呪われた姫と51人の恋人

雨宮 未來

第1話 ルーゼンと婚約者。

愛しいアンルースへーーー。


ボクのルース、元気ですか?

君との婚約が決まってからどれだけの月日が過ぎただろうか。

初めて会った日の君の笑顔、昨日のことのように思い出します。

あの時貰った白いバラの栞、今でも大事に使っています。

白いバラの花言葉を知っていますか?

『純粋』

まるでルース、君そのものだ。 


小さい頃からずっと一緒にいて、その時から変わらない君の笑顔をこれからも守りたい。

離れている間もいつもずっと、君を思いながら過ごしてます。


ちょっと恥ずかしくなってきたから話題を変えるね。


そういえば、学園を無事卒業したよ。

予定通り来週にはアステートへ帰国できると思う。

自分の国とは違う文化や技術を学ぶことができて、帰国してから活かせることが楽しみなんだ。

もちろん、君との結婚式もとても楽しみにしている。


ティティに聞いたけど、式などの準備でとても忙しい日々を送っているらしいね。

ボクが傍にいないばかりか、ほとんどを任せきりで申し訳なく思っているんだ。

なのでお詫びも兼ねて、式の時につける髪飾りをお土産に持って帰るよ。

その時にボクの1番の親友を、やっと君に会わせる事ができるんだね。

彼には式に出てもらいたくて、一緒に帰ることにしたんだよ。

だから、どうか僕が帰るのをもう少しだけ待っていてください。


ーーーールーゼンより。


手紙を書き終え丁寧に畳むと、愛おしそうに封筒へと入れた。

そして封を閉じると、メイドを呼ぶベルを鳴らす。


「やっと書き終えたのか?」


そう声をかける人物はゆっくりとソファーから起き上がると、背伸びと一緒に大きな欠伸を一つ。

あくびをしたエルヴァンの姿にルーゼンはフフッと笑うと、「ごめんね、待たせちゃったよね。」と微笑んだ。


「ていうか、退屈なら自分の部屋に帰ればよかったのに。

まだ荷造り終わってないんでしょ?」


外にいたメイドに手紙を渡し終え、部屋の扉を締めながらエルヴァンの方を見る。


「あのな、そういうの俺がするわけないだろ。」


『俺を誰だと思ってんだ』とソファーから重い腰を上げ、めんどくさそうに首を左右に振りながら偉そうに口角を下げた。

そしてゆっくりとエルヴァンがドアの方へ歩いて来ると、ルーゼン向かって手をかざす。

その手を見てニヤリと笑うルーゼンに、エルヴァンが『嫌な予感』がして、思わず手を引っ込めようとした。


「卒業おめでとう!」


ルーゼンはそういうと、エルヴァンの出してる手のひらを思いっきり叩いた。


『バチーン☆』


エルヴァンはその場で手を押さえ、呻き声をあげ蹲った。



***



「いやぁ、ビンタされてるのかと思った。」


向かいの部屋から出てきたリーカが眼鏡の端を手で押さえながらそう言った。

そしてアイビーグリーンの寝癖のついた髪の毛を丁寧に手で整えながら、身長差のある2人に追いつくように小走りでついてくる。


「だよな?思いっきり叩く奴があるかよ。」


エルヴァンは不機嫌そうにチラリとルーゼンを見ると、赤くなった手のひらに何度も息を吹きかけていた。


「寮内中に響かせたかったんだよ。」


ルーゼンがいたずらを成功した子供のように笑う。

その笑顔を見て、『もしそうなら俺の手は粉砕している。』と、エルヴァンは痛そうに手をさすっていた。


寮から出て、招待カードに書かれている会場へ向かう3人。

親元を離れ、この国へと留学して学園に3年、いつも3人で過ごしてきた。

自国よりレベルの高いここに入学できたのも、ルーゼンがかなり優秀だった為だろう。

自国の姫であるアンルースの婚約者として、国王に推薦されたわけではない。

ルーゼンはこの世界で1番の名門の学園に自力で入学したのだった。


