第30話 呪いを解くには。
アンルースの部屋に、安堵と疲労で4人ともソファーに座り込んでいた。
容態が落ち着いたことで、医師が帰るのを目で追いながら。
残されたのはルーゼンとジグ、エルヴァンとウイレード。
そして扉の前に護衛が2名とアンルースの世話をするメイドが1名。
アンルースのお世話を終え、メイドも扉から出て行った。
静かになった部屋。
ウイレードがボソリと呟くように話し始めた。
「とりあえず、デミー・ノリスの件を報告しなかった者達に尋問し、それなりの処罰をする。」
「……それがいいですね。」
エルヴァンが同意し、頷いた。
「彼の態度は明らかに今までの恋人たちとは違いました。
王女のことを語る時のルーゼンに対しての感情も、異様としか思えなかった。」
エルヴァンの言葉にルーゼンが困った顔をした。
「デミーは見つかったんですか?」
おずおず口を開いたルーゼンにウイレードが首をふる。
「いや、自室にもノリス伯爵家にも戻っていない。
伯爵にも今回のデミーの詳細を伝えたが、全く関与していなかったようで酷く驚いていた。
状況次第ではデミーの廃嫡を考えていると言っていた。」
「……その、デミーというものの件は、殿下はどうお考えですか?」
みんなの話をじっと黙って聞いていたジグが口を開く。
ジグの質問に、ウイレードも困ったように頭に手を置いた。
「おおかたアイツの言っていることは『事実』だろう……。
アンルースの最後の『恋人』として51番目のリストにも載せた。
呪いに関しても情報がまだ少なく、デミーが犯人とは断定できていないのも、事実。」
言葉と一緒に深いため息をつく。
片手で額をグリグリと揉んでいて、ウイレードの疲労もピークなのかもしれない。
その時扉からノックが聞こえ、1人のメイドが水差しを持って入ってくる。
まだ若そうなメイドのだったので、足音も軽やかだった。
なんとなくメイドの動きを目で追いながら、ジグとウイレードの会話を聞いていた。
メイドが葉っぱのような形をしたコップに水を注ぎ込む。
それをアンルースに飲ませようとしたのだろう、アンルースを支えようとした体制が崩れ、布団に水がこぼれてしまった。
「す、すみません!」
メイドが慌てて外に待機していたメイドを呼ぶ。
バタバタ数人のメイドが入ってきてアンルースの寝ていたシーツや布団の交換が始まった。
アンルースの寝巻きも少し水がかかってしまったとの事で、着替えるため男性は外へと指示される。
入り口にいた騎士と話しながら扉から出ようとすると、1人のメイドが慌てた様子でウイレードに駆け寄ってきた。
そっと言いにくそうに耳打ちをする。
「……何?月のものが?」
慌てた様子の言葉に、ルーゼンやエルヴァンもウイレードを見つめた。
***
「……どうやら妊娠はしてなかったようだ。」
そのままウイレードについて執務室に移動した。
どうやらジグの呪いの緩和のせいかわからないが、アンルースの体の機能も少し回復したのではないか、という医師の見解が出た。
「……とりあえず、一つ問題はなくなりましたね……。」
違うとわかっていても、心底ホッとした様子のジグとエルヴァン。
この言葉にルーゼンはとても重みを感じた。
安心したのはウイレードもだろう。
さっきより少し顔色がいい気がする。
「……ああ。
お陰で城にいる警備が少し減らせる。
妊娠もしていなかったことだし、疑いの晴れたラント王子もアーノルド王子もお帰りいただこう……。」
そう言いながらもう既に従者に指示を出していた。
「彼らは呪いの犯人ではないということですかね?」
そう聞くジグにウイレードが微笑む。
「ルーゼンの報告と照らし合わせても、アンルースに一切の未練も愛情もないようだし、呪いをかける『弄ばれて捨てられた』という動機が一切ない。
それに彼らは王族で、アンルースに恨みを持つとしても、人を呪うよりもっと簡単な方法を選ぶはずだしな。」
ウイレードの言葉にルーゼンは何故かスーニィ王女を思い出した。
『人を呪うより簡単な事』
その詳細は恐ろしくて聞けずにいた。
呪うより簡単なことを考えているルーゼンの横で、エルヴァンが口を開いた。
「そうですね。絶対責任なんてとってたまるかと押し付けあってましたしね。」
「エルヴァン、言い方……。」
あっけらかんというエルヴァンにちょっと笑ってしまったが、
「すまん。」
と素直に謝られたので、何だか頭を撫でたくなってしまった。
エルヴァンの頭を撫でながら、ルーゼンが口を開く。
「呪いをかける犯人として濃厚なのは、シモンですかね?」
ルーゼンの問いにウイレードは腕を組んだ。
「確かにアンリースを見た時の動揺や、話を聞いていた時の態度など怪しい点が多いな……。」
「それに、デミーの話をショーン・レクサにしたのも彼だったんだろ?」
「ショーンはそう言ってましたね。
そういえば領地に行っていたという証明は取れましたか?」
ウイレードが指で従者を呼ぶ。
扉のところで控えていた従者がウイレードに書類を手渡した。
書類を見つめるうイレードが口を開く。
「兄と2人、領地での目撃情報はあったようだ。
だが3ヶ月前にアンルースと切れていたという話はどうもメイドの話と噛み合わない。」
ウイレードが見ていた書類を机に置く。
それをエルヴァンが確認するように読ませてもらうと、うーんと唸った。
「ショーンレクサはあの時『関係は切れていたが、親戚なので会うこともあった』みたいなことを言ってたよな?」
そういうと書類をルーゼンに渡す。
ルーゼンもそれを目で追いながら言った。
「でも呪いがかかったときに領地にいたと証明されたなら、彼には無理ですよね?
誰かに依頼したわけでもない、自らキスをして呪いをかけたわけですし……」
「そうなんだがな……。」
『無実』が証明されてもウイレードは歯切れの悪い返事をした。
「ショーンは確かに従兄弟という関係だ。
だからといってアンルースとすごく仲が良かったわけではないからなぁ……。
親戚だからと言って、頻繁に会う関係でもないはずなんだ。
だからその辺がちょっと引っかかってな。」
ウイレードはそういうと、顎に手を当てて考え込んだ。
ウイレードの気になることに関してルーゼンは見当もつかなかった。
アンルースが妊娠していない今『呪いをかけたのは誰か』という事。
アンルースが呪いをかけられた時に領地にいたならショーンは犯人ではないと思う。
そもそも一番危いのはシモンかデミーだと思っている。
4人はリストを見ながら、呪いをかけた犯人候補を見直し始めた。
お茶会で話を聞いていないハレスとマークスにももう一度話を聞くべきだと考えた。
執務室で話していると、アンルースの護衛騎士が飛び込んできた。
「殿下!!デミー・ノリスが現れました……!」
デミーはメイドに紛れ、アンルースの部屋へと侵入したとのことだった。
慌ててアンルースの部屋に向かうと、既にデミーがアンルースの側に膝をつき、キスをしているとこだった。
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