第4話 呪われし姫の現状。

だいぶ遅い時間に城へと到着した。

馬車はとりあえず荷物を実家へと運んでもらうことにして、ルーゼンとエルヴァンは案内されるがまま城へと入って行った。

ずっと馬車で揺られていたので疲労困憊の状態だが、ルーゼンは気丈に振る舞っていた。

案内に付いて長い廊下を進んでいくと、大きな扉の部屋へと通される。


扉を開けるとシックな色合いのテーブルがあり、たくさんの書類が積まれていた。

ゆっくりと部屋を見渡すと、月明かりが照らす窓の前に、赤毛の大柄な男性が立っていた。


「ウイレード殿下……!!」


少し上擦った声でルーゼンが叫んだ。


ウイレードと呼ばれた赤毛の男は、ルーゼンの姿を見るなりすぐ駆け寄ってルーゼンの手を取った。


「よく帰ってきてくれた……!ルーゼン!」


そのままルーゼンの手を引き、自分の胸に抱きしめた。

ウイレードの長い髪がルーゼンの頬にかかる。

その様子を黙って見つめていたエルヴァンとルーゼンを抱きしめたままのウイレードと目が合った。

視線を合わせたまま、エルヴァンが軽く会釈をする。



「そちらは……シングレスト国の……?」


ウイレードはルーゼンの背中をポンポンと叩いた後、静かにエルヴァンの方をむいて、握手を求めるように手を差し出した。


「はい、シングレスト国第一王子、エルヴァン・キングスフォードと申します。

友人を心配し一緒についてきてしまいました。

夜分遅くの訪問、無礼をお許しください。」


気後れするエルヴァンに気が付かないのか、固く握手を握ると屈託のない笑顔で微笑んだ。


「よく我がアステート国に来てくれた。

ルーゼンは私にとって幼い頃から知っており、本当の弟の様に思っている存在だ。

ルーゼンに付いて来てくれて、私からも礼を言わせてほしい。」


ウイレードの言葉にエルヴァンは自分の胸に手を置き、さっきより深く頭を下げた。


「……ありがたきお言葉。」


聞こえるか聞こえないか分からないぐらいの声で呟くように答えた。

なんだか言葉とは裏腹に、ウイレードの笑顔が自分を歓迎していないような気がしてたからだ。


「それで、あの、アンルースは……?」


側にいたルーゼンが痺れを切らす様にウイレードの袖を掴む。

そんなルーゼンの悲痛な様子に、ウイレードの表情が曇った。


そして側に居た側近に何やら合図をする。

ゆっくりとルーゼンの前に立つと、ルーゼンの肩に手を置いた。


「ルーゼン……まずアンルースに会わせる前に、今の現状を聞いて欲しい。

ただそれはルーゼンにとって少し辛いことになるかもしれない……。」


ウイレードの少しトーンが落ちた声にルーゼン喉がゴクリと鳴った。


「はい……」


絞り出す様な声で答える。

その返答にウイレードは、覚悟を決めるように大きく息を吐いた。



***



「まず、すべての説明の前に君に認識しておいて欲しいことがある。

まずはそこからなのだが……大分ルーゼンにとっては信じ難いことや、耳を疑うようなことが含まれていて、そしてそれがすべて『事実』と言うことを頭に置いて聞いてほしい。」


ウイレードの言葉にルーゼンは怪訝な表情のまま固まっている。

今何を言われたかピンと来ないので、返事も出来なかった。


ルーゼンの返答を待たずに、ウイレードは続けた。


「ルーゼンの知っているアンルースと、我々の知っているアンルースは『全く違う印象の女性』だということを理解してもらう必要がある。」


「……へ?……え?」


一瞬何を言われているのか理解できない。

もう一度聞き返す前に、ウイレードが話を続けようと再び側近に合図していた。

思わずエルヴァンに視線を送るが、何故かエルヴァンは挙動不審で、下を向いたまま全くこちらを見ていなかった。


『……なんかエルヴァンずっと落ち着かない様子だな。

こちらの事情にいきなり巻き込んでしまって申し訳なかったな……』


ウイレードの言葉が理解が追いつかなくて、ボーっとする頭でそんなことを考えた。

本来だったら結婚式に招待するためについて来てもらっただけだった。


それなのに、こんな身内の問題に巻き込んでしまった親友の気持ちを心配していた。


「……ルーゼン?」


ウイレードの声にハッとし、視線を戻した。


「あの、アンルースが別人……と言うのは?」


聞き返すルーゼンに、ウイレードは複雑な顔で口籠もる。

そして側にいる側近の顔をチラリと見た。


ウイレードの側にいた側近は慌ただしくバタバタしていた。

そして何度かに分けてウイレードに紙の束を手渡している。

そして忙しそうにウイレードから離れ、扉の外へと出ていった。


「まずこの紙を。」


ウイレードが抱える紙の束は分厚い図鑑3冊分ぐらいあり、かなり重そうだった。

それを目の前の大きなテーブルに積まれてゆく。

その中の一部をルーゼンに差し出した。

おずおずとその紙を手に取り、目を落とす。


「……アンルース王女の交友関係証明書……?」


一文を読み、驚いた様子でウイレードの方を見た。

その言葉に嫌悪を隠さず、続きを読めと言わんばかりに顎を上げた。


『アンルース王女の交友関係証明書。

王女が今まで深い関係になった男性の一覧……』


「……深い、関係?」


体が拒絶反応を起こすようにカタカタと震えてくる。

震えた手が紙の束を揺らすが、視線は外すことができない。

食い入るようにそこに書かれた名前を読み続ける。


名前、爵位、年齢に、ご丁寧に付き合った期間や、『交友』した日付まで事細かに書かれており、一番新しい関係者が最後に『交友』したのは1週間前だった。


そこには自分の子供の頃から知っている従者の名前や、幼い頃から付き合いのある友人知人、そして……見たくなかった『親友』の名前。


「……エルヴァン、キングス……」


書かれた親友の名前を消えゆきそうな声で読みあげ、ゆっくりとエルヴァンの方へ振り向く。

一体自分がどんな顔で親友を見ているのか、見当もつかない。

ただ言えるのは、身体中の血液がじわじわと凍りついていくのが分かる。


見つめるルーゼンの方をエルヴァンもゆっくりと顔を上げた。

ルーゼンの顔を見て恐怖に怯え、今にも死にそうな顔をしている。


見つめ合う2人に暫く言葉も出ずに見つめあっていた。

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