第20話 ジグと人物。
食事が済み、3人で温室の方へと歩いていた。
今日はなんだか天気がすぐれない様子。
空を見上げて世間話していると、ジグが意気揚々と天気についての講釈を始めた。
それはルーゼンやエルヴァンが知らないことで、ルーゼンの興味をとてもそそられる内容だった。
曇り空にある雲の話や、水分を含むと赤くなる事など。
エルヴァンは話に興味がない様子で、頭に手を置き欠伸をしていた。
逆にジグの知らない知識をルーゼンが話だすと、ジグは目を輝かせて聞き入った。
話に夢中のルーゼンとジグが気がつかず温室を通り過ぎた所で、エルヴァンが吹き出した。
「……そう言えばジグはいくつなの?」
温室に入ると先にメイドがお茶の準備をしていた。
まだ咲ききっていない花たちの爽やかな匂いが温室を華やかにしていた。
お茶の準備の様子を横目で見ながら、ルーゼンがジグに聞いた。
世間話に花が咲きすぎて、ジグに親近感や興味が湧いていた。
「俺は18だよ。」
歳を聞いてルーゼンもエルヴァンも驚いた。
「え、同い年だったの!?」
「俺もてっきりリノ君と同じぐらいだと思ってたよ。」
驚くルーゼンとエルヴァンに、少し口を尖らせる。
「よく言われるけど、本当に18だよ。
自国の学校も今年卒業したし。」
「修行中だと言ってたから、まだ学生なのかと思ってた。」
目の前にカップや焼き菓子が運ばれる。
お茶がまだ注がれていなかったが、待ちきれず焼き菓子に手を出し口に運ぶ。
ふと卒業した学園のことを思い出す。
こんなことになるのがわかっていたら、別の学校に入り直したかったな。
真な風に思っていたら、ジグがいやそうな顔をしながら話を続ける。
「経営や知識の学校は卒業したけど、あとは魔法の方の学校に入学予定だね。」
「まだ学校行けるのは、羨ましいな。」
ルーゼンは純粋にジグを羨ましがった。
そんなルーゼンとは裏腹に、エルヴァンは渋い顔をしながらお茶を口に運んだ。
「うへぇ、俺はもう勉強は嫌だな。剣の学校があれば行きたいけど。」
いやそうな表情を浮かべるエルヴァンにルーゼンは笑った。
「エルヴァンは体動かす方が好きだもんな」
2人の様子を羨ましそうに目を細めながらジグがつぶやくように聞いた。
「君たちは同じ学校に通ってたの?」
「ああ、シングレストの学校に通ってた。」
エルヴァンの言葉にジグが目を丸くする。
「ま、まさかシングレストって、クラウンレードに通ってたの!?」
これでもかと言うぐらい驚いて立ち上がっていた。
「ああ、ボクはただ運が良かったんだよ。」
ルーゼンの言葉に椅子に座り直すと、羨ましそうにホゥと息をはいた。
「すごいや!俺受けたけどダメだったんだよ……。」
再びモジモジとするジグに、ルーゼンは首を傾げた。
「でもクラウンには魔法学はないよ?」
ルーゼンの言葉にジグは言いにくそうに口籠る。
「……ほんとは魔法よりもっと、違う知識を広げたかった。
もっと広い世界を見てみたかったから……。」
ジグの言葉がルーゼンの心に突き刺さった。
自分はシングレストの学園に通えたのは、運が良かったからだと思っている。
試験を受けた時の自分のコンディションが良かったから。
たまたま試験の問題が自分が得意とする分野の問題が多かった事。
そういうのは実力ではないと、ルーゼンは思っていた。
だから入学できた時、実力で頑張ろうと決めた。
上位の成績をキープできたのは、血の滲むような努力の結果だ。
学園時代を思い出し俯いて考えていたら、ジグがチラチラとエルヴァンを気にしながら少し小さい声で言った。
「……そういえばルーゼンは俺に呪いのことを聞いてたよね?」
突然の質問に、心臓がドキリとする。
話の流れでつい聞いてしまった話だったから。
「ん?……ああ、うん。」
ルーゼンの返事の歯切れの悪さに、ジグはなんとなく躊躇する。
『自分はまだ信用されていないのかな。』
そう思うと、次の言葉が出てこない。
『あの時誰かの呪いを解きたかったのかな……?』
ジグは自分の身元を明かせないでいた。
もちろん魔力さえ戻れば、身元は証明される。
だがそれは『ジグ・エイブ』としての自分だ。
ジグ・エイブという名前は本名であり、仮の姿。
自分が国をこっそり抜け脱した時に使っている身分だった。
だがそれを公開するにはとても勇気がいることだった。
でも見知らぬ自分を……こんな得体の知れない自分を助けてくれた挙句、家に置いてくれている。
もし自分なら、絶対そんなことはしないだろう。
でも拾ってもらえなかったら、自分は死んでいたかもしれないと思うと、ルーゼンは自分にとって『命の恩人』なのだ。
そんな命の恩人を自分は裏切っているのではないかと、思い悩んでいた。
そんな後ろめたさもあり、何か力になれるのであれば全力で協力したいのだが……何せ魔力が枯れてしまっている。
自分が唯一得意のことが、まったく役に立っていないのだ。
住まわせてもらっている客室で何度も踏ん張ってみた。
踏ん張れば一滴ぐらい出るのではないかと。
だが踏ん張っても、たくさんご飯食べても、よく睡眠をとっても、自分の精神的ショックは和らがないでいた。
その原因はわかっていた。
わかりすぎるほど、わかっている。
あの女のせいだった。
初めてあの女と会ったのは、一年と少し前。
姉の婚約が決まった時に、自国でパーティーが開催された。
相手の国でも開催されたのだが、自分は学園の試験に追われ、そちらには参加できなかった。
姉が嬉しそうに婚約者と踊る姿に少しだけ寂しかったが、嬉しくもあった。
ただこれから自分が背負っていく責任感に不安が募っていた。
自分は上に立つ人間ではない。
それをどうやって担っていくかの責任に押しつぶされそうだった。
賑やかなパーティーに身を置くことができず、そっと抜け出して庭の噴水の端に座り込んでいた。
時間で形を変え、水を噴くのを身で追っていると、1人の少女がやってきた。
今でも忘れない、第一声。
「ここで何やっているの?」
素直に抜け出して休んでいることを告げると、彼女は自分もだと可愛らしい笑みを浮かべた。
赤毛の髪を結い上げて、ドレスにたくさんの宝石を散らしていた。
自分の横に座って一緒にじっと月を見上げた。
ずっと黙っているのも気不味いので、月に関してのうんちくをベラベラと喋りすぎるほど喋ってしまう。
学園の女の子たちにそれをしたら、とても嫌な顔されて逃げられるのだが、彼女は違った。
ずっとニコニコと自分の長ったらしい話を最後まで聞いてくれたのだった。
全て初めてのことだった。
気がついたら彼女に見惚れていて、じっと見つめる自分を気持ちがる様子もなく、だんだん距離が近づいてきた。
何かが唇に触れた。
何が起こったのか分からずに目を見開いたままじっとしていた。
自分から離れた彼女は、また微笑む。
『ねえ、あなたの部屋に行きましょう?
ここは肌寒いわ。
もっと月や星の話を聞かせて。』
彼女の言葉に自分は頷く。
ここからはほとんど何も覚えていない。
覚えているのはなんだか体験した事のないフワフワとした感覚と、彼女の肌の匂い。
そして、肌に触れた暖かさ。
自分の上で揺れていた彼女の髪の匂い。
それっきり、たった一回。
その後彼女とは会っていない。
いや、会えていないのだ。
自分は何を間違えたのだろうか?
それでも聞いてみたかった。
あの時自分に言った言葉は本心だったのかと。
『私、あなたが好きよ。』
それを糧にしてひどい目に遭いながらやっとここまで会いに来たというのに。
彼女は自分のメイドに言伝を伝えただけだった。
『遊びの時間は終わり。
何も知らない貴方をちょっとからかっただけ。
本気にするなんて馬鹿みたい!』
案内されたドア越しに聞こえた彼女の声。
目の前が真っ暗になった。
「……ジグ?」
名前を呼ばれてハッとする。
「どうした?ずっと呼んでるのに、ボーッとしてたよ。」
近い距離にルーゼンが覗き込んでいた。
ルーゼンの髪の毛が自分の頬をサラリと掠める。
思わずあの時の彼女と重なり、思わず顔を顰めてしまう。
「いや、ごめんちょっと考え事を……」
それを誤魔化すように両手を顔の前で交差させ、拒絶したような形になってしまう。
したくてしたわけでは無かったのだが、ルーゼンに悲しそうな顔をさせてしまった。
必死で『違うんだ』と誤魔化そうとして、ハッとする。
そうか、ルーゼンの優しさは、あの時の彼女の優しさと少し似てるのか。
ルーゼンと彼女は全く似ていないのに……。
だからこんなに、ルーゼンに何かを返したいのかもしれない。
ドクドクと心臓が痛くなる。
彼女の優しさは偽物だった。
でも、ルーゼンの優しさは……。
グッと胸を抑え、振り絞るように口を開いた。
「ごめん、それで……なんの話だっけ?」
ジグの言葉にルーゼンは少し言葉を詰まらせたが、にっこりと微笑む。
そして……
「今夜は月が出るかって話だったね。」
といった。
ジグは真っ直ぐルーゼンを見ると、微笑み返した。
『今度こそ必ず、間違えないように。』
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