間の中でどちらが悪いかをはっきりとさせるべきでも必要なことらしい。


元々ルーゼンとの婚約が決まる前にルースと婚約していた公爵が、未だチクチクちょっかいかけてくるのある。

ルーズの裏の顔を知らない上に、公爵の息子は未だルースを崇拝しているのだ。

もし、婚約破棄がうちの有責だと噂が広がったら、『ほら見た事か』と揚々と何か言ってくるだろう。

それがまたすごく面倒で厄介なのだ。


この違約金に関しては、事前に王からの申し出(婚約破棄の紙に書いてあったので)で、既に決まっていた。

その金額も父や母が納得できる金額だったのだろう。

その件に関しては父や母から苦情が出なかった。


多分、リノやティティの件を上乗せしても、お釣りが来るほど高額だと予想。


その違約金の一部をティティに贈与する形になった。

そして『お見舞い』という名目で、サイマンの領地が一つ分けられることとなった。


それに関してティティは恐れ多いと断った様なのだが、彼の心の傷はとても根深く、原因から離れ療養するべきだと医師が判断したため、渋々受け取った。

その領地は彼の療養にはぴったりの場所だった。

領に住む領民は少ないが、大きな湖があり、釣りや避暑地としてもぴったりの場所だ。


来週体調を見て、ティティはその領地へ移動することとなった。

ルーゼンも小さい頃に訪れたことがある、空気の綺麗な場所だった。


いずれ執事になりたい夢は頑張りたいということだし、良くなったらルーゼンの従者に復帰したいと望んでいた様なので、『ティティが元気になったら戻っておいで』と約束した。


リノが『僕も被害者だから、違約金が欲しい』と散々駄々こねた様だけど、母に睨まれて黙った。


***


「……はぁ、疲れた。」


久しぶりの自室。

湯も浴びて後は寝るだけの時間。

ベランダの扉を開けて、テラスで夜空を見ていた。

片手に持っているカップには、少しだけラムを効かせたホットミルクが入っていた。


エルヴァンは食事の後、客室に案内するとすぐに寝てしまった。

そりゃもう何日もルーゼンに付き合ってあんまり寝てなかったのだ。

うちの家族のスケールが違う会話を聞き、緊張の糸が切れたのだろう。

よかったのか悪かったのか、だが……。


エルヴァンのおかげで、今自分は自分を保ている。

彼がここまで寄り添いついてきてくれたことに、ルーゼンはとても感謝していた。


卒業してから今日までのことを思い返す。

色々ありすぎて、もはや何が起こったか思い出せない。


むしろ長い物語を見ていた様な気分だ。

起承転結もない、盛り上がりだけ続いていく、最悪の物語を。


自宅に戻り家族と会話したことで、自分も糸が解けたようだ。

空に向かって大きく息を吐いた。

そして静かにベランダの扉を閉めると、持っていたカップをテーブルの上におき、ベッドに入る。

ルーゼンの意識も早々に途絶えた。



次の日起きるとすぐに、メイドが王家からの手紙を持ってきた。

手紙と一緒にまた、決して薄くない紙の束が入った分厚い封筒を見て喉が鳴る。

何か進展があったのだろうと、意を決して手紙の封を切った。


文字を読み進めるうちに、衝撃的な文字を見つけ、思わずそれを読み上げてしまう。


「……ルースが妊娠している……?」


その言葉は偶然ルーゼンを呼びに扉を開けたエルヴァンの耳に入ったようで、みるみる顔色が死んでいった。

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