第13話 この子誰の子。
無言のまま見つめ合う。
お互い寝起きでガウンを羽織っている状態。
なんなら2人とも寝癖でひどい格好だ。
ルーゼンなんて、ズボンの裾が片方だけ上がっている。
こんな姿寮ではいつも見ていた光景だが、つぶやいた言葉のせいで妙な緊張感が流れていた。
「……ルーゼン、その手紙読ませてくれないか。」
吐き気がするのだろうか、胸元をおさえ浅い息で肩を震わせる。
「いいよ。でも、ここに座って読んで。」
自室のソファーにエルヴァンを促し、深く座らせる。
手紙を渡す前に、コップに水をついだ。
コップを受け取るとそれを一気に飲み干し、気合の入った顔でルーゼンに手のひらを差し出した。
ルーゼンは空になったコップと交換に手紙を渡す。
エルヴァンが静かに手紙を読む間、父がやってきた。
メイドが王家からの手紙が届いている事を知らせたのだろう。
父は扉の前で腕を組みエルヴァンの様子を見つめていた。
手紙を読み終えると、エルヴァンの顔色はさらにひどくなった。
ソファーの背もたれに頭を預け、じっと上の方を見つめていた。
「……エルヴァンがルースと関係を切ったのは2ヶ月前だよね?」
「……そうだ。」
「手紙には多分8週ぐらいだと書いていたね。」
「……8週ってなんだ?何ヶ月ってことだ?」
「僕も詳しくないからわからないけど、普通に計算したら2ヶ月ぐらい?」
「……ピッタリ合うじゃないか。」
エルヴァンが深いため息を吐く。
そして頭を抱え、黙り込んでしまった。
「俺の子なのか……?いやでも、そんな筈は……。」
エルヴァンの自問自答を聞きながら、ルーゼンは彼の隣に腰掛けた。
虚な顔で宙を見ながら呆然としている姿に、なんと声かけていいかわからないでいた。
そんな時母が部屋へと入ってくる。
「周期は最後の月のものから数えるから、妊娠3ヶ月ね。」
そう言うと置かれた紙の束をじっと考え込むように見つめる。
「……3ヶ月……。なぜ王女は気がつかなかったんだ……?3ヶ月もソレが来なければ管理しているメイドなりが呪われる前に気がついていたはずだろう……?」
エルヴァンの疑問が口から溢れ出す。
「もし、自分の子供ならば……」
最も恐ろしい言葉がエルヴァンから溢れ、それがまた自分を苦しめた。
嗚咽が上がり、慌ててトイレへと駆け込んでいった。
「……ルーゼンは動揺してないわね。」
母の言葉に思わず苦笑う。
「もうなんか驚きすぎて、現実と思えなくなってきた感じなんだよね……。」
まるでもう自分の事ではない様な、自分と関係ない様な気がしてならないのだ。
そもそも婚約破棄をしてしまえば、自分はもうこの件には一切他人なんだと気が付いてしまったのだ。
ルーゼンの言葉に母は鼻を鳴らした。
「まぁその通りだわね。
今度は殿下の事あなたが支えてあげなさい。
結果がどうであれ、殿下がアバズレに責任なんて取る必要はないわ。」
「エルヴァンは真面目だから、そういうわけには行かないかもだけどね……」
『どうしたものか』と頭をかくルーゼンに、母は微笑んだ。
そしてエルヴァンが落とした手紙を拾い、父と交互に読んでいた。
徐に母が立ち上がり、手のひらを差し出した。
「そこの書類、貸して」
言われた通りにルーゼンは紙の束が入った封筒を渡す。
ルーゼンの自室のソファーに両親が向かい合って座り、テーブルに紙を広げ始めた。
何やら話し合いながら、紙の束に目を通す。
そのやりとりが気になり、ルーゼンもなんとなく父の横に座った。
母が指示してする中、父が指示通りに名前と日付を照らし合わせて印をつけていく。
それをルーゼンも参加し、手分けして進める。
胃液しかない状態で吐きまくったエルヴァンが戻ってくる頃には、その作業も終わっていた。
****
「……なるほど。」
ルーゼンの声にエルヴァンがびくりと体を震わせた。
「……なぁ、ルーゼン。親父に連絡しなきゃだよな……?俺、結果的に親友の婚約者を寝取って妊娠させたって事だよな?もう、なんか、俺多分ショックで生きていけないかもしれない……」
がっくりと項垂れるエルヴァンを見て、ルーゼンが思わず吹き出してしまった。
「え……?」
笑うルーゼンの膝を『コラッ』っと軽く叩く母。
釣られて父も少し笑っていたので、母に頬を叩かれていた。
呆気に取られて立ち尽くすエルヴァンに、母が微笑んだ。
「殿下はパパじゃないから大丈夫よ。」
「……えっ!?」
母の言葉に一瞬歓喜の表情を浮かべるが、それとは裏腹にエルヴァンはまたトイレに駆け込んでいった。
しばらくしてよろよろ戻って来たエルヴァンを座らせ、詳細を話す。
「どういう事なんでしょうか?
なぜ、それがわかるんですか……?」
落ち着付きのないエルヴァンが体を小さくしてソファーに座っていた。
そんなエルヴァンを横目に、母は順にさっき印をつけた紙を並べる。
「女性の月のものの仕組みなんて知らないだろうから、その辺は簡単に説明するわね。」
エルヴァンは『はい』と小さく呟いた。
その返事にいらなくなった紙を裏返しにして、母は一本の線とそれに点を付けていく。
「人によってズレはあるんだけど、一般的に月のものが来るとそこから2週ぐらいで卵の放出が起こるの。
そこで営みが行われて、タイミングが合えば赤ちゃんが出来るのだけど……。」
そこで母が紙の束から一枚の紙をエルヴァンに見せた。
「殿下と王女の『交友』は、この日が最後なんですよね?」
母が指差す日付に、エルヴァンが身を乗り出し見つめる。
そして母を見て強く頷いた。
その反応に母が悪い顔で微笑む。
その笑みにエルヴァンが軽く身を震わせた。
「妊娠したら交わった日ではなく、その月の、月のものから数えるんですよ。
しかもそこをゼロとして数えるから、実質3ヶ月と言われても3ヶ月前に遡るわけではありません。」
「……ん?どういうことだ?」
既にエルヴァンもルーゼンも頭の中でクエスチョンが踊っている。
女性の体や妊娠周期の説明されたところで、全く理解できないでいた。
「だから、殿下がアバズレと会ったのは、多分、月のものが来る少し前ということになります。」
「……と、言うことは?」
「ほぼパパじゃない!」
「ほぼ!?」
「いやほぼ間違いないわよ、私の計算は。だけどこの手紙に詳しいアバズレの最後の月のものの日付書いてないからわからないけど。
今の週数を遡ってだした結論だから、間違いは無いわよ。」
トントンと紙の印に人差し指を動かす。
そのまま呆気に取られていると、母がにんまりと微笑む。
「はい、それでこれね。」
さっき父と2人で印をつけた書類の一部を手渡された。
「アバズレのお腹の子のパパリスト予想の人たちね。」
「は!?」
思わずルーゼンは言葉を失った。
さっき父と自分がつけた印は、そういう事だったのかと理解した。
「まぁ私は出産経験者だし、同じ女として小さい頃から見てきた王女の好みとか、行動とか見ての予想だけど。
リストの男たちと会った日付と逆算した周期とで候補はざっとパパ候補は49人中18人ね。
まぁこの辺りの18人は他より頻繁に会っていたようだから、アバズレの本命もこの中にいるんじゃないかしら。」
しばらく無言が続く。
得意げな母に『すごいなー母さん』とのほほんと拍手する父。
その様子を引き攣った顔で見ていたエルヴァンが、
「俺、ルーゼンの家族に頭が上がらないわ……」
そう言いながらズルズルとソファーから崩れ落ちた。
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