第17話 そうだ、王都へ行こう。

次の日のこと。

気分転換も兼ねて、エルヴァンと王都を観光することにした。

ついでに暇していたリノも行きたいと駄々をこねるので、連れて行くことに。


3年ぶりの街並みは変わっているようで、懐かしい雰囲気だった。


「んでね、あっちに行ったらお城に行く道があって、こっち側は下町で!

それでね、こっちの方に行くと屋台とか露天とかが並んでいるとこがあって……」


リノはエルヴァンの腕を引きながら、あちこち案内していた。

いや、引っ張り回していると言った方が早いのかもしれない。


でもそれを嫌がる様子もなく、エルヴァンも楽しそうにしていたのでよしとしよう。


休憩を挟みながらあちらこちらと歩き回って、ウインドウショッピングを堪能した。

そろそろ足が疲れたので、馬車を待つ間カフェで休憩しようと言う話になった。


「ちょっと路地に入り込むんだけど、こっちに美味しい栗のケーキを出してくれるカフェがあるんだけど……」


リノは足取り軽やかに、裏通りへと入ろうとする。


流石に薄暗く、治安があんまり良さそうではないため、ルーゼンは躊躇する。

エルヴァンが来てからと言うもの、ウイレードが王国付きの騎士を遠巻きに数名つけてはくれているのだが、それを過信するわけにはいかない。


『一応は他国の王太子。

なるべく騎士が動きやすい場所にいよう……。』


ルーゼンはずんずんと進むリノを腕を引いた。


「リノ、流石にここいらはダメだよ。目が届く位置で行動しよう。」


ルーゼンはそう言うと、リノの背を元来た方へと押した。

だがリノは無言でびくともしない。


わがまま言っているのかと、ルーゼンは少し声を荒げた。


「リノ……!言うことを聞」


「兄さん!!!!あれ!!」


ルーゼンの声に負けない大きな声で、リノが叫んだ。

そのため遠くにいたはずの騎士たちが集まってくる。


「え?え!?リノ何っ……?」


耳元近くで叫ばれたので、少し聞き取りにくかったのと、咄嗟の状況判断がわからなくなっていた。


「だから!あーれー!!」


リノがブンブンと裏路地の隅っこに向かって指をさしていた。


騎士たちもエルヴァンやルーゼンたちの確保をしつつ、リノの指先が向いている方へ神経を集中していた。


指さした方の暗がりが、僅かに揺れた。


「……人が倒れている!」


エルヴァンが叫ぶと同時に、数名いた騎士の1人がその暗がりに駆け寄っていった。

そしてその人影を抱えて戻ってくる。


抱き抱えられた人物は大きなローブを体に巻きつけるように着込んでいて、一見性別も年齢もわからない。

目視で確認できるのは、そこからだらりと垂れ下がる手だけで見た目若そうな印象。


騎士は抱き抱えた人物をガッチリとホールドしたまま、ルーゼンの前にそっと下ろす。

その振動で、真深に被ったフードから顔が見えた。


サラサラと真っ直ぐに伸びた薄茶色の髪の毛。

両頬にあるそばかすを隠すように、前髪は鼻先まであった。

それを簾のように手で払うが、光に反応がない。


見た感じ男の子。

小柄で幼い顔立ちが、リノと同じぐらいの年頃に見えた。

小さめの顔と比例して、かけている大きな丸メガネは、右側にヒビがはいっていた。

同じ年頃の子息ならお茶会などでなんとなく覚えているかなと思ったのだが、多分初めて見る顔。


日光にあたってなさそうな白い肌。

日頃からこんな厚手のローブを纏っていたら、そりゃ日も当たらないかもだけど……。


着ているものは結構いい生地のものだ。

しかもこの刺繍は特殊で、多分南部地方の方のものようだ。

南部というと魚人の国か、魔法大国トゥエンティか……はたまたその周辺の諸国か。


肌の色から見て、魚人ではなさそうだ。


「……見たことない少年だね。着ている物は結構上等な物だから、どこかの貴族の子息なのかもと思ったけど、この顔は付近では見た事がない……。」


ルーゼンは慣れた様子でその少年の垂れ下がった手を取り、脈を取る。

