第22話 ウイレードからの招集。
ルーゼンはジグに『なぜ抱き合って泣いていたのか』を懇々と詰め寄られていた。
「学園での辛かった日々を思い出して、卒業して良かったと思い返していたんだよ。」
……嘘はついていない。
実際の所、アンルースの件は置いといても、そう言うことだ。
『うんうん』と頷いているエルヴァンをキッと睨むジグ。
「2人でずるいぞ!」
「ずるいと言われてもなぁ……」
「俺だって試験の日に熱を出さなければクラスメイトだったかもしれないのに!!」
今度はジグが半泣きでルーゼンにしがみついてきた。
それをハイハイと聞きながら、しばらく引きずって歩いていた。
夕刻にサイマン侯爵家にウイレードから招集の手紙が届いた。
明日エルヴァンと2人で行くことにしたのだが、ここにきてジグがぐずる。
どうしても自分も行きたいと。
だが身元がはっきりしないものを城に連れていくことはできないと宥めすかしても断固としてついてくる気のようだ。
仕方ないのでこっそり鳩で連絡する。
こちらの事情は伝えてあるので、後はウイレードの判断に任すことにした。
翌朝返事が返ってきていた。
ジグを連れてきてもいいとのこと。
ウイレードの許可も出たことで、仕方ないので連れていくことにした。
執務室に通され、ドア元直ぐに立っていたウイレードが迎えてくれた。
通されてすぐ、ルーゼンの後ろに隠れるジグをウイレードがじっくりと観察していた。
「君がジグ・エイブくんだね?」
マジマジと見つめるウイレードに怯え、挨拶さえも忘れて固まっているジグ。
ジグは長い前髪と大きな眼鏡で顔が見えていないにもかかわらず、片手で前髪を押さえている。
「……スーニィ。」
ふとウイレードが婚約者の名前を呼んだ。
ウイレードと側近以外いなかったはずの執務室。
名前を呼ばれて振り向くと、ジグの後ろにスーニィが立っていたのだった。
「……見つけた。」
スーニィがそういうと、執務室の中に冷気が帯びる。
ウイレードがルーゼンとエルヴァンの手を引いて執務室の机の上に飛び乗ると、あっという間に部屋全体が凍りついた。
「うあっ!!」
ジグが足元に生えてきた氷の塊にバランスを崩し、その場に座り込むと、スーニィがジグの前に立った。
「ジェイグレン・トゥエンティ!!お前は今まで何をしていた!」
響くスーニィの声に思わずルーゼンの体がびくりと強ばる。
「……ジェイグレン?」
ルーゼンはジグに聞き返すようにつぶやく。
ルーゼンの言葉にジグが怯えるように大きく首を振った。
「え、だって髪の色も違うって……」
エルヴァンの呟きにルーゼンがハッとしてウイレードを見上げた。
ウイレードは唇に人差し指をつけ『シーッ』として、ニヤリと笑う。
視線をジグとスーニィに戻すと、座り込んでいるジグの上着を踏み抜くように、スーニィが仁王立ちしていた。
「ジェイグレン、さあ答えなさい!」
「……姉さん……。」
怯える瞳で見上げるジグを見て、スーニィはため息をついた。
そしてジグの目の前で、大きく指をパチンと鳴らす。
パチンと弾かれた指の音と同時に、ジグの髪の毛がジワジワと水色になっていく。
変わっていく髪の毛をグイッと鷲掴みにすると、ジグの頬に乾いた音が響いた。
「いっ……!」
勢いよく頬を叩かれ、大きな眼鏡が音を立てて床に転がった。
「痛いじゃないか!」
ジグがスーニィに叫んだ。
「父さま母さま、そして私の心の痛みはこんなものではありませんよ!!
なんなら全員の分の痛みを与えてやりましょうか?」
そう言うとスーニィは再びジグの頬に平手を落とした。
「痛い!やめて、もうやめて姉さん!!」
『全員』とは一体何人なのか。
かなり多めにバシバシと叩かれるジグが可哀想になり、ルーゼンとエルヴァンは机から飛び降り、駆け寄った。
「スーニィ王女、これ以上はジグが死んでしてしまいます!」
そういうとジグを庇うように2人が間に入った。
我を忘れたスーニィの平手を、何発か肩越しでくらってしまったが……。
スーニィはウイレードとエルヴァン2人がかりでジグから離すと我に帰る。
そして腕を組み、大きく息を吐いた。
「お前の身分証は父さまの元に返された。
しばらくはジグの身分は使えないと思え!」
「……そんな!姉さんひどいよ!!」
「黙っていなくなる方が悪いのよ。」
そう言うとふんっと鼻を鳴らした。
シクシクと泣き出すジグを見る。
薄い水色の癖毛に、そばかすなんてない綺麗な肌。
そして宝石のようなアイスブルーの瞳。
だが前髪は長いままだった。
「……ジェイグレン、王子。」
ルーゼンの言葉にハッとして見上げるジグ。
「嫌だ、俺はジグだ!!
