第23話 嵐の後2
シーンと静まり返る執務室。
肩を落とし、ため息をつく音。
「これで暫くはおとなしいと思う。」
この言葉にウイレードの苦労が見えた。
見えすぎるぐらいに。
「一つだけ言っておくが、あれでもジェイのことを夜も眠れぬほど心配してたのだ。
だから余計に腹も立ったのだろう。
その辺は誤解しないでやってほしい。」
ウイレードはそういうと、また頭を抱えた姿勢に戻った。
場の空気が変わった事でジグの涙は引っ込んだようだ。
そこからは落ち着いてアンルースとのことを話し始めた。
身分を隠し、乗合の馬車を乗り継いでここまできたが、寝てる間にお金も身分証も盗まれ、命からがらここまで歩いてきた。
だがいざアンルースに会おうと王女付きのメイドに話を通してもらうと、帰ってきたのはひどいものだった。
『わざわざここまでくるなんて気持ち悪い。一回遊んだだけで何を期待して会いにきたのか』と。
こんな簡単に自分の気持ちが踏みにじられ、壊されるとは、知らなかった。
そこからは国に帰る術もなく、何日も市街を彷徨い、意識を失った。
それを聞いてウイレードがさらに頭を抱える。
「うちの妹が、申し訳ないことをした……。
私が謝って許されることではないのだが、今、本人と会わせることができない。」
ウイレードの言葉に、ジグはアンルースが自分を嫌ってあってくれないのだと思った。
「……最後にひどい言葉でもいいから話したかった。
なぜ興味ないなら俺に声をかけたのかと……。
市街を彷徨っている時、噂で聞きました。
王女が近々結婚すると。
それを直接聞けたらその時点で諦めたのに。
でもまぁ、結婚の邪魔はしたくありませんし、相手の方にも知らなかったとはいえ関係を持ったことに関して、謝罪したかったですけど……そっちも諦めます。」
ルーゼンは何も言わず黙っていた。
だが何かを察したのだろう、ウイレードのそばに歩いていくとそっと耳打ちをした。
その耳打ちでウイレードがしばらく考えたが、思い口を開いた。
「……王女は今病気で臥せっている。」
その言葉にもジグはピンときてない様子。
「……病気?準備で忙しくて疲労か何かですか?」
そう言うと、少し卑屈に笑った。
さらにウイレードが深く息を吐いた。
そしてゆっくりとジグを見ると、言葉を続けた。
「……いや、そうではない。」
ウイレードがそこで躊躇って口籠もる。
ジグが言っている言葉は嘘がないだろうとここにいる全員が思っていた。
実の姉に殺されかけて、死ぬかもしれないと言う恐怖を前に『保身の嘘』をはける筈もない。
だがジグの様子に『確証』がなかった。
もし1%の確率でジグが犯人だとすれば、『呪われて危篤だ』と言う情報を出してもいいものか。
勿論スーニィはこの事実を知っているため、姉から聞くと言うことはあるだろうが……。
ウイレードは何も言えないでいた。
チラリとルーゼンの方を見ると、ルーゼンもどうするか決めかねているようだ。
と言うよりも、これを決めるのはウイレードだ。
ウイレードの指示なしじゃルーゼンも動きようがないのだろう。
じっと考え込んでしまったウイレードをジグは気まずそうに見ていた。
その視線はルーゼンやエルヴァンにも行ったが、困ったように微笑まれただけだった。
そんなだから、
『自分の知らない何かがあるのでは。』
と勘繰られてしまったのだった。
ジグはそれとなくウイレードやルーゼンにアンルースのことを質問するが、どちらも曖昧な答えしか返ってこないのを怪しんでいる。
もう顔に不信感がありありと出てしまっているのだ。
「なぜ、言葉を濁されるのでしょうか、殿下。」
こう言う時、スーニィ王女の弟だなぁとルーゼンは苦笑いする。
ウイレードはもうすでに両手で頭を抱え完全防御の体制なため、まずはジグの潔白を証明する方が先だと、そう思った。
「ジグ、ちょっと色々突っ込んだ話をしてもいい?」
ルーゼンの質問に、ジグは静かに頷いた。
「……何から話そうか。」
ルーゼンはそういうと、少し考えるように俯いた。
「多分、ジグが聞きたくない話もしなきゃいけないから、ちょっと心の準備の時間をくれる?」
ジグの眉がぎゅっと寄ったが、コクコクと小さく頷いた。
「実はね、アンルース王女の婚約者はボクなんだ。」
その言葉にジグの目が大きく見開かれた。
そしてクルクルと目が泳ぐ。
その泳いだ先に、エルヴァンの視線とぶつかる。
目があったエルヴァンは、ジグに大きく頷いた。
ルーゼンの言葉の確証を伝えるように。
エルヴァンの頷きに、ぎゅっと目を閉じて下を向く。
全く想定してなかった話だったのだ。
ただ今ジグの頭を支配しているのは『ルーゼンに嫌われてしまう』と言う言葉だけだった。
それを一番に感じ取ったのはエルヴァンだった。
数日前の自分と同じ顔をしている。
自分の顔を鏡で見てないので、本当に同じ顔をしているかはわからない。
だがこの表情は自分にも覚えがあった。
なので、ここは自分がフォローしようと思ったのが間違いだった。
「ジグ、大丈夫だ。
お前と俺は仲間だから。」
この言葉に状況を知っているルーゼンとウイレードは壮大に吹き出したのだった。
***
ひとしきり笑ったルーゼンは、息が苦しそうに肩で息をしていた。
『ヒィヒィ』と息を引き攣らせながら、長ソファーに転がっていた。
そのせいで緊張感が解けたのか、ウイレードももう頭を抱えていなかった。
石のように俯き座るエルヴァンに、ルーゼンはお礼を言いながら、背中を叩いた。
そしてあっけに取られるジグに向かって微笑んだ。
「ああ、ジグ。先に言っておくけど、もうボクは婚約者じゃないんだけどね。
だから君がアンルース王女と関係を持ったことに関しては、ボクは何も思っていないから……」
『安心してね』と続けようとして、黙った。
それもなんだか自分が言うのもおかしい気がして。
浮気された婚約者が、浮気相手に『大丈夫だから安心してね』って、考えたら笑える。
ルーゼンの言葉にジグは再び顔を上げた。
「話、続けるね?」
そう言うとまた、小さく頷いた。
「それでね、アンルースは今病気で臥せっているんだ。
理由はちょっとボクからは言えないんだけど……」
そこまで言うと、ジグはハッと顔をあげ、ルーゼンを見つめる。
「……もしかして、呪いですか。」
ジグの言葉にウイレードも顔を上げた。
自分の発言で一斉に見つめられ、動揺する。
「いや、魔法の話をした時、ルーゼンが呪いのことを聞いてたのを思い出したんだ。
……あ、ごめん。自分の中でなんか繋がった……。」
ああ……。
ルーゼンは自分の過失に思わず口を覆った。
「……なるほど、ていうか俺は術は解けてもかけることはできない。
こないだも言ったけど、魔術と魔法は違うから。
魔法に呪いというものはない。
もし俺がかけたと思っているのであれば、無実は簡単に証明できる。」
「証明できるの?」
「魔術や魔法に詳しい専門家を呼んでもらえれば……。」
ジグはそういうと、ゴクっと喉を鳴らした。
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