第32話 エピローグ。

「それで?婚約者とはどうなったの?」


パラパラと紙を捲る音と、ペンが走る音。


「……それ、聞いちゃう?」

リーカは椅子に深く腰掛けて、得意げに笑った。

1人の男性がリーカの肩をポンっと叩く。


「てかリーカだいぶ痩せたよな。

ぽっちゃりだったのが、ちょっとぽっちゃりになったし。」


「結局まだ太っていると言ってるわけね?

あーあーこれでも頑張ってるのに!」


リーカはそういうと、肩に乗った手大袈裟にはたき落とした。

はたき落とされた男性は手にフーフーと息を吹きかけている。


「エルヴァンもうやめなよ、揶揄うのは。」


「すまんすまん、なんだか懐かしくてさ。」


『どっかで見たやり取りだなぁ』とルーゼンが笑った。


「確かに久々だけどさ。

てかルーゼンたちはあれからどうなったの?

気がついたら寮が空っぽで僕本当に悲しかったんだよ!」


「あー……ごめんね。

本当に色々あったんだボクも。」


「まぁゆっくりできるんでしょ?

お茶でも飲みながらゆっくり聞くし、僕の話も聞いて!」


「そうだな、何から話せばいいか……。」


そういうとルーゼンは持っていたノートをカバンにしまうと、リーカが用意したテーブルの方へと移動した。


そしてあの頃の話を振り返って、エルヴァンと交互に話し出した。

結果リーカの感想は……


「……壮絶。」


「……ボクもそう思う。」


ルーゼンはそう言うとニッと爽やかな顔で微笑んだ。


「本当にあの頃は大変だった。」

そう呟くのはエルヴァンで、元々イケメンだった顔が更にシャープになっており、時の流れを感じてしまう。


「僕らの運命も変わってしまったしね。」


「ああ、本当に。」


エルヴァンとリーゼンが頷きながら笑い合った。


リーカはじっと暫くぶりの旧友を見つめる。

あれから数年会ってないだけでこんなに大人びるものなのかとリーカは目を細めた。


ルーゼンは元々綺麗な顔をしていたが、更に綺麗になっていた。

どちらかと言うと中性的だった容姿が、男性っぽい綺麗さに変わったというか。


綺麗に整えられた銀髪を片方耳にかけながら、リーカを見て微笑んだ。


「何だよじっと見て。」


「いやぁ、お互い大人になったなぁって。」


リーカの言葉にルーゼンが笑った。


「そりゃあ色々苦労もしたからな。」


大人びたルーゼンの微笑みにリーカも思わずため息をついた。

そんなルーゼンの横で大人しくお茶を飲んでいるエルヴァンにも目線を送る。


「てかエルヴァンが継承権放棄したなんて……本当に驚いたよ。」


リーカの言葉にエルヴァンが頬杖をつき、ニヤリと笑う。


「一応な、親友の婚約者を知らないとは言え寝とった責任は取ろうと思ってな。」


「いいって言ったんだけどねえ。」


エルヴァンの言葉にルーゼンがため息を吐きながら腕を組む。


「ルーゼンだって爵位を弟に譲ってしまったじゃないか。」


「だってほらそれは、ね……。」


ここでルーゼンがモニョモニョと口籠った。

困ったように頬に手を当てると、首を傾けた。


「王女が目覚めてから大暴れで大変だったじゃない?

ボクなんか何処にいても王女に付き纏わられたし……。

婚約破棄したところで、下世話な噂もひどい状態で広がってしまって、そのままボクが継いでしまうと汚名もいいところだったしね……。」


そういうとそれを懐かしむようにカップに口をつけた。


「ひどい結果になったんだねえ……。」


しみじみリーカがお茶を啜りながら渋い顔をした。


「まぁでもボク的にはやっぱりシングレストの方が向いてたんだろうね。」


そう言うとルーゼンはカバンからさっきのノートを取り出した。

それをリーカの前に差し出す。


「そうだろうね、今じゃ君達の事業は他国まで依頼が来るほどだから、結果的にも僕的にもラッキーだけど。」


リーカがルーゼンの出したノートをパラパラと確認していると、お腹の大きな女性が焼き菓子を持って部屋へと入って来る。


「ホラン、だめだよ重いもの持っちゃ!」


「あら大丈夫よこれぐらい。

主人が学園時代からお世話になってるそうで、妻のホランと申します。

お会いできて光栄ですわ。」


ダークブルーの短い髪に、優しそうな笑顔。

大きなお腹を愛おしそうに支えながらお辞儀をした。


「もぉー!ホランってばいつ産まれてもおかしくないのに!」


ぷんぷんと怒るリーカを見て、エルヴァンがニヤリと笑う。


「俺からしたらリーカが父親っていう方も衝撃だったわ……。」


「よかったねえ、一目惚れだったんでしょ?」


「そうなんだよぉ!」


ホランに挨拶を済ませると、リーカがホランを押してさっさと部屋から追い出してしまう。

妻を押しながら目尻を下げて照れるリーカに、ルーゼンもエルヴァンもとても和んだ。


「会ったこともない婚約者に婚約式で会って、一目惚れして、婚約式でプロポーズして……

『婚約したんですから結婚しますよ。』って言われたんだっけ!」


「うあああ、だからそれはもういいって!」


真っ赤な顔のリーカが大きく手を振る。


「僕の話はもういいの。ルーゼン続きが気になるよ、そのあとどうなったの?」


椅子に座り直し、ホランが持ってきた焼き菓子を頬張る。

リーカの言葉にルーゼンがカップをおいた。


「王女はデミーと結婚したよ。」


「……させられたんだろ。」


エルヴァンのツッコミにルーゼンが軽く微笑んだ。


「デミー・ノリスは結果、アンルースの呪いを解いた王子様という表向きだが、やっていることはめちゃくちゃだったからね……。」


「自己中心的な思い込みと、それにより暴走した責任だな……。」


頬杖をついているエルヴァンが深く息を吐いた。


「ノリス伯爵から廃嫡され、騎士もクビになった。

それからアンルースと結婚して、北にある山岳に囲まれた国境の警備をする仕事に尽かされたらしい。」


「王妃もそこへ?」


「うん。そこで暮らしていると思う。

……あそこは周りは山岳や崖に囲まれていて、逃げることも難しいところだから苦労しそうだけどね……。」


そう言うとルーゼンも深くため息をつく。

そんなルーゼンの表情が何処か寂しく見え、リーカはおずおずとルーゼンを覗き込んだ。


「ルーゼンは平気になった?」


リーカが心配そうな表情を浮かべていたので、ルーゼンは吹き出してしまう。


「ボクは大丈夫だよ。……というか、全然平気。

あの後王女の本来の姿を見てしまってから……なんというか、自分が好きだったルースは死んでしまったような感覚になっちゃってね。

目の前にいる王女が自分の知っていた王女とは全く違う『他人』と脳が認識してしまったようだから、その辺のダメージは全くないんだ。」


笑うルーゼンに心配して損したと怒るリーカ。

それでも何だかホッとする。


「なら良かったけどさ!」


ぷんぷんしているリーカの頬を突いていると、エルヴァンも口を開いた。


「……まぁ酷かったしな。王女は自分のしでかしたことがルーゼンにバレてしまっても、全く反省がなくルーゼンに付き纏い出してからが……本当にやばかった。」


エルヴァンの言葉にリーカが興味津々で身を乗り出した。


「……え、どんなふうに?」


その言葉をエンジンに、エルヴァンが王女の失態について語り出す。


「昼夜問わずサイマン侯爵の屋敷に来ては泣き叫び許しをこい、はたまた自分と寄りを戻せと怒り狂う。

……最後はとうとうルーゼンの命まで狙い始めた。」


迫力あるエルヴァンの言い方に、小さく『ヒェッ』と身をすくめるリーカ。

それをまた笑いながらルーゼンが続ける。


「お陰で家には居られないし、爵位は継げないし、国にいることすら叶わなくなってね、エルヴァンとともにシングレストへ渡った訳さ。」


ルーゼンは同意を求めるようにエルヴァンを見た。

肩をすくめるエルヴァンを見ながら、ルーゼンは続ける。


「エルヴァンも責任取るって継承権譲っちゃって、どうせなら2人でイチからなんかやろってなってね。」


「それでこの商売か。」


リーカはさっきのノートをルーゼンにかざす。

