第19話 サイマン侯爵家にて。

朝起きると鳩が戻って来ていた。

そっと窓を開け、鳩の足についた紙をとる。


窓辺に腰掛けそれに目を通していると、ドアがノックされた。


「兄さん!!!」


「……リノ?ノックしたら『いいよ』って言われるまで扉を開けちゃダメでしょ?」


相変わらずの突拍子のない弟の行動に、ため息しか出てこなかった。


そして叱られると飛びついてきて、許すまでグスグスとくっついたままなのだ。

それが可愛い時もあるが、困る時もある。

とてもとても、将来が心配になるからだ。


リノは賢い子だ。

これも分かっていてやっているのだろうが……。


「リノ、泣かない。

ダメなことはちゃんと聞いてね?」


「はぁい……」


背中に張り付いている弟を下ろすと、ソファに座らせた。


「それでどうしたの?」


「あ、そうだった、目的忘れてた。父さんが呼んでるよ!」


リノはそういうと勢いよくルーゼンから離れた。

そのせいでバランスを崩し、危うく転びそうになる。


注意をしようと振り返るともう、リノはいなかった。


『全く……』


小さくつぶやくと、部屋から出た。


***


サロンへ行くと父が座っていた。

その横にリノもちゃっかり座っており、同じく呼び出されたエルヴァンもいた。

彼もリノにタックルされたのだろう、脇腹を痛そうに押さえていた。


「遅れてすみませんでした。」


不憫に思うエルヴァンを見てちょっと笑いそうになりながら、父にお辞儀をしてルーゼンも席についた。


「婚約破棄の完了は受け取った。

だが、すでにその件について社交会で噂が広がっている。

……まったく口の軽いネズミがいたんだろうな……。」


父はそういうと小さく舌打ちをした。


「……想定内です。

ボクにも色々と聞かれるでしょうが、最初の打ち合わせ通りそれで押し通します。」


顔色も変えないルーゼンを見て、父もニヤリと笑った。


「そうだな、それでいい。

……それと、ルーゼンが連れて帰ってきた客人についてだが……」


父の言葉にリノが立ち上がる。


「僕の従者にしたい!」


この言葉に、そこにいた全員がため息をつく。

もちろんエルヴァンまでも。


『まだ諦めてなかったんかい……!』


あれだけ言い聞かせて、ジグ本人から断られたというのに。

我が弟は鳥頭にでもなったのか。


身体中の息を吐き切ると、小さく息を吸う。

そして我儘な弟を躾けるために、ルーゼンは口を開いた。


「……リノ?」


その声にリノがびくりと体を震わせた。


ルーゼンは基本怒らない。

だが、どうしてもリノが自分の我を突き通そうとすると、本気のやつが出ることがある。

……滅多にないことだが。


名前を呼ばれてそこでリノは気がつき、シャキッとした姿勢でエルヴァンの横に座り直した。


「兄さん、分かった。もう言わない……ごめんなさい……。」


震えるリノを見てエルヴァンがまた『これも初めて見る顔だなぁ』と口元を押さえて微笑んだ。


ルーゼンの『兄の顔』である。


ここに来て幾度も兄としてのルーゼンは見たが、優しく嗜め可愛がり、眺めて微笑む姿ばかりだった。

エルヴァンにも弟がいるのだが、側室の産んだ腹違いなのであまり交流も思い入れもなかった。

自分の腕に捕まり、震えるリノの頭をそっと撫でる。


「我が儘は程々に、だな。」


というと、半泣きのリノが項垂れるように頷いた。


リノが反省している姿を見たので、ルーゼンもそこで口をつぐむ。

これ以上ジグのことを言うなら、みんなが見ている前で尻でも叩いてやろうと思っていたのだが、必要ないようだ。


こほんと咳払いをして、気持ちを切り替える様に話し出した。


「彼に関しては今のとこ精神的な面で魔力が枯渇しているようで、身分を証明できない状態です。

でも本人はすごく協力的で、ウイレード殿下とも連絡を取ったから、1週間もしないうちにはみ身元もわかるんじゃないかなと予想です。」


ルーゼンの言葉に、父は眉を寄せ口を曲げた。


「……そうか。まぁただの迷い人だといいがな。」


父も何か勘づいているのだろうか……とふと思うが、これに関しては自分は何も言わないでいようと思った。


黙っていると父が続けた。


「……とりあえずはルーゼン。

お前は精神面でもかなり疲れていることだろう。

噂が広がっていっていると言うことは、さらに面白がって色々言う阿呆が増えると言うことだ。」


「……そうですね。」


「とりあえず、噂を聞きつけて既にお見合いを望む手紙が増えてきている。」


「……全部断ってください。」


「まぁ、だろうな。」


即答のルーゼンに父は大きな口を開けて笑った。

それをなんとも言えない顔で眺めるルーゼン。



「しばらくは考えたくもない問題なので……。」


複雑な顔でそう言った。

ひとしきり笑い終わった父は下がった口元を手で直しながら頷いた。


「分かった。

その辺はクララに任せよう。

お前にいいようにしてくれる筈だ。」


父はそういうと、手紙の束を集めなんとも言えない顔をしていた。

こんなに早くルーゼンの婚約者問題が浮上するとは思わなかったのだろう。

ルーゼンさえも予想外だった。


話を終えてエルヴァンとサロンを後にして食堂に向かっていると、モジモジと指を揉んでいるジグが見えた。

どうやら食堂の前でずっと待っていたらしい。


ジグに声をかけ、3人で朝食を取る。

リノは先程ルーゼンが叱ったのが怖かったのか、食堂には現れなかった。


食事を始めると、ジグがルーゼンに話しかけた。


「なぁ、ルーゼン。俺に何かできることはないかな?」


昨日も同じようなこと言ってたなぁと思いながら、ルーゼンは微笑む。


「君はお客さんだし、魔力が復活できるようにゆったりしてていいと思うよ。

まずは身分証を再発行しなきゃ、何もできないでしょ。」


ルーゼンの言葉にジグは申し訳なさそうに俯いた。


「……だが世話になっているのに何もできないのは、気が引ける。」


なんとも義理堅い。

普通の甘えた貴族なら、のほほんと世話になることに躊躇わないだろうに……。

昨日は世話されることに慣れている様子だったので、結構上のクラスの爵位持ちと踏んでいた。

でも気が使えるとこを見ると、伯爵クラス以下なのかも?と思ってきた。


相変わらずモジモジとするジグを見つめながら、ルーゼンは考え込む。


『今はやはり、魔力復活を一番に考えたいな。』


今重きを置いているのは、そこにしようと思った。


「じゃあ、そうだな。

心のケアと言うことで、うちの庭で散歩でもしよう。

少し季節には早いんだけど、ホリホックの花が温室で咲いているって言ってたし。」


ルーゼンの提案にジグは嬉しそうに笑い、勢いよく立ち上がる。


「よし、見にいこう!」


食事の途中だったが、フォークとナイフをさらに重ねると、ジグは扉から出て行こうとする。


「……とりあえず、食事が済んだらね?」


そう言うとルーゼンは苦笑いをした。

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