第33話 閑話・呪いの姫のその後。

コツン、カツンと響く音と浅い呼吸音。


私の息を吐く音と、足音だけがずっと響く空間。


石の階段と靴のつま先が触れ合う音が塔の中に響く。

ずっと上まで上がっている、私の靴の音。


凍った石階段を滑らないように、一歩一歩確かに踏んでいく。


手すりのない石の螺旋階段を、壁に沿って今日も登っていく。

体力のない私の息が、白い湯気のように雪空に消えていった。


ぽっかりと開いた窓のような形の穴から、私の頬に刺さって消えていった。


「さっむう!!」


雪と一緒に吹き抜ける風と一緒に、薄いショールをギュッと体に巻きつけながら最後の段を上り切った。


いつまでも整わない呼吸を諦めて、木製の重い扉を軋んだ音とともに開けると、『彼』の後ろ姿が見えた。

『彼』は扉の音で振り向いて私を見ると、いつものように泣き出しそうな顔で微笑んだ。



『ーーーなんでこんな目に。』



きっと彼はそう思っているだろう。

運命とは違う未来が訪れたのだ。

でもこれもあれも全部、『私のせい』だから。




『ここは、とあるゲームの世界。』


私の前世で流行った乙女ゲーム。

でも普通の乙女ゲームと少し違うのは、ここは一部の女子の嗜好である、男同士の恋愛を主流にしたゲームの世界である。


私の前世は、地味女子目亜種、腐女子科の生き物だった。


容姿には自信がなかったので、妄想の恋愛に生きる私にとって、BLの世界はとても良い現実逃避の場所だった。


自分とは関係ない『誰か』に感情移入する。

それを眺めていることで、疑似恋愛を楽しんでいたのだと思う。


目の前にいる『彼』はそのゲームの『ヒロイン』であった人。

50人の攻略対象者との恋愛をするはずだった『彼』。


アンルースとしての『私』の役割は、『攻略対象者の妹』として、ほんの少し名前が出てくるだけのチョイ役だった。


前世での私に何があってここに転生したのかわからないが、ここでアンルースとして目覚めた時。

……目覚めた私は、歓喜したのだった。


6歳のアンルースの姿を鏡で見て、自分の美しさに……前世の姿とは比べ物にならない、欲しかった全てがそこにあったのだった。


国の王女として地位もお金も容姿も全て。

これは私に神様がくれた贈り物だと思うことにした。


ここがBLの世界でも関係ない。

私はここに生きている。


『ヒロイン』が現れる前に一番の推しを手に入れる。

ただ一途に愛する推しの『悪役令息』を手に入れるために、私は持っている全てを利用した。


王族という権力を使って、ゲームにはない『婚約者』としての立場をもぎ取った。

初めてルーゼンにあった時、その美しさに一瞬で心を奪われた。

ゲームで一度奪われているので、二度目である。


まだ幼い彼は私が執拗にベタベタするのも、恥ずかしそうに照れて困っていた。

その姿で三度目の心を奪われることになる。


成長するにあたって、ゲームのでの要素である『悪役』の要素を全く持たないルーゼンに少し疑問を覚えたが、その分純粋に天使のように育つ彼にますます私は執着した。


そして前世にはない、自分の容姿にも私は溺れていったのだった。


一度も男性と付き合ったことがなかった私が、いろんな男性に愛を乞われるようになったのである。

だが50人いる攻略対象者はゲームの引力かわからないが、ルーゼンにも熱い視線を送るようになる。

最初は取られてなるものかと、ルーゼンに向かう目線を自分に向けさせていただけだった。

だがその愛や誘惑、囁きに身を任せ、気がつくと堕落した自分にハッとする。

一体は私は憂いのあるその視線から守りたかったのか、それとも独占したかったのか。

私は一体どうしてしまったのだろう。



ルーゼンが他国に留学している寂しさを埋めるだけのはずだった。

気がつくと欲望に浸り続け、そこに残るは愛ではなく、ドロドロした形を持たない何かだった。