そして呼吸の有無を確かめようと倒れている人物の口元に耳を近づいた。


その間リノが、徐ろに倒れている人物のフードの中に手を入れ、体を弄っていた。


「こら、リノ!」


突然の弟の奇行に驚いて声を上げると、フードの少年のまぶたがピクリと動いた。


「意識が戻ったか?」


少年を抱き抱えている騎士がボソリと口を開いた。

その声にリノがフードからサッと手を引いた。


「財布も身分を証明するものもポケットの中もなし。

スられちゃったか騙されて売られそうになったてるとこ逃げ出してきたか……」


「……それで弄っていたのか。」


呆れたようにルーゼンがリノを睨む。

その視線にリノのがまた頬を膨らます。


「なんだよ!僕がスリでもすると思ったの!?」


ひどいとプンプン怒るリノを宥めていると、フードの人物が目を開けた。


パチっと勢いよく目が開く。

その瞬間大きく口を開け、息を吸った。


「……お」


顔に似合わず少し低い声にドキリとする。


「……お?」


その場の全員が固唾を飲む中、少年の言葉が続けられる。


「お腹すい、た……」


『はぁ〜』っと全員の口から、緊張感という息が抜けた。

そしてルーゼンが立ち上がった。


「……とりあえず、リノが言ってたカフェに行くか……。」


ここから食べ物が食べれるとこがそこしかないから仕方なしの判断。

それでもやはり裏路地は怖いので、別の騎士に先頭で歩いてもらった。

少年は意識は戻ったが自力で歩くこともできないので、騎士が抱き抱えたままカフェへと向かうことにした。



「んーーーーまい!!」


ガツガツとあっという間に運ばれてくる食事が空になっていく。

その様子を見ているだけで、ルーゼンはお腹いっぱいになってくるような気になっていた。


リノはワクワクしながら少年にアレコレと質問攻めをしている。


少年は食べている間ずっとそれを無視していたが、落ち着いてきたのかリノの執念さに負けたのかはわからないがボツボツと答え始めた。


「ねえねえってば!お財布もない君を介抱して食事まで与えているんだから、名前ぐらい教えてくれてもいいでしょ!!」


プンプンするリノに『お金出すのはボクだけどね……』なんて思いながら、口にカップをつけた。


口に頬張っていたものを飲み込むと、少年はリノではなくじっとルーゼンを見つめた。


「……ジグ。名前はジグ・エイブっていう。」


「どっから来たの?なんで財布も身分証もなかったの?」


「ここより南の方から人に会いに来た。

持ち金も身分証も、乗り継ぎの馬車に騙されて、気が付いたらなくなっていた。」


そう言いながらフォークを握りしめたまま俯いた。


「……行くとこないの?」


リノがジグの顔を覗き込む。

このリノの顔は覚えがあるなと、そう思いながらルーゼンが続ける。


「……リノ?拾って帰ろうとしてるね?」

ルーゼンの問いはビンゴだったらしく、リノは勢いよく立ち上がった。


「だって!僕も従者欲しい!!」


ルーゼンの指摘にリノは思いっきり地団駄を踏む。

振動でカップからこぼれそうになるお茶を、手で押さえて踏ん張らせる。


ここはあくまで冷静に。

突拍子のない弟に、冷静に説得をするつもり。


なぜならリノがまだ6歳だった頃、拾ってきた犬とも豚とも鳥ともわからない生き物を拾ってきたことがある。

常識ある人ならすぐわかるだろうが、それは普通の生き物ではなかった。

多分『魔獣』と呼ばれる種類の生き物だったのだろうが、リノはそれを犬だと言い張ったのだ。


まだ産まれたばかりだったからか知らないが、デロンと抱かれるままの魔獣を抱え、『この犬を飼いたい』と散々泣き叫んだのだ。


この世界は魔獣と呼ばれるものも少なくない。

だがそれぞれの境界線もあり、お互いテリトリーを侵略しない限りは襲ってこないのだ。


この魔獣に親がいた場合、例えこの生き物がうちの庭に迷い込んだとしても、だ。

言葉が通じるわけもないので、どう考えてもリノがテリトリーを侵略し、無理やり連れてきたとしか思えない状況。

