第31話 呪われし姫、真実のキス。

ルーゼンは慌ててデミーに駆け寄り、押し退ける。

だが、もう既に遅かった。


『……ゼロ。』


カウントと一緒にアンルースがふわりと浮いた。

ゆっくりと浮遊する体を見て、驚いて固まってしまう。


デミーは浮いていくアンルースを見て顔顰めた。

まずいと思ったのか、這うようにして逃げようとする。

それを遮るようにエルヴァンがデミーの手の甲を踏みつけた。


「いてぇ!!」


痛がり転がるデミーを騎士たちが取り押さえる。


ベッドから一定の距離で浮いたままのアンルース。

みんなの視線が一気に集まった。

カウントはゼロになった。


呪いは一体どうなったのか。


その場の全員に沈黙と緊張が走った。


突然だった。

アンルースが一瞬で大きなオレンジの炎に包まれる。

あっという間に全身が包まれた。


メイドの悲鳴と熱風が部屋から廊下へと吹き抜けた。


ルーゼンは熱風を避けるように両手で防御しながらアンルースに近づく。

そしてそのまま炎の中に飛び込み、アンルースを抱きしめる。


アンルースを包む炎は一気にルーゼンを巻き込んだ。


「ルーゼン!!!」


エルヴァンの叫ぶ声。


「こ、こんなはずじゃ……!俺が一番だって言ったのに!!」


デミーの発狂する声。


「誰か!!水を!」


ウイレードが叫ぶ。


2人を包む炎が青に赤にと発光し大きくなり始める。

その時ジグが炎に向かって手をかざした。


「ルーゼン!!」


「誰かーーー!!」


いろんな声が混ざり合って、すごく遠くに聞こえる気がした。

エルヴァンとジグが迷いもなく炎に手を突っ込んだ。


炎の発光のせいで何もみえない。

だが必死で名前を呼び、手探りで探した。


確かにルーゼンの腕を掴んだ、その時。

炎は何事もなく消え去った。


ベッドの上に立ち尽くすルーゼンと、腕にはアンルースが抱き抱えられていた。

誰もが何が起こったか理解出来ずに立ち尽くしていた。


アンルースが小さくうめき、ゆっくりと目を開ける。


「アンルース!!」


「アンルース王女!!」


ウイレードも急いで駆け寄ってくる。

デミーも駆け寄ろうとするが、騎士たちに床に押さえ付けられ、身動きとれずに叫ぶ。


「王女!!俺は、あなたの一番の……!

俺はここに……!」


デミーの叫びは虚しく、アンルースには届いていなかった。


長いまつ毛がシパシパと上下する。

開いた目は、ゆっくりとルーゼンを見上げた。


「……ルーゼン。」


そういうとアンルースはにっこりと微笑んだ。


「……ルース、無事で良かった。」


ルーゼンはそう言うと、アンルースから視線を逸らす。

そしてゆっくりとベッドに寝かそうとすると、ぎゅっとルーゼンの首に手を回される。


「嫌よ、このまま抱きしめていて?

嬉しいわ、会いたかったの。」


ルーゼンの知っているアンルースの微笑み。

それを乾いた微笑みで見つめる。

そしてまとわりつくアンルースの腕を静かに外すと、微笑んだまま立ち去ろうとした。


「待って!!どこに行くの?」


アンルースが叫ぶ。


「王女様!!あなたのデミーはここに……!」


デミーが叫んでいたが、アンルースは一切反応しなかった。


「誰か、医者を。」


ウイレードが冷静に指示を出す。


「ルーゼン!!!」


アンルースは必死にベッドから立ち上がろうとして、バランスを崩してベッドから滑り落ちる。

慌ててメイドと騎士が駆け寄るが、ルーゼンは振り向きもしなかった。


その違和感にアンルースが気付く。


「……ルーゼン?」


アンルースの顔が引き攣っていた。

振り向かないルーゼンの背中に縋るように名前を呼ぶ。


何度アンルースが呼ぼうが、ルーゼンはアンルースを見なかった。

そして静かに声を振り絞った。


「……ルース、君は2週間近く眠ったままだったんだ。

起きてはダメだよ。」


「待って!ルーゼンどこに行くの!?

そばにいて!」


「……それはもうボクの仕事じゃないよ。」


ルーゼンのその言葉にアンルースはハッとする。

そしてゆっくりと周りを見渡した。


自分の近くには背を向けたままのルーゼン、そして少し離れた場所に兄のウイレード。

……そのルーゼンを支えるように立つ2人の人物は。


「……ど、どうしてあなたたちがここに……!?」


自分の呼吸が浅くなっていく。

考えようとするが、パニックを起こしかけていてうまく働かない。


ルーゼンの側に、エルヴァンとジェイグレン。

そして床に押さえつけられている、デミーの姿に愕然とする。


騒ぎを聞きつけ、ラントとアーノルドも扉の付近に立っているのが見える。


そして、ゆっくり振り向いたルーゼンの表情で、アンルースは全てを悟ったのだった。


「いやあああああ!!!」


叫び、ルーゼンに縋ろうと再び体を起こす。

だがメイドや騎士に止められ、また発狂する。


「さよなら、ボクのルース。」


ルーゼンはそれだけを告げると真っ直ぐ部屋から出て行った。

その後を追うようにエルヴァンもジグも部屋からでる。

扉はゆっくりと閉められたが、叫び声だけは遠くまで聞こえていた。


数日後、国民の間で『アンルース王女が他国へ結婚』という噂が流れた。

だがしかし、その相手のことも何処に嫁いだのかも誰も知らなかった。



****



通り過ぎる時に聞こえる世間話。

何となく耳に入ってくる会話をぼーっと聞いていた。


『王女様はどこかの侯爵と結婚するんじゃなかったのかい?』


『いや、あれはもうとっくに破談になってたらしいよ。』


『じゃあ、王女様は誰と結婚したんだ?』


『王女様はどうやら呪いをかけられ眠っていたらしいが、愛するもののキスで目を覚まし、キスをした王子様と幸せになったと聞いたね。』


『何だかおとぎ話みたいな素敵な話じゃないか。』


『……で、呪いをかけたのは誰だったんだい?』


そこまで聞いたところで、待ち合わせの人物が歩いてくるのが見え、走り寄っていく。

その後の会話はもう、聞こえなかった。

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