そんな時、とうとうこの世界にヒロインであるデミーが現れた。


ゲームの強制力に怯えたが、この世界は私にとても都合よくできていたようで、またデミーも私を見て頬を染め、好意の視線を見せた。


『彼で最後にしよう。』


私は確かにそう思ったのだ。

この言葉が実際その通りとなった。

私は呪われ、一番愛するルーゼンも失うことになったのだった。



あれからデミーはここで務める仲間と砦の警備の仕事をしている。

私の件で何名かの子息が廃嫡され、一緒にここに流されたのだった。


ここは国境の外れ。

周辺国の警戒や、獰猛な獣が生息する地域での国境の警備がここの主な勤務。

そこら周辺に小さな村があるが、ずっと雪が降り積もる地域では、木も作物も貴重な存在で、食べ物も限られてくる。

週に2度ほど来る行商が唯一の命をつなぐパイプラインとなっていた。


仕事に関しても隣接する国はみんな平和なので、塔にある部屋で4−5人が交代でじっと座ってお茶をして終わるのだった。


だけど彼はこうやって毎日休まず、吹きさらされるここに座り続けているのだ。


「……交代の時間は過ぎているんじゃない?」


私に微笑んだ彼は、また悲しそうに遠くの空を見つめてた。


「……ああ、見張りじゃないよ。俺が好きでここにいるんだ。」


「雪で何も見えないじゃない。しかも寒いし!」


ドカリと彼の横にすわり、巻きつけていたショールの半分を彼に巻きつけた。

ショールを巻かれると『あったかいね』と微笑むが、こんな薄いショールが暖かいわけない。

口を尖らす私の頬に、自分の頬をくっつけた。


「ホントだよ、こうするとあったかいよ。」


そう言ってギュッと私を抱きしめた。



あれから。

私と彼は結婚させられ、ここに飛ばされたのた。

デミー自身は私と結婚することで『辺境伯』という爵位が与えられ、実質陞爵したことになるのだが、こんな北の山奥に閉じ込められるための檻でしかなかった。


デミーは騎士になりたいと夢があったと昔、資料集で読んだことがある。

子供の頃誘拐されかけ、とある騎士に助けてもらったことがきっかけで、憧れの騎士に会いたくて騎士に志願するという設定だったはず。


なのに私のせいでこんなとこにいるのだ。

憧れだった騎士とはちゃんと会えずじまいだ。


その騎士は実は私の父である、国王のお忍びの姿だったというオチであるが。

ちなみに父は攻略対象ではない。

ただの憧れだ。


だが、メインルートではデミーは父にそっくりな兄に恋するのだった。

兄の婚約者となるのが推しのルーゼンだった。


ルーゼンは私の婚約者となってしまったので、野蛮な女が婚約者となってしまったが。



私の全てが終わり、ハッとした時。

本当にデミーに申し訳ないことをしたと後悔した。

もちろんルーゼンを失ったことに関してもとても後悔した。


私を見る目。

まるでとても汚いものを見る目だった。


私が掴んだ手は、強い嫌悪で振り解かれた。


全ては私が悪いことはわかってる。

私を呪ったショーンの人生さえ狂わせてしまったのだから。


デミーだってきっともう私しかいないから、私に優しいのだ。

だからこうやって毎日、王都の方を見上げ悲しい顔をしているのだろう……。


せめてもの償いで、私は彼に『償う』と決めた。

彼がいつか王都に戻れるように、父や兄に毎日手紙を書いている。

ここには私だけが残ればいい。


彼は私に巻き込まれただけなのだから。

そう毎日訴えるように書き続けた。

今までの全てを悔い改めるように、自分は戻れなくても構わないと。


もちろんこの1年、返事が来たことはない。

でも許してもらえるまで、何度も書こうと思っている。


ルーゼンにも一度、謝罪の手紙を出したことがある。

それには返事が届いた。


きちんとした綺麗な文字で『ボクのことはもう気にしなくていい。風邪など引かず元気に過ごしてほしい。遠くからだけど、ボクは君の幸せを祈っているよ。』と、それだけだった。