この生き物が何処まで大きくなるかなど分かるわけもなく、両親は必死で『元いた場所に返してきなさい』と説得したのだった。


その時とまさにおんなじ顔をしているのだ。


なんとか説得をしなければ。

今度は他国の貴族の息子を誘拐した罪に問われる前に……。


ルーゼンは覚悟を決めるように息を吸った。


「それは父さんが学園に上がる前に見つけてくれるって言ってただろ?」


ルーゼンが冷静にリノを諭すように言うが、リノは聞き入れないように頬を膨らます。


「やだ!この子飼いたい!!ねえいいでしょ?そばかす可愛いし、こんな毛並みのいい子他にいないよ?絶対飼いたい!!」


「人間を飼うとか言ってはいけないよ……」


「ヤダヤダこの子がいい!!」


そう言いながらカフェで地団駄踏むリノを見つめながら、ルーゼンはとても深いため息をついた。

……言い出したら聞かない弟。

いつもこの顔で押し切られてしまうが、今回ばかりはそういうわけにはいかない。

どこの誰だか身分もわからない。

ジグの名乗った少年の気持ちも置いてけぼりである。


チラッとジグの方を見ると何か言いた気にこちらを見ていた。

ルーゼンと視線が合うと、発言を求めるように、そっと右手を上げた。


「あの、せっかくの申し出だが……。

俺が従者になるのは無理だ。俺は一応他国の人間だし、武道の修行中の一人息子だから帰らねば大ごとになる……。」


「助けてあげたのに!!!」


半泣きでエルヴァンの腕の中に飛び込むリノを横目に、ルーゼンが話始める。


「……武道の修行中ということは、オリンピアの国からきたの?」


ルーゼンの質問に、ジグは即答する。


「いや、魚人ではない。言ってもわからん小さな国だ。」


「ローブから見て南部かなって思ってたけど、トゥエンティの魔法使いかと思ったよ。」


「魔法が使えるのはトゥエンティだけじゃない。

オリンピアも一部の魚人は使うし、トゥエンティの周りにある小さな国の方が優秀な魔法使い多いんだ。」


「そうなのか!南部の諸国はすごいな……。

きっとうちの国より発展してそうだね。」


「……どうかな、その辺は情報に疎いんだ。」


そういうとジグは視線を逸らし、コップの水を飲み干した。


『これ以上聞いても無駄かな。』


ジグの態度や仕草でそう感じると、ルーゼンは持っていたカップを置いた。


「てか他国でそんなことに巻き込まれてさぞ辛かっただろう。

よかったら帰る手伝いをさせて欲しい。

なくした身分証が再発行されたら自国にも帰れるだろうし、よかったらそれまでうちに来るかい?」


『彼は手元に置いておいた方がいいのかもしれない。』


直感でそう感じた。

ルーゼンの申し出にジグは戸惑った表情を見せるが、他に選択肢もないだろう。

おずおずと遠慮がちに視線をルーゼンに戻した。


「……それはありがたいが……、こんな素性の分からないものを家に入れて大丈夫なのか?」


「ん?素性は身分証発行すればわかるでしょ?」


この世界の人間は少なからず体に巡るオーラのようなものがある。

そのオーラが魔力を作り出し、魔法を使うことができたりする。

魔力の量も人それぞれで、今現在魔法を使いこなせているのは、トゥエンティ国あたりなものだと学んだ。


身分証はそのわずかな魔力で作る。

寄付金がいるので大体貴族しか用を成していないのだが、一度登録すればオーブにごく少量の魔力を注ぐだけで、自分の身分が証明されるのだ。


「……それが」


再びジグがルーゼンから視線を逸らす。


「うん?」


ルーゼンはそらされた視線を追うように、ジグを見つめた。

そんなルーゼンに申し訳なさそうに、ジグは口籠もった。


「どうやらここ何日も歩き通しだったし、水も食事もしてなかったせいで、一滴の魔力も残っていない。」


「……は!?」


困ったように黙り込むジグを見つめたまま、ルーゼンは言葉をなくした。

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