第21話 本音で話すことにする。

自国に帰ってきてから、怒涛の日々が嘘だったかのように、ここ何日かは平和だった。

朝起きてみんなで朝食を取り、来年リノが学園に入学するための準備や、剣術の鍛錬をしたり、庭園を散歩したり。


充実した時間を過ごしているように見えるが、ルーゼンは少し疲れていた。

アンルースのことが気がかりもあるが、ウイレードからの連絡がないと何もできないのも事実だった。

そして最近はジグがルーゼンにベッタリだった。


どこへいくのもついてくる。

夕食後に自室に戻ろうとすると、部屋の中までついてきてルーゼンが寝るまでいるのだ。

まるで卵から孵ったばかりのヒヨコのようだった。


流石にこうも付き纏われると、1人になる時間もないので疲れてしまっている。

それにリストのまとめも進んでいない。


そろそろウイレードから連絡があると見通して、リストを完成させて把握しておきたかった。


リノに事情を話し、ジグを連れて市街へと出かけさせる。

これもみんなで行こうと渋るジグだったが、侯爵としての執務があると理由をつけ、護衛と一緒に無理矢理外に放り出した。


その間にエルヴァンと2人でリストの整理を完了させる。

流石に身元がわからないジグに、国を上げての極秘情報を話すわけにもいかないのだ。


出来上がったリストをエルヴァンと確認する。



『ラント・グレア(獣人国ゼドナ、第4王子)

 アーノルド・シャーク(魚人国オリンピア、第3王子)

 ジェイグレン・トゥエンティ(魔法国トゥエンティ国第一王子)

 ハレス・ミーノン(ミーノン伯爵の長男)

 アダム・エグワズ(エグワズ公爵長男)

 ショーン・レクサ(レクサ侯爵次男)

 マークス・カルトン(カルトン伯爵次男)