この学園は他の国からも一目置かれていた。

毎年この狭き門をめぐり、いろんな国からの受験生が集まるが、入れるのはほんのひと握り。

入学したからといって安心できない。

数ヶ月に一回の割合にある実力テストに合格しないと、その場で学園からは退場させられるのだった。

退場させられると二度と入ることは叶わない。

無惨にも寮付きのメイドに自分の荷物が放り出されるところを、黙って見ることしかできないのだった。


そんな難解の学園を、自分は入学して卒業までも迎えることもでき、ルーゼンはとても誇らしかった。


3年間過ごした校舎や、寮の建物などをじっくりと目に焼き付け、思い出に浸たる。

ぼんやりと風景を見渡しながらボケっとしていると、リーカが口を開いた。


「今日の卒業パーティーが終わったら、ルーゼンはすぐに自国に帰るの?

ルーゼンは跡取りだっけ?」


そろそろうっすらと暗くなる風景が、情緒を掻き立てる。

思わず哀愁に『ツン』となる鼻をそっと手で押さえながら、ルーゼンがリーカの方へ向いた。


「うん。弟がいるんだけどね、多分ボクが継ぐことになるんだと思う。」


「思うじゃないだろ?子供の頃からの婚約者もいるし、継ぐためにここに来たんだろ。」


間を入れず割って入るエルヴァンに、ルーゼンはまたいたずらっ子ぽく笑った。


「そういうエルヴァンも次期この国の王様じゃん?」


「ヒェ、そうだった。明日からボク、エルヴァン殿下って呼ばなきゃ……」


ルーゼンの言葉にリーカがわざとらしく肩を窄めた。


「いや、リーカもこの国関係ないじゃん……あっ、てかもう時間やばくね?」


暗くなってきた視界の奥にある大きな時計塔が、3人を急かすように緩やかなテンポで鐘を鳴らし始めた。


「あ、ほんとだ。感傷に浸ってる場合じゃないね、急がなきゃ。」


『時計が鳴り止む前には会場に入らなきゃ!』


そう言いながら走り出す2人にリーカが叫んだ。


「待ってよ、走るなら僕を引っ張ってって!」


小柄で少しぽっちゃりとしているリーカを見て、今度はエルヴァンがいたずらっ子のような微笑みでリーカを指さした。


「リーカは国に帰る前にもうちょっと痩せた方がいいぞ。」


「この国の王子が僕を苛めるんだけど!!」


プクッと頬を膨らますリーカにエルヴァンは腹を抱え笑っていた。


『ああ、この2人とのやりとりも、これで最後かなぁ』


ルーゼンはスンと鳴らした鼻の痛みを胸に、空を見上げた。


明日から自国に帰るための荷造りが始まる。

エルヴァンは一緒に帰国するので、引っ越しとは別の荷造りもあるのだが、王子だからきっと自分ですることもなく、明日もボクの部屋にいるのだろうなぁと、ちょっと笑ってしまった。


リーカには手紙を書こう。

このまま友情が終わらぬように、忙しくともマメに手紙を書こう。


どうせなら一緒に結婚式に出てもらいたかったが、リーカも自国で婚約式があるらしい。

まだ一度も会ったことがない婚約者らしいが、どうか婚約者の女性がとても素晴らしい人で、この優しくて思いやりのあるリーカを気に入ってくれますようにと、こっそり祈る。


週末には片付けを終わらせ、来週の頭にはその荷物とともにこの国を出発する。

馬車で10日ゆられ自国に帰ると、その翌週には自分の結婚式がある。


このタイトなスケジュールはアンルースが決めたことだった。

自分としては帰国後1年は侯爵である父について経営を学びたかったのだが、アンルースがどうしてもと聞かなかった。

離れていた分、自分が彼女を不安にさせているのならと、自分の過密さより優先してあげたいと思ったので、ルーゼンもそれを二つ返事で許した。


『ルーはもっと自覚して欲しいわ。あなたは本当に綺麗なの。

顔が綺麗で身分も高いし、頭もいいなんて……私じゃなくても女性はほっとかないのよ。

絶対嫌なの、ルーゼンