第18話 ジグの身元。

とりあえず教会へと連れて行き、試しにオーブに手をかざさせるも、本人が嘘をついてないことだけが証明された。


教会の神官にも、身分証が再発行できないほど魔力が枯渇しているのによく生きているね』と言われたぐらいだ。


ジグは素直にこちらの指示に従ってくれた。

多分『今の彼の現状に関しては』嘘がないのだろう。


神官の検査が一通り終わり、リノとエルヴァンがジグの側について検査してくれた神官と話していた。

ルーゼンはオーブや検査の道具を片付けている、別のベテランそうな神官を手伝うふりしてコッソリと近づいていった。


「あの……魔力が枯渇すると、生命の危機になってしまいますよね?」


と、小声で聞くと、神官『うーん』と考えこんだ。


「魔力がなくなれば人は死んでしまいます。ですが、彼の場合生きるのに必要な魔力は存在していると思います。

なぜならばあんなに元気だからです。」


「……まぁ一応彼はさっきまで腹を空かせて死にそうになっていましたけどね……」


ルーゼンの言葉に神官は首を振った。


「いえ、そういう事ではないのです。

例えばお腹が空いても人体に影響があるだけで、魔力は関係ありません。

お腹が空こうが睡眠が取れてなかろうが、その影響で魔力が減ることはありません。

要は体力的なことで減ることがないのです。

魔力が減るのは魔法を使用したら減ります。

あと、精神面を保つ時にも魔力は消費されます。

彼の場合診察の結果から見て、表立って魔力を大量に使った形跡はありませんでした。

ということは、何か精神面で大量に魔力が消失したのか、消費してしまったかだと思われます。」


「……ということは、精神的な何かを解決しないと、魔力は元に戻りませんか?」


「そういうことになりますね……。

ですがはっきりした事はわかりません。

その辺は本人から聞かなければ、問題は解決できそうにないのでね。」


神官は『また魔力が戻ってきたらお越しください……』と頭を下げて去っていった。

教会の広間に移動するルーゼンとエルヴァン、そしてはしゃぐリノとジグ。


帰りの馬車を待つ間、ルーゼンは一羽の鳩を空へと放った。


「精神的に切れた魔力なんてどうやって回復すればいいのやら……。」


先程の神官の言葉が頭に回る。

その言葉にエルヴァンもため息をついた。


「どっかの坊っちゃまそうだし、詐欺にあって死にかけてショックだったんじゃないか?」


「……そうかもしれないけど。」


エルヴァンの言葉にルーゼンもため息をついた。

魔力がないと身元が保証できない。

保証ができないと自国に帰ることも、この国から出ることすら叶わなくなる。

いわゆる彼は『難民』なのだ。


一応ウイレードにジグの容姿や出会った状態などを伝書鳩で報告するが、先ほど返ってきた返事では、行方不明のジェイグレンではなさそうな感じだった。


「タイミング的に、まさかと思ったんだけどね」


「だなぁ、俺も思った。」


戯れるリノの扱いに困っている様子の『ジグ』という少年を眺めながら話す。


リノはジグを大層気に入ってしまったようだ。


とても楽しそうに広場にある祈りの像を紹介するのに、あちらこちらに引っ張り回している。

ジグはジグでなんだか戸惑っているが、満更でもなさそうだった。


そんな様子を見つめながら、2人は少し離れた木陰に腰掛けている。

時折振り向く2人に、ルーゼンは笑顔で手を振っていた。


「……殿下の手紙の返事に書いてあったけど、『ジェイグレン』はとても容姿がスーニィ王女に似ているそうだ。

薄水色のウエーブヘアに、ブルーの目。

青白い肌は一緒だが、そばかすなんてないそうだ。」


笑顔で手を振りながら、話している内容に声のトーンが低くなる。

そんなルーゼンを見つめながら、エルヴァンは膝に肘をつき、頬杖をついた。


「だが、そばかすぐらいペンで書けるだろ。」


「そうだけどさ、ほら見て。

さっきからリノがウザ絡みしているのに慣れていないんだろうね。

だいぶ困ってるようで、大量の汗をかいているがそばかすは落ちてない。」


「……ほんとだ。それに改めて見たら瞳の色も違うな。」


「うん、ティティと同じ深い茶色だ……。トゥエンティは魔法大国だから、属性が髪の毛に反映されるそうだ。

王族はどんな属性の王妃が来ても、必ず氷属性の、薄水色の髪の子が生まれるらしいよ。」


頬杖ついていた手をおろし、エルヴァンはじっとルーゼンを見つめた。


「じゃあジェイではないと判断する?」


ルーゼンの視線もエルヴァンへと向く。


「……判断するのはまだ早いけど、ボクが彼にトゥエンティの名前を出した時に全く動揺してなかったんだよね。『ジェイグレン』本人だったらきっと、何かしら動揺が見れるんないかと思ったんだけど。」


「……動揺は、してなかったなぁ」


エルヴァンは困ったように頭をかいた。


「うんしてなかった。でも武術の修行中だと言ってたが、その割に腕に触れた時、筋肉がリノよりついてなかった。」


「そこら辺は怪しいということか?」


「武術の修行は嘘だと思う。

あの筋肉、体型、そして肌の白さはあまり外へは出ない生活を送っているんじゃないかと思う。」


「……と言うことは、魔法使いか。」


「魔法の話題には詳しかったしね。ほら、トゥエンティより周りの諸国のが魔法使い多いってやつ。」


「あー、確かに……オリンピアが魔法使っていることは俺も知らなかった情報だ。」


「今の所グレイな感じだけど、何か怪しい組織のメンバーで潜入捜査しているから身分がないふりしている訳でもなさそう。

でも1%の疑いにかけて、ジェイグレンだとしたら保護しておいたほうがいい気がするね。」


腕組みをして、時折弟に微笑むルーゼンの横顔をじっと眺めていた。

冷静に分析している彼にエルヴァンはとても感心していた。


「家に入れて大丈夫なのか?」


エルヴァンの問いにルーゼンは視線をむけ微笑む。


「うちは多分問題ないよ。あの細腕で襲ってきても、うちの家族やメイドの方が強いかも。

魔力がないんじゃ魔法も使えないだろうし。」


そういうとルーゼンは満面の笑みを浮かべる。

逆にその微笑みがエルヴァンは怖いと思ってしまう。


ルーゼンの家族は一体何者なのか。


知りたいけど、知ってしまうと取り返しがつかない気がしたので、そのまま黙った。


屋敷に帰っても、リノはジグにベッタリだった。

まるで捨て犬を拾ったように、甲斐甲斐しく世話をしていた。

ジグは最初こそ戸惑っているようにも見えたが、世話をされ慣れているのだろう。

リノのお節介をすぐに受け入れていた。


夕食後、自室に戻って書類を見つめていると、ジグが部屋を訪ねてきた。

少し身構えたが、ジグを部屋に招き入れる事にした。


着ていたローブは薄汚れていたため、うちについてすぐに身ぐるみ剥がされると、リノと一緒に風呂に連れて行かれていた。

メガネも直ぐに新しいものへと作り替えてもらい、こうやってリノの服を着ていると益々幼く感じる。


しばらくの沈黙の後、

『お茶でも飲む?』と聞いてみた。


「いや、いらない。」


返事はそっけないものだった。

なのでルーゼンも微笑むだけにした。


何も置いていないテーブルに招き、ジグをソファーに促した。

ルーゼンもジグの前に座る。


「てかどうしたの?何か不便でもあった?」


ルーゼンの言葉に、少しモジモジとしながらジグも口を開いた。


「いや、とても良くしてもらっている。

というか、拾ってくれたことにとても感謝している。

その……お礼を言いに、きた。」


恥ずかしそうに下を向いているが、耳が赤くなっていることに気がついた。


『……案外素直でいい子なのかもしれない。』


ルーゼンはジグの様子に安心したようにニッコリと微笑んだ。


「……気にしなくていいよ。

君が元気になってくれたらそれで。

てかリノがごめんね?

うっとおしくない?」


微笑むルーゼンに、ジグも少し緊張が解けたように微笑み返す。


「距離感がわからないが、大丈夫だ。

あと、突然不躾だが、相談があって……」


「何かな?」


『相談』と言う言葉に眉を上げたが、微笑みを崩さなかった。

ジグはそれに気が付かない様子で、モジモジしていた。


「この国には人に会いにきたのだが、どうもそれが叶うことができないようで……

とりあえず身分が証明されたら一度国に帰りたいと思っている。

……協力してくれないだろうか。」


ジグの『相談』はルーゼンが当たり前に考えていることだった。

それをわざわざ『相談』として持ちかけてくるところを見ると、彼は彼なりに気を遣っているのかもしれない。

こっちが何も言わずしてあげようとする事を自分が『お願い』として言い出した事なら、ジグの家から表立って『感謝』される立場になる事もわかっていると言うことだ。


そう言う考えを出来ると言うことは、だいぶ彼の身分が高いと言うことだ。


「……それは構わないよ。

てかいいの?会いたい人に会わなくて。」


ルーゼンの問いに、ジグは頬を引き攣らせる。

そして言いにくそうに少し声が小さくなった。


「さっきも言った通り、会いにきたのだが……会ってはもらえなかった。」


額に手を当て、前髪を気にする仕草。

先ほど邪魔だからとリノがジグの前髪をピンで止めてしまったので、大きな眼鏡に隠されながらも表情が読み取れる。

恥じているような、後悔している様子が目に見えてわかった。


「……恋人か何かだったの?」


彼の態度から、ルーゼンはそう思った。

ルーゼンの質問に、ジグは益々悲痛な表情を浮かべた。


「……いや、わからない。自分が浮かれ上がっていただけで、最初から違ったのかも。」


「そっか辛かったね……。」


「それはもう、仕方ない事だから……すっぱり諦めるよう努力しよと思う。」


そう言うとジグはルーゼンを見つめた。

先程までの後悔はなく、強い意志が瞳に見えた。


ジグは真っ直ぐ見つめたまま、続けた。


「それで、その。

……俺に協力してくれる恩を返したい。

俺に何かできることはないだろうか。」


思わぬ申し出にルーゼンは一瞬固まってしまう。

魔力が枯渇している難民の状態だ。

彼が今しなきゃいけない事は、しっかり食べ休んで身分が証明されることが優先されるべきことなのだが……。


「えっと、君は何ができる人なの?」


思わず本音が溢れて慌てて口を押さえるルーゼン。

だけどそれを全く気にしない様子でジグは答えた。


「魔法なら少し。

ただし、魔力が戻ればだが……」


「ジグは魔法が使えたのか。

……魔法ってどんなことができるの?」


もうなんとなくジグに関して好奇心からくる質問になっていた。

正直魔法使いなんて会える機会は少ない。

そしてあわよくばジグの情報を聞き出せたら、と考えていた。


「……実は武道の修行中だと言ったのだが、それは嘘だったんだ。

本当のことを言えなくてすまない……。

本当は魔法の修行中で、その……修行中の俺ができる魔法は、状態異常を直すぐらいの僅かだが……。

風邪をひいたのを和らげたり、病気の進行を遅らせたり、あとは少しなら掛けられた術の緩和などが出来る。」


自分の知らない情報を聞くのに前のめりになっていた。

魔法と術の違いなど、自分が知らない世界が広がっていく感じ。

ワクワクした気持ちを隠しきれないまま、ジグと話し込んだ。


「魔法って、呪いもかけることができるの?」


「いや、魔法では呪いはかけられない。

呪いは魔術で出来ている。

魔術は魔力がなくても時間をかけて言葉を紡ぎ、何かの犠牲によって対象に届けられるもの。

魔法は自身の魔力で形にし、作り上げるものになる。」


「呪いをかけられないのに、呪いを解けるの?

ほらよく童話とかでもあるじゃない?

『呪いは呪いをかけた奴しか解けない!』みたいなやつ。」


「魔術でかけた呪いは、魔法で解くことができる。

複雑なことなので説明を省くが、簡単にいうと魔術より魔法の方が上なんだ。

例えるなら、魔術を複雑に絡んだロープとすると、それを解くのに手……という解術を使うより、魔法で結び目を一瞬で破壊する方が早い、という感じかな。」


「無理に破壊するってこと?」


「全てを無かったことにするって言った方が正しい。

ちなみに解術をするより、安全だ。」

ここまで話してルーゼンはすっかり魔法と魔術の虜になっていた。

なのでスルッとジグに打ち明けてしまう。


「じゃあもし魔力が戻ったら、見てもらいたい人がいるんだけどいい?」


これを言った後、ハッとして口を押さえる。

この様子でジグも聞いてはいけなかったのでは?と気が付いたのかもしれない。


「俺ができることなら。」


ジグはそう言って心地なく微笑むと、立ち上がった。

そして深々とお辞儀して、部屋から出ていった。


魔法使いであることを打ち明けてくれたということは、少しは信頼されたのだろうかとルーゼンは嬉しく思っていた。

反対に自分もジグを信頼してしまっていることに気がつく。


あとは精神の回復と身元がわかれば、もしかしてアンルースの呪いをジグが解いてくれるかもしれないと、ルーゼンは仄かな期待をしていた。


これはウイレードに報告せねばと、走り書きで書いたメモを窓辺にいた鳩の足にくくりつけ、そっと夜の空へと離した。

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