 シモン・ワーカー(ワーカー男爵長男)以下8名。』


リストを見ていたエルヴァンが目を細めた。


「……正直お見事としか言いようがない。」


「ん?なんの事?」


「あ、いや……。」


エルヴァンは言いにくそうに口籠る。


『……言い方が悪くて気を悪くしないでほしい。』


という前置きをつけて、唇を噛んだ。


「ここまで多方面の国の、しかもイケメンと噂される王子ばかりを手玉に取っているということだよ……。

自分もここに含まれるからイケメン王子とかもう自虐でしかないんだが、同じ年代の王子はほぼここに名前が並んでいる……。」


大きく息を吐きながら困ったように頭をかいた。


「……そうなんだ。」


明らかに声にトーンが落ちたルーゼンにエルヴァンが焦り出した。


「すまん、蒸し返しているつもりはないんだが……。

単純に見事としか言いようがなくてさ。」


取り繕うエルヴァンにルーゼンも焦り出す。


「いやわかってるよ、大丈夫。

もう吹っ切れているから気にせず話して。」


吹っ切れている、それは間違いないのだ。


だがどうにも今までの8年が嘘だったと思えず、幼い頃の純粋無垢なルースの幻想に取り憑かれていた。

正直にいうと、エルヴァンが言ってるルースやこのリストの事などは、自分の知るアンルースとは全く別の人間の話を聞いてる感覚になってきている。

なのでこれ以上『彼女』の話を聞いても、自分にダメージはなかったのだった。


エルヴァンの話を掘り下げて考えると、確かにこのアンルースはすごい人物だ。

同時ではないとはいえ、この2年で50人も恋人がいたのだ。

騎士で言うところの『百戦錬磨の達人』である。


「……よほど魅力的だったのだろうか?」


ルーゼンの言葉にエルヴァンはギョッとする。


「いや、その……。」


エルヴァンはそのまま黙ってしまう。


魅力的だと言われたらそうだろう。

年に似合わない女性らしい体つき、そして少し大人びた綺麗な顔はその場の異性の目を一瞬で集める効果があった。

ニッコリと微笑めば、まるで魅了されたかのようにフラフラと群がっていく。

そして群がった男たちを根こそぎ喰らっていく様子はもう、女王蜘蛛だ。


遊びだったとはいえ、それに引っかかった自分が言えることではないが、あれはまともな奴が近付くべきではない。


あの少女を『魅力的』と言う言葉で片付けられない。

例えるなら『魔性』だ。


言葉を言い渋るエルヴァンを察してか、ルーゼンは寂しそうに微笑んだ。


そして正直に今の自分の気持ちを伝えることにした。


先ほど考えていた『吹っ切れた』とはちょっと違う感覚や、自分の知ってるアンルースを解離して考えていることなども、全て話す。


それを聞いてエルヴァンも自分が感じていたアンルースの像をルーゼンに正直に伝えたのだった。


「……この件でさ、僕らが3年間で培った友情がなんだか違うものに変化していくのが怖かった。

もちろん、俺がしでかしたことのせいだ。

ルーゼンは何も変わらないのに、環境のせいで変わってしまうのも怖かったし……。」


エルヴァンの言葉をじっと黙って聞いていた。

そしてボソリと呟くように話し始める。


「ボクも同じように考えていた。

ルースと君がそんな関係だったのはショックだけど、それと同時に君を失うのが怖かったんだ。

ボクね、正直愛とか恋とかピンと来てなかったところがあってさ。

結婚や婚約に関して、自分の運命を受け入れて、流れに身を任せていただけなのかもしれないって今回の件で気が付いたんだ。

だからルースのこと、何も知らなかったんじゃなくて、知ろうと思わなかったんだなって……気がついちゃった。」


なんだか『悲しく』なってくる。

気持ちを正直に話すのは恥ずかしいせいなのかわからないが、ウルウルと視界がぼやけてきた。


アンルースのことで、感情が抑えきれず泣くことがあっても、悲しくて泣くのは初めてかもしれない。

ポロポロ落ちる涙を手の甲で拭う。


「ボクは、悲しかったし、苦しかった。」


ルーゼンの言葉に、エルヴァンもグッと泣きそうになる。

ゆっくりとルーゼンを自分の肩に寄せ、そっと背中に手を置いた。


「俺も、ルーゼンを失うと思って、怖かった。

きっとリーカも俺を見捨てるだろうなって……。」


ルーゼンとエルヴァンそしてリーカの絆は、ただの友情とは違うのかもしれない。

学園生活は最高で、最悪だった。

課題の量のハンパなければ、取得する単位と授業料も半端ない。

卒業できなかった先輩たちが揃って言う言葉は『ここは地獄だった』と口々に言いながら去って行った。


課題や単位は友人の協力なくしては不可能だった。

お互いが得意なことを請け負い、お互いが計画を立て協力しあい、達成する。

第一線の戦場にたつ、戦友のような友情だった。


「確かにリーカはそう言うとこシビアだからね……。

ていうかボクなんて一瞬ひどいこと思っちゃったよ。

『こんな事で友情が終わってしまうのか』ってね。」


ボロボロ泣くルーゼンの肩が『ふふっ』とゆれた。

それに釣られ、エルヴァンも笑う。


「……『こんな事』か。はは、確かに女関係で終わる友情とか最悪すぎるな。」


「大体君がボクの忠告早く聞いてたら、『こんな事』に巻き込まれずに済んだんじゃないか。」


そう言うとルーゼンがエルヴァンの胸をボカッと拳で叩く。

エルヴァンは『ウッ……』と小さくうめいたが、すぐにルーゼンの肩に頭を乗せ、


「……全くその通りでございます。」


と頭を深く下げた。


なんだか笑えてくる。

泣きながら、2人で笑った。


2人で抱き合った姿勢で泣きながら笑っている姿を、帰宅したリノとジグに見られたことのが、今までで一番恥ずかしい出来事だったと、後から思い直すことになる。

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