目の前に出されたノートを軽く指で弾くと、頷いた。


「そうそう。お陰で忙しくさせてもらってるよ。」


ルーゼンは持ち前の頭脳を生かし、この世界初の経済コンサルタントとなった。

エルヴァンは社交的な性格から広告塔や営業を頑張っている。


2人で足りないところを補いつつ、今やあちらこちらの国同士のパイプや、貧困に落ちた諸国を救うため飛び回っていた。


「……いやぁうちも本当に助かったよ。

まさか父が借金抱えてたなんてね……。」


トホホとリーカがノートを胸に抱き締め、口を窄めた。


「でもだいぶ持ち直したじゃない。

この分だと再来年には黒字に持っていけると思うよ。」


「そうだな、今年はキツイが、来年は蓄えを中心に動けばいいし、商売も広げることもできると思う。」


抱き抱えられているノートを奪い、机に広げる。

そこにはびっしりと年度や用途ごとに数字が書き込まれていた。


「あー僕君達と友達でよかったあああ!」


リーカはそういうと半ベソを描いた。


「また来年子供の顔でも見にくるよ。」


飲み終わったカップをテーブルに置くと、ルーゼンがそう言って微笑んだ。


「その時にはどっちか嫁さん連れて来れるように頑張れよ!」


リーカの言葉にルーゼンもエルヴァンも渋い顔をする。


「いやあ、ボクはもう懲り懲りだよ……。」


「俺でもあれはトラウマになる……。」


「エルヴァン頑張ってね。ぼくの分も。」


「……俺も暫くは……。」

と、責任のなすりつけ合いを始めた。

2人の変わらないやり取りにリーカがヤレヤレと肩をすくめる。


ルーゼンがふと時計を見る。

その仕草にエルヴァンが側にあった上着と帽子をルーゼンに渡す。

それを受け取ると、ルーゼンがカバンを持って立ち上がった。


忙しい彼らはまた違う国へといくのだろうか。

『暫くぶりにあったから、まだまだ話したかったのに。』

少し残念そうに思ったが、引き止めることはできない。


「次はいつアステートへ帰る予定?」


開かれたノートをまた大事そうに抱き抱えると、リーカが立ち上がった。


「ウイレード殿下の王位継承の時期かなぁ。

そろそろリノが学園を卒業するし、一度帰らなきゃだね。

爵位を継ぐ準備とか手伝わないと。」


ルーゼンがふと手帳を取り出して確認していると、エルヴァンがそれを覗き込む。


「その頃にジグも遊びに来るって言ってたな。」


手帳の端を指差しながら言った。


「楽しみだね。」


エルヴァンを見上げて微笑むルーゼン。

帰り支度を始める2人をじっと見ていて、ふとリーカは気がついた。


「……そういや呪いの犯人は誰だったの?」


2人の顔を見つめ聞いてみる。

リーカの質問に一瞬何か言いかけようとしたが、2人で目配せをしてニヤリと笑った。


「リーカは誰だと思う?」


この言葉にリーカは顔を顰めた。




**、呪いをかけた正体は。



玄関まで案内する廊下で、リーカは先程聞いた怪しい人物を数名挙げていた。

が、どれも外れた。


結局答えを懇願して教えてもらったのだった。


『ショーン・レクサ』


ルーゼンの口から溢れ出す名前。

その時ルーゼンは少し悲しそうな目をした。


「あれ?アリバイがあったんじゃないの?」


「結局、偽造だったらしい。

領地に聞き込みに行ったら領民の辻褄が合わず、問い詰めたらあっさり兄がすぐゲロった。

王女が好きでずっと追っかけてやっと恋人になったけど、つまらないって捨てられ、恨んでたらしい。

ルーゼンにコンプレックスもあったようだから、そこら辺が恨みを増長したんだろうね。

王女の呪いが解けた時に、呪いの反動か炎に焼かれて骨も残らなかったと聞いた。」


「……こわぁ。」


リーカは身震いした。


玄関に着くと妻のホランも見送りに出てきていた。

2人で並ぶ姿は本当に幸せそうだった。


馬車が見えなくなるまで手を振ってくれる。

また来年訪れた時、彼によく似た子供が迎えてくれると思うと、楽しみで仕方なかった。


ふと、ショーンのことを思い出す。

ルーゼンは最後まで彼が無実だと信じていた。


だが結局彼の死後、指紋に罪を着させようと裏工作や、えげつない偽造工作などが後から出てきて、アンルースのことと同じぐらいドン引きした。


「……結局みんな表と裏とで別人だったなぁ。」


ルーゼンの独り言にエルヴァンが渋い顔で首を振る。


「二度とそんなものは知らなくていいけどな。」


「……ホントだよ。」


そう言いながら笑うルーゼンにエルヴァンは目を細めて口角を上げた。


次の場所までは船で向かう。

移動は大変だけど、始めた仕事はとても楽しくやり甲斐がある。

どちらも昔とは違う思い描いた未来ではないが、これでいいのだと2人は思った。


ーーーend

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