ああ、もう手紙も送ってはダメなのだと悟った。

ルーゼンはもう私を忘れ、新しい環境で生きている。

もう私は彼の片隅にも必要ないのだと。


もう誰にも見放されたのはわかった。

だが、デミーだけは救ってあげたかった。


「……もう家に帰ろう?体、すごく冷たいよ」


抱きしめられた彼の体はとても冷たかった。

私の言葉に、デミーはゆっくりと頷く。

そして何か言いたげに口を開いたが、ギュッとつぐむ。

私はそれを気が付かないふりをして、手を引かれながら家へと帰るのが日課だった。


砦から家までは歩いて10分もかからない場所にある。

玄関を開け家の中に入ると、暖かい気温の差で皮膚が痒くなる。

両手で全身を摩りながら、リビングへと歩いていった。


古い家だが、北の地にもびくともしない丈夫な家。

だが貴族が住むにはとても小さい。

まるで前世の家を思い出させるような木造の古い匂いがした。


リビングに入ると使用人たちが、帰宅した私たちに合わせて忙しそうに動き回っている。


暖炉の薪がくべられ、床も温まっていた。

一番いい場所に厚めのカーペットを敷いて、クッションを置く。

そこにそっとデミーを座らせる。

仕上げに私のショールを巻きつけ、頭に積もった雪を手でそっと落とした。


「お腹空いたでしょ?何かあったかいものを持ってくるね。」


私がそういうが、寒さでボーッとしているのか反応が薄い。

時折難しい顔で胸元を押さえていた。

私はそんな彼を横目で見ながら小さく息を吐き、台所へと向かった。


屋敷の中にやメイドや使用人などの身の回りのお世話してくれる人はいるが、雪かきや薪集め、遠出の買い物なので手一杯で、ほとんどの家事は私が主にやっている。


というか、させてほしいと申し出て、好きでやっている。

じゃないとこんな雪の世界じゃすることがなくて、1日がとても長く感じるのだ。


元王女であるが前世の記憶があるので、多少食事も作れるし掃除もできる。

準備していたシチューを温めながら、お皿をテーブルに並べた。


焦げないようにゆっくり鍋を混ぜていると、台所の入り口に誰か立っているのが見えた。

ふと顔を上げると、デミーが何かを掴んで立っていた。


「……びっくりした。どうしたの?」


火加減が気になったので視線を外し、鍋底が焦げないようにゆっくりとお玉を動かした。


ドスンと背中に重さを感じ、振り向くとデミーが泣いていた。


「え!?ど、どうしたの?」


『ちょっと待って』とデミーを制し、火を止め鍋を下ろそうと鍋の取手に手をやった。

作りすぎたのか鍋の重さで体がよろけたが、デミーがハラハラと泣きながら私から鍋を奪い、テーブルの上に置いてくれた。


「……ありがとう」


彼の手はまだ冷たく、流れ出る涙で頬や鼻は赤いままだった。

そっと彼の手を手で包み、暖炉の部屋へと連れて行こうとすると、また背後から抱きしめられた。


「……どうしたのよ。」


抱きしめられた腕をポンポンと叩くと、まだ何か握っていることに気がついた。


「……これ、なに?」


奪い取ろうとすると、強い力で握っているので取れない。

聞いても答えないし、そして何かちょっと怒っている風だ。


意味がわからない行動に、少しイラッとする。


とりあえず、無理やり背負った状態でデミーを引き摺っていく。

そして私が暖炉の前に座ると、デミーも強制的に私を抱き抱えるように座った。


パチパチと木が燃える音だけが響く。

少し前に使用人たちの帰宅を告げる声を聞いてから、またしばらくたっていた。


そろそろシチューが冷めてきたなぁと思ったので、とりあえずデミーを剥がし立ち上がろうとすると、デミーが私を不貞腐れたように睨みつけた。

涙はとうに引っ込んでしまったようで安心する。


「だって何も言わないし、シチューが冷めちゃったわよきっと。また温め直してくるから……」


阻止された手を振り解いて立ち上がると、また捨てられた子犬のような目でこちらを見上げている。


『ずるい……』


こういう顔されるのは卑怯だと思う。

元ヒロインだからか知らんが、攻略対象者ではない自分でも『可愛い』と思って胸がキュンとするのだ。

この顔をしたら許される世界が、ずるい。


シチューだって一生懸命作ったのだ。

何度も煮詰めて味が落ちたものじゃなくて、美味しいうちに食べて欲しかっただけなのに。


「……何も言わないのはアンじゃないか。」


やっと口を開いたと思えば、意味がわからないことを……。


深くため息をつくと、再び私は座り込む。

私のため息に、ますます頬を膨らませるのだった。


「何も言わないことはない。

結構なんでも私は話しているよ?

ずっと黙っているのはどっち?

……ていうか喧嘩したいわけじゃないのよ、私はただシチューを……」


「俺よりシチューが大事!?」


「はぁ!?」


何を言い出すんだこの子は……。

全く検討もつかない顔で眉を寄せている私に向かって、握りしめたものを突き出した。


今度は簡単に握ったものを手に入れられる。

ぐしゃぐしゃに握りつぶされたそれは、数枚の手紙の束だった。


「……王都から」


手紙の宛先は私へ、そして送り主は……。


「お兄様。」


……返事が来た。

やっと返事が来た!!


私は歓喜に震えながら急いで開いてる封から手紙を出して読む。


ん?開いてるということは、私宛の手紙を読んだのか?

……というか、これはいつ届いたものなんだろうか。

何通もあるけど……。


とりあえず一番日付が古いものから読んでみる。


『アンルース、元気か?

風邪など引いていないか?


……お前からの手紙は読んだ。

そして、お前の気持ちはわかった。

反省も受け入れ、お前の望み通りデミーを見習い騎士からとして都城することを許そう。』


手紙を読み終え、顔を上げた。

願いは聞き届けられたのだ。


他の手紙も開いてみたが、『ん?許すって言ったけどまた謝罪の手紙?』

『あれ?私の手紙届いてないのか?』『……とりあえず、戻りたければ一回デミーを王都によこしなさい。』という手紙だった。


……ん?

あれ?手紙の返事って来てたの?

見てないけど……?


まぁ、それは置いといて、彼が戻れることにホッとする。


安堵に包まれる私だが、もちろん私が戻ることはできない。

でも、デミーはまた王都に戻ることが出来る……!


私が嬉しそうに涙する姿を見て、デミーから表情が消えた。


「デミー、王都へ戻れるって!!

もう一度見習いから騎士に戻れるのよ!」


私の言葉に目を逸らし、俯くデミーに私は肩を揺らす。


「どうしたの?嬉しくないの??」


小さい頃の夢だったんじゃないの……?


私の気持ちとは裏腹に、どんどんと冷めた表情のデミーに戸惑う。

私の言葉に小さく息を吐くと、デミーは目を伏せたまま私に言った。


「……なんでそんなに嬉しそうなの?」


「なんで、って……、子供の頃の夢だったんでしょ?騎士になるって……。」


「そうだったけど?」


「……だったらなんで怒っているの?」


私の気持ちがまるでわからないのか、デミーの冷たい視線に体が強張る。


「なんで怒ってるかって?アンが自分勝手だからでしょ?なんでわからないの?」


そういうとデミーは私を見下ろすように目を細めた。

こんなデミーは見たことなかった。

とても冷ややかな目で私を見つめている。


私はまた間違えたの?

