第16話 嵐の後。
机に俯したままのウイレードが口を開く。
顔を下に向けているため、若干声がこもりがちだ。
「……スーニィがすまなかった。」
「……何がですか?」
謝罪の意味は痛いほどわかるが、気にしてほしくない。
ここはあえて、とぼける選択をする。
気にしてない素振りの返事に、ウイレードはゆっくりと顔を上げた。
「……アンルースのことで、キミにあんな風な事を言うなどと……」
ウイレードの言葉にルーゼンは微笑んだ。
「ああ、気にしてませんよ。」
と言うと、ルーゼンの少し表情が曇る。
そのまま斜めに目線を下げ、言葉を続けた。
「……というか、『傷』と言われる程、ルースはほとんど周りの人に、きら……好かれてなかったのだなぁ再確認したというか……。」
言いにくそうにゴニョゴニョと語尾を誤魔化す。
その言葉にウイレードはより一層のため息をつき、今度は勢いよく机にうつ伏せてしまった。
そしてボソボソとつぶやくように話し始める。
「……アンルースがスーニィの弟、ジェイグレンに近づいたのは一年前らしい。
私はそれも全く気が付かなかった。」
ウイレードの言葉にルーゼンも考え込んだ。
淡々と部屋が片付けられていく様子を目で追いながら。
「一年前……ああ、そのぐらいって書いてありますね……。
そして1ヶ月前まで『交友』があったと……。」
所々紅茶で茶色く変色した紙を拾い、パラパラと文字を確認する。
自分の元婚約者の愛人関係を、妙に冷静に話している自分。
吹っ切れたとはいえ、そう言う部分で自分はなんだか冷たい人間なような気がして、少し胸が痛んだ。
紙を持ったままそんなことを考えていると、側で片付けをしていたウイレードの従者がふと、ルーゼンに向かって手のひらを差し出しているのに気がつく。
一瞬なんのことか戸惑ったが、代わりに綺麗な紙の束を差し出され、理解した。
茶色くなった紙を手渡すと、従者はにこりと微笑み再び床の掃除を始めた。
『……一体これ複写が何枚あるんだ……』
王女が得意げに紙を紅茶で濡らしたのは、無駄だったのだなと……そう感じた。
印こそついてないが、リスト化した18人は覚えている。
そして恨みを持っているリストも手元にあるので、再び絞った8名を書き連ねた。
その間ずっとウイレードは泣き言のようにジェイグレンとアンルースの出会いから今日までのことを話していた。
「そもそもだ。
私はアンルースがジェイにちょっかいかけていたことは本当に知らなかったんだ。
スーニィは知っていたなら私に教えてくれてもよかっただろう?
しかもジェイがいなくなった事までも知らなかったわけだが。
……私がスーニィを疑っていたと思っていることが、また腹が立つ!
すぐ思った事が口や行動に出るのに、人を呪うとか遠回りなことをするはずがないじゃないか。
まったく、信頼してないのはどっちだ。
……まぁジェイは疑っていたが……。」
『疑ってたんかい!』
ルーゼンが心の中で突っ込む。
しかもその言い方ならスーニィ王女はアンルースに腹が立ったら呪いではなく、拳でわからせるタイプだとこぼしている。
これこそ聞かれたら破談になるのでは?っとヒヤヒヤした。
エルヴァンも同じことを思っているのか、複雑な表情を浮かべて黙り込んでいた。
「……今も、トゥエンティの王子の事、疑ってるんですか?」
ルーゼンの質問にウイレードは少し考え込む。
「……そもそも、今いなくなってる時点で怪しくないか?
何もやましいことがないなら出てくればいいのだ……。
ジェイはとても物静かな男……というか、とても根暗な研究体質な男だ。
無口で表に出たがらず、魔法の研究ばっかりしていたらしい。
トゥエンティは王女のスーニィを女王として継がせるつもりだったと聞いた。
だが私と出会ったことで、スーニィがうちに嫁ぐことになり、急遽ジェイに矛先が向いたらしいが……。」
ウイレードの言葉は途中だったのだが、なんとなく言いたいことがわかった気がする。
ジェイは多分、人の上に立つ人間ではなさそうだという事。
そんな気配をエルヴァンも感じてか、苦笑いした。
「……社交性を求められることが多いのが王族ですから、喋るのが苦手であれば性格上辛かったかもしれませんね……」
エルヴァンの呟きにウイレードも苦笑いをした。
「だな……。
しかし本人がいないのではどうにもならない。
うちとしてはリスト内のものにあたって、個別に話を聞かなければならないのだ。
スーニィは身内を疑われたことで頭に血が上っているだけだと思うが、私は心外だ!」
ウイレードの言葉にエルヴァンが小さく頷いた。
この2人は同じく第一王子として同じ気持ちを共有できるのだろう。
だがウイレードの言葉を簡単にいうと。
スーニィは疑ってないけどジェイはそれとなく疑っている。
と言うことだ。
ぶつぶつと口を尖らせているウイレードにルーゼンが口を開いた。
「このリストの人に、ボクが会いに行ってもいいですか?
あ、もちろんアンルースの現状は言いません。
ボクは元婚約者ですし、3年前に学園に入るために破棄はしたが、次の婚約者が決まってないことに責任を感じて候補の手伝いをしているとかなんとかこじつければ、いけませんかね?」
ルーゼンの申し出にウイレードはピクリと片側の眉を上げた。
「……なるほどいい考えだ。
私が直接行くわけにもいかないから、悩んでいたんだ。
キミに頼んだことを公書にしよう。
その方が信憑性もあるし、そして同じ年代の方が畏まらずボロも出しやすいし……。」
そう言うとウイレードが黒い笑いを浮かべる。
「……しかし君達が他国に出向くわけにはいかないな……。
国内の相手には会うことは可能だろうが……。
とりあえずこの件は一旦預からせてくれ。
いいように検討してみる。」
「わかりました。」
ウイレードの言葉にルーゼンは素直に頷いた。
そして書類をカバンにしまい込んでいると、ウイレードが言いにくそうに口を開く。
「そしてこれを……」
ウイレードから手渡されたのは、3年前の日付が入った『婚約破棄』の完了書だった。
それを複雑な思いで見つめるルーゼン。
なんとなくだが、これで終わったんだと思うとなんか胃が痛い……。
というか……とても後味が悪い。
もやもやした気持ちの悪さも伴い、胸をグッと押さえた。
そして書類を受け取ると、『色々お世話になりました』と深々と頭を下げた。
ウイレードは寂しそうに笑い、ルーゼンの頭を撫でた。
「いい案が浮かんだらまた連絡する。
そちらも何か進展あったら、鳩を飛ばしてくれ。」
「わかりました、待ってます。」
「帰ってきてバタバタしすぎたし、暫くはゆっくり過ごしてくれ……。」
書類の入ったカバンを抱え執務室を出るとき、ウイレードがそういった。
その言葉にエルヴァンの顔を見る。
『せっかく来てもらったんだし、明日は王都にでも観光に行くか……』
見つめられて首を傾げるエルヴァンに、ルーゼンは微笑んだ。
「とりあえず紅茶でダメになったから、これもっかい丸つけし直しだな……」
そう言うと、エルヴァンも頷きながら笑った。
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