……ルーゼンっ!」
ブンブンと首を振ってルーゼンに飛びついてきた。
ジワジワと執務室の氷が蒸発していく。
溶ける氷の煙に紛れ、ジグはルーゼンの耳元でささやいた。
「ルーゼン、俺を捨てないで……。」
震えながら泣くジグになんだか同情してしまい、ルーゼンは頷くしかなかった。
部屋が元通りになり、落ち着いたスーニィがソファーに足を組んで座る。
その横にはウイレードが暴走制御要因で座っており、向かい側の長ソファーにルーゼン、エルヴァンが座わる。
左頬を赤く晴らしたジグは端の方に正座させられていた。
「さぁジェイグレン、全てを話しなさい。」
スーニィはジグに向かって指先を向けた。
返答次第で魔法を打つ万全の準備である。
魔法が使えないジグには最大の脅しである。
ブルブル震えながら、祈るような姿勢でルーゼンを見ていた。
この怯え方を見ても、姉と弟の上下関係が垣間見えて、ルーゼンも思わず身震いする。
そっと手を出すと、ジグはそれを両手で握りしめた。
「ルーゼン!弟を甘やかさないで!!」
怒鳴るスーニィに引き攣りながら微笑むと
「……ですが、そんなに責めては話をしたくてもできる環境ではないかと……。」
と言うのを厚めのオブラートに包んで、さらにやんわり表現した。
ウイレードの援護もあり、指を刺すのをやめさせると、不機嫌にソファーに座り直した。
「ジグ、正直に教えて欲しい。
ボクになら話せる?」
ルーゼンの言葉に嗚咽をあげ泣き出した。
スーニィが脅しすぎたのか、かなり怯えていた。
そのせいで暫く待つことになる。
待つ間3回はスーニィが待ちきれず、怒声を上げて立ち上がり、執務室を氷漬けにした。
その度にジグをあやし、子守りをしている気分になるルーゼンだった。
「パーティで会ってからその一回だけで、アンルース王女と連絡が取れなくなった。
いくら手紙を出しても会ってくれなくて……。
どうしてもあの時のことが聞きたくて、何であんなことしたのかって……それで会いにいくことにした。」
グスグス鼻を鳴らしながら、息も絶え絶えに言葉を振り絞る。
「一度興味本位で関係を持ったら満足したのだろう。
要はお前に興味がなくなったのだ。
なんでそんなこともわからないのだ!?
だからお前はダメなんだ!!」
話の途中でこうやってスーニィのダメ出しが入り、その言葉の酷さにジグが黙ってしまい、話が中断する。
その度にルーゼンとエルヴァンがジグを励まし、落ち着かせているのだ。
いい加減この繰り返しにルーゼンはイライラしていた。
自分に権限があるのなら、ここから王女を追い出して、ジグの話を文章にまとめ、後で書面にして突き出したい気分だった。
そしてその文章を読み、1人で騒げばいい。
怒りの滲む目でウイレードに合図した。
流石のウイレードも頭を抱えていた。
「……スーニィ、いい加減にしないならここから出て行ってもらうぞ?」
「なぜ私が出ていかなければならないの?」
「それがなぜだかもわからないのか?」
ウイレードの言葉にカチンときたのか、表情に怒りを表した。
「……ではこのままジェイグレンは国に連れて帰ります。
国に帰り話を聞くことにするわ。
これは家族の問題よ。」
スーニィがそう言うと立ち上がり、ツカツカとジグの元に歩いてきた。
「……このまま帰るなら、正式にアンルースの呪いの件でジェイグレンを拘束することになる。
彼から話を何も聞かない限り、重要参考人の1人なのだから。
トゥエンティの王には事情を話して、許可を取ってある。
君が自我を通して彼を連れて帰るなら、我々の婚約も見直さないといけないことになる。」
「なんですって?」
ウイレードは本気だった。
感情のまま動く彼女の行動は手に取るようにわかる。
もしジェイグレンを見つけた時、ジェイのためにもこっちで保護した方がいいと考えていたことだった。
トゥエンティの王も娘の暴走をよく理解しており、この話に二つ返事で許可をくれた。
ワナワナと怒りに震えて立ち尽くすスーニィ。
まさかウィレードがこんなことまで言い出すと思っていなかったのだろう。
スーニィはウイレードに一目惚れだった。
魔法国は自分がついで女王となることが決まっていたのだが、そんなのどうでもよくなる程、ウイレードとの婚姻を望んだ。
ウイレードもスーニィに対し、メロメロだと自信があった。
だから多少強引だったが後のことは弟に押し付けて、自分はアステートに嫁ぐことが早々に決まった。
ウイレードは物静かで、感情的な自分と正反対だった。
自分のわがままをなんでも許してくれた。
そんなところも可愛いと言ってくれてたのに……!
「私と婚約破棄するってこと?」
「……このまま大人しく座って話を聞くか、落ち着くまで外で待つか、選びなさい。」
「私に命令する気!?」
「……スーニィ、命令じゃない。
私からのお願いだ。」
「それは命令じゃないの!あなた私に命令できる立場!?」
ウイレードは大きく息を吐く。
そして今まで優しく諭していた声が、冷たいものに変わる。
「スーニィ、落ち着いて聞け。
ここは私の国だ。
そして私はこの国の王太子という立場。
この国で『命令』なら、私は父である国王以外、誰に対してもできると言うこと。
君は他国の王女だが、ここでは私の婚約者という立場で、まだ妻ではない。
……私に『命令』させないでくれ。」
ウイレードの本気の声に、流石のスーニィも一瞬、体を硬らせた。
そしてぎゅっと拳を握ると『ウイレードの馬鹿ああああ!!!!』と叫びながら、部屋から出て行った。
焦ったのはドアの前に待機していた王女の護衛たちで、慌ててスーニィを追ってどこかへ消えていった。
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