また傷つけてしまったのだろうか……。


わけがわからずオロオロする私の腕を掴んだ。


「……ここに俺の気持ちってある?」


デミーが手紙を指差しながらそういった。


……デミーの気持ち?そう言われて躊躇するが、おずおずと話始めた。


「えっと、デミーの気持ちって、夢だった騎士に戻りたいんじゃないの?」


私の言葉にデミーの声が大きくなる。


「なんでそうなるの!?」


その声に私がびくりと体を震わせた。

その様子にデミーはすぐ声のトーンを落としてくれたが、瞳は鋭く睨んだままだった。


その目に悲しくなってしまい、視線を逸らす。


「……だって、毎日王都の方見て、悲しい顔しているじゃない。」


「それは……!」


そこでデミーは黙った。


ほら見なさい、やっぱりじゃない。

私はそう小さく呟くと、デミーの腕を振り解いた。


ぎゅっとスカートを両手で掴む。

もうデミーの方をみることはせず、目を伏せたままの私。


「だからデミーだけでも戻してあげてって毎日お兄様とお父様に手紙を書いたの。

この一年欠かさず毎日。

だからお兄様が許してくれたのよ。

戻れるのよ?嬉しいでしょ?」


私が今どんな顔をしてこの言葉を言っているかわからない。

だから顔を見せないように、ずっと下を向いていた。


デミーが今私をどんな顔で見ているかも、見なくてすむし。


「……俺がもどってしまったら、アンはどうするの?」


「私はここに残るわよ。案外この引きこもり生活も慣れてきたし……。」


私は許されていないことは、言葉にできなかった。

そもそもこれは私の罰だ。


彼をここに巻き込んでしまった事を償わないといけない。


そもそも彼はこんな運命ではなかったはず。


わかっているけど、いざそうやって言い聞かせたって、ここに1人残ることの不安や孤独の寂しさが薄れるわけではない。

ここは嫌いじゃない。

それは本当。


でも……。


こんなところにずっと1人なんて、考えただけでも孤独の恐怖に押し潰されそうになる。


もちろんお世話してくれる人がいるから、本当に1人なわけではないのだが……。


グッと唇を噛む。

いざ彼が王都に帰れることになったのに、嬉しい反面、逆の感情に押し潰されそうになり困惑していた。


私の様子をじっと見ていたデミーがまた大きく息を吐いた。


その息と同時に私の顔をグイッと両手で自分の方へと向けた。


「……泣くぐらいなら、こんな自分よがりなことするなよ!」


突然の大きな声にびっくりしてしまい、目に溜まっていた涙が溢れ出す。

そして同じくポロポロと涙を流しながら怒っているデミーの顔を見上げた。


「……だって、帰りたかったでしょ?」


私の目からたくさんの涙が止められず流れ落ちる。

その涙をデミーが袖でそっと袖で拭ってくれた。


『いや、まず自分の涙を……』


なんて思ったが、私が拭う前にまたポスンと抱きしめられてしまった。


「なんで、なんでさぁ……アンは勝手に俺の気持ちを代返しちゃうの……?

俺、戻りたいって言った事ないよ?」


ギューっと抱きしめられる腕に力が入る。

苦しいけど、なんとか顔をあげ、デミーの方に顔を向けた。


「でも、子供の頃からの夢だったんだよね?騎士になりたいって。

その夢、私のせいで奪っちゃったから……」


抱きしめられる腕が苦しくて、プハッと息継ぎした。

そんな私の頬を指で撫でた。


「俺別に王都に戻りたいって思ってないよ?

騎士だってちょっとの間だったけどなってたし。

俺、アンを護衛してたじゃん。」


デミーはプンッと頬を膨らませる。


「あんなの護衛に入らないわよ……。

護衛という名目でずっとベッドでイチャイチャしてたし。」


私の言葉にデミーが『ふはっ』と笑った。


「そういやそうだった!」


「いや笑い事じゃないし!」


怒る私の頭を優しく撫でる。


「そっかそっか。俺たちもうちょっと遠慮しないで話し合うべきだったね。」


なんだか1人で納得する様子のデミーに、私の眉を寄せた。


「……どういうこと?」


私の質問に、覚悟を決めるように大きく息を吐いた。


「俺がずっと塔の上で空を見てたのは、自分の反省のためだったんだよ。

王都の方角なんか見てないよ、どっちかわからないのに。」


「……は?」


「俺ね、ずっとアンの一番だって信じてたんだよ。

あんな顔だけの婚約者に勝った!俺が一番!!って思ってたの。」


デミーの言葉をポカンとした顔で黙って聞いていた。

彼の言葉がすぐに理解できない頭で、必死に繰り返していた。


「だけど、結局俺の独りよがりだったし、アンを危険に晒しちゃって、それでアンが死んじゃったと思って、怖くなっちゃって逃げようとしちゃったし。

結局アンを助けたの、イケメンな婚約者だったじゃん?

