第11話 厳格なる家族の愛。
「……リノ、どういうこと?」
ルーゼンが絞り出すような声でリノに問いかける。
リノはケロリとして顎に人差し指を乗せ、『んー?』と考え込んでいる。
アンルースはティティだけじゃなく、弟まで手を出したのか?
リノはまだ14歳……。
いや、49人のリストにはリノの名前はなかったはず。
あったら一番に自分が気がつくはず……!
抱きしめたままのティティもまさか自分だけではなかった事に小さく動揺していた。
エルヴァンに関してはもう眼球がこぼれ落ちそうなぐらい驚いて目を見開いてる。
動揺する自分を落ち着かせるように、ルーゼンはゆっくりと言葉を振り絞る。
「リノ……怒らないから、話してごらん?」
ルーゼンの笑顔に少し怯えたような表情を浮かべたリノだったが、おずおずと話し始めた。
「王女様ってよくうちに来てたんだよね。
表向きは婚約者の母との交流だろうけど、母さん王女のこと嫌ってたしねぇ。
何かと理由をつけて王女を無視してたんだよね。
……でもそれって王女には都合よかったんだろうけど。
実際はティティに会いに来ていたんだよね?
それで王女は兄さんの婚約者なのになんでティティに会いに来てるんだろって気になって、2人きりになった時に聞いてみたの。」
リノの言葉にルーゼンはぎゅっと拳を握りしめた。
抱きしめられている腕に力が入ったことが伝わったのか、ティティがビクッとしてルーゼンを見上げた。
「……ルースと2人きりになったのか?」
低く唸る様な声が絞り出された。
いつもと違うルーゼンの声に、さすがの能天気のリノもびくりと体を震わせた。
「う、うん。
そん時はたまたま母さんが王女と会っていて、何かで席を外したタイミングだったんだけど……。
ティティの事は『誰にも内緒で兄さんに荷物を送って欲しいものがあるから会ってる』って言われて、それも変だなーって思って。
それでなんか別のこと考えている間に、『これからは姉弟無関係になるのだから、もっと仲良くしましょう』って話になったんだよね。
……なんでそういう話になったのかわかんないけど。」
悪びれもなく話すのは、リノがそれだけ『子供』だからだろう。
思い切ってリノの言葉を深掘りしてみることにする。
「……それはいつ頃なんだい?」
「半年ぐらい前かな?確か。」
半年前。
資料を思い出す限り、ティティがアンルースと最後に『交友』していた時と被る。
その頃にはティティは心身ともに狂っていて、アンルースもティティが完全に壊れてしまったと思い込んだのか、それ以降ティティの元を訪れてはいないはず。
しかも半年前だということは、リノはまだ13歳だ。
13歳といえば、まだ閨の教育も受けない年齢。
『そんな子供にまでルースは……。』
ティティの時と同様、ルーゼンは怒りで震えていた。
ルーゼンの感情がもろにティティに伝わる。
ティティもさっきよりは落ち着いたのか、ルーゼンを宥めるように視線を自分に向けさせる。
だが強い力で瞳はリノだけを捉えていた。
ティティもエルヴァンも、こんなルーゼンを見るのは初めてだった。
エルヴァンにしてはこの国に来て、初めて見るルーゼンが沢山あって正直めちゃくちゃ動揺している。
ルーゼンは誰が見ても友好的な人間だった。
人当たりもよく、誰にでも親切で優しい。
それでいて打算的な部分がひとつもなく、まるで善意だけを与えられて生きてきた人間のようだったのだ。
それが今は怒りで我を忘れそうになっている状態。
昨日は昨日で綺麗な泣き顔を見てしまい、胸がひどく痛んだし。
本当のこと言うと、ルーゼンも人間だったんだなあと感じている。
今の怒りはきっと自分を責めているのだろうか。
そして『家族たち』までに及んだ身勝手な嫉妬に、やりきれない憎悪を募らせているのだろうか……。
怒りに震えながら、リノに対して微笑むのもまた恐ろしい。
そんな親友の様子に、エルヴァンの背筋に冷たいものが流れた。
「それで、リノ?
『襲われた』とは、どう言うことかな。」
ルーゼンの言葉が確信に迫る。
エルヴァンもティティも無言でリノを見つめた。
「僕の部屋に突然きて、王女が暑いって服を脱ぎ出したの。」
リノの衝撃的な告白に、ルーゼンの怒りは抑え切れなくなっていた。
だがここで怒りを爆発させても、怒りの原因はいない。
グッと堪えるように、さらに拳に力が入った。
「……それで?」
ルーゼンの拳にすごい力が加わる。
ティティの耳に、ギリッと皮が擦れる音がした。
慌ててルーゼンの拳を両手で包み込んだ。
手のひらに食い込む爪に、赤いものが滲んでいた。
そんなルーゼンに気がつかないのか、リノは続ける。
「僕さ、王女にこう言ったの。」
リノの声が少し低くなった気がする。
「……ん?」
変化のあった声色に、一瞬ルーゼンの拳が緩んだ。
「……王女様、いい加減にしないと兄さんに全部チクりますよ!って。」
一瞬シーンとなった。
そしてリノ以外の声が重なる。
「「「……は!?」」」
リノはニヤリと口角をあげ、楽しそうに笑った。
「なんなら今ここで僕が大きな悲鳴をあげてもいい。
そしたらすぐそこに控えているメイドがきっと父さんや母さんを呼んできてくれるでしょうって。」
「……」
絶句してポカンとしているルーゼンたちを他所に、リノはニコニコしながら言った。
「どう考えても僕まだ子供だし、お胸を曝け出している王女様が不利なの一目瞭然だよね?
だから『キャア!』って僕が一言でも叫んだら、数秒のうちにこの状況を少なくとも1人や2人は目撃するはず。
ほら、メイドの口には戸を建てられないってよく母さんが言ってるじゃない?」
「リノ、お前……」
ルーゼンが何か言いたげに口を開くが、うまく言葉が出なかった。
それをテヘッ☆とあざとく笑うリノを見て、末恐ろしいと思った。
「悔しそうに慌てて服を着る王女様にもう一言だけ付け加えたよ。」
「……なんて?」
「『二度とティティにも近づくなよ。次ティティや僕になんかしようとしたら、アンタに襲われたって訴えますよ』って自分のシャツを破きながら☆」
「……全然一言じゃなかった。」
今度はエルヴァンが言葉をこぼした。
顔が引き攣っていて、リノを見る目も若干怯えている。
そんな目線にリノはプクッっと頬を膨らませる。
「だって僕にまであんなことしようってするぐらいなんだから、絶対他でもやってるはずだよ!
誰かが声をあげてきっかけ作れば、被害者なんてすぐに集まるでしょ?
それに僕次男だし、まだ可愛い子供だし。
箔が落ちたって、大人になるまでに消えちゃうと思うんだよね。
ほら、王女の不祥事なんか王家としても消したいじゃない?
だから僕にはなんの影響もないと思って。
それに何かあった時のためにあのと気破いたシャツは保管してあるよ。
『2人きりでいた状況』は何人ものメイドが目撃済みだし、ボクの部屋から出てきた王女の後から、破かれたシャツの僕が出てきたって『事実』も、いざと言う時に戸が開かれる手筈☆」
ニッコニコのリノにルーゼンは声を荒げた。
「リノにもあるだろ、影響が!
それに例えリノに影響がなくても、サイマンには影響が出るだろう!?」
ルーゼンの声にリノはびくりとして体を震わせて目に涙を溜め出した。
「……ごめんなさい、兄さん怒らないで……
僕、大好きな兄さんに叱られたら……」
ふえふえと今にも泣きそうなリノが、背後で支えていたエルヴァンを突き飛ばし、ルーゼンに向かって飛び込んだ。
ティティも抱えていたルーゼンが勢い余ってバランスを崩す。
危うく後ろに倒れるとこだった。
寸前のところで手を付いて体制を維持した。
そして再びリノに問いかけようと口を開いた時。
ドアの側に立っていたエルヴァンの後ろで声がする。
「そんなことでサイマンは傷なんか付かないよ。」
突然聞こえた声に、今度はエルヴァンが飛び上がった。
「あれ?父さん聞いてたの?」
リノは無邪気に今度は父に飛びついて行った。
さっきの涙が何処へ行ったのかわからないぐらいの笑顔で。
「……ティティ、すまなかった。
私からも詫びさせてくれ。
ファイナックから預かった大事な息子を、うちの問題に巻き込んでしまっていたのだな……。
私はもう、ファイナックに顔向けできん……。」
そういうと父は目頭を押さえる。
ティティは慌てて父の前に座り込んだ。
「旦那様、申し訳ありません……!勇気が無かった私自身の責任です。
どうか、どうか頭をあげてください……!」
懇願するように父の膝に縋りつくティティを、父は優しく起こした。
「全てはあの悪姫アンルースが根源。
これはただの謝罪だけでは許されぬぞ。」
顎に手を当て考え込む父の顔が険しくなる。
「……ええ、これは由々しき問題だわ。」
廊下の暗がりに目だけを光らせる母。
「……母さんもいたんだ……。」
なんかひどく疲れて、絞り出す様な声でルーゼンが言った。
ゆっくりと部屋へと入り、ニッコリと微笑む母。
「ルーゼンたちがあまりにも遅いから迎えにきたのよ。
そしたら雲行きが怪しい会話が聞こえるじゃない。
というか雲行きどころか大嵐じゃないの!」
怒り狂う母にリノがいう。
「ねー僕お腹すいちゃった。こんなとこで立ち話もなんだし、みんな早く行こう?
もちろんティティもね!」
リノはそう言うと憤慨するメデューサのように毛を逆立てている母の腕を取り、屋敷の方へと引っ張っていった。
「……立ち話っていう問題じゃないのでは……。」
静かに突っ込むエルヴァンに思わず笑いが込み上げた。
「ティティもさあ行こう。こんなに痩せて……これからはちゃんとしっかり栄養を取るんだよ。いいね?」
父がティティの腕を支えながら歩き出した。
ティティはそんな父に泣きながらお礼を言っていた。
残されたルーゼンとエルヴァンは顔を見合わせる。
「……なぁ、なんかもう色々ついていけねえ、俺」
エルヴァンの言葉にルーゼンが肩をすくめた。
「いやボクだってだよ。
今まで生きてきた18年間がまるで夢だったかのように感じてきたし……。」
昨日と今日だけで、自分の感情が溢れ出て、もうショート寸前だ。
そして今までの記憶がこの数日で全て嘘のような感覚に陥っている。
「まぁそりゃそうだよなぁ……
俺ももう今は考えるの辞めるわ。」
「……そうだね。
怒るとか泣くとかって、すごく疲れるんだね……。」
そう呟くルーゼンに同意するように、背中をそっと叩いた。
2人が大きなため息をついていた頃、もういないと思っていた父が扉から顔を出す。
「そうそう、生きるって疲れるんだよ。
さぁ食事をしながら今後のことを話し合うから、君たちも早くきなさい。
母さんのご機嫌がこれ以上悪くなる前に……。」
父はそういうとにっこりと微笑んだ。
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