あの時逃げちゃった罰でもなんでもいいけど、俺がアンと結婚できたのもここに2人で閉じ込められたのも、俺にとってはご褒美でしかなかったのって、知ってた?」


「……は?」


ご褒美……?

彼は今何を言っているのだ……?


ますますわけがわからなくなり、目を見開いたまま呆然としていた。

そんな私を愛おしそうに見つめてくる、彼。


「結果アンを独り占めできたんだよ、俺。」


「え?」


「俺が塔の上でいたのは、自分の欲望が爆発しないように抑えるためだよ?

だって結婚できたとはいえ、あんなことした後に平気で手を出されても嫌われるだけじゃん。

だがら、必死で我慢してたんだよね。」


「……」


「なのに、勝手にこんな手紙出してたなんて、アンは俺と離れて平気だったわけだよね。」


「……違う、私はデミーのためと思って……!」


「でも、もう俺のためにならないこと、わかったよね?

それをわかっての答えは?」


見たことないような笑顔で、デミーは私に顔を近づけた。


「……あ、えっと。」


鼻先が触れるぐらいの距離で微笑む彼に、私の視線は泳ぎまくる。


「いいの?俺、王都に行っちゃっても。」


『いっちゃっても、いいの?』

この言葉に大きく首を振ってしまう。

今の自分は何かに追い詰められている。

極限の状態で、孤独の方が素直に返事してしまう。


「……やだ、い、いかないでほしい。」


素直に首を振った私に首を傾げ、うーん?と唸るデミー。


「だよね?うん、でももう一声かな。」


「もう一声?」


「そう、じゃないとお仕置きして、わかるまでわからせたい気分。

我慢ってもうしなくていいってわかったし。」


なんだろう?

なんだか脅迫されている気がしている。

だけど、私はその脅迫に従うしかないのだった。


必死で言葉を考える。

彼の望む言葉を必死に。


私は彼に行ってほしくなかったんだっけ?

私はなんのために毎日手紙を書いていたのだろう……?


「わ、私と……」


必死で言葉を吐き出そうとする。


「私と?」


私の言葉を繰り返される。

それにまた焦ってしまう。


「私と一緒にいて、ください……」


「うーん?」


デミーはそういうと、私の頬に軽いキスを落とした。


『正解した?』


私の嬉しげな表情に、デミーは首を振った。


「俺のいう通りに続けてみて?」


『……あれ、正解じゃなかった?』


しどろもどろに頷く私に、彼は満足そうに微笑む。


「私から」


「……私から」


「一生、離れないで。」


「いっしょう……」


「続けて?」


言われた言葉を繰り返そうとすると、唇に指先が触れた。


「続けていってみて。」


ぐっと息を飲んだ。

私に微笑む彼がとても綺麗で。


彼の目を見つめながら、私の唇は震えていた。

そして……


「わ、私から、イッショウ、離れ、ないで……!」


私の言葉を聞くとすぐに、今度は指ではなく彼の柔らかな唇が触れてきた。


「うん、満足。」


そういうと彼は満面の笑みを浮かべ、私を強く抱きしめた。


『……もしかして。』


私の脳裏によぎった質問が口からこぼれ落ちる。


「……デミーは私が好きなの?」


私の質問にキョトンとした顔をする。


「……愛してなきゃなんだと思ってたの?」


「渋々だと思ってた」


私が安心したようにくしゃくしゃな顔で泣き出すと、デミーがまた微笑んだ。


「世界中に嫌われたって、俺だけはアンを愛してあげる。

だから、もう俺だけにしときなね?」


微笑むデミーの顔から、ヤンなデレ要素が見えなくもないが、それでも私は彼にキュンと胸を鳴らすのだった。


『彼で最後にしよう』


やっぱり呪いを解いたのは……真実の愛だった、のかも?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪われた姫と51人の恋人 雨宮 未來 @micul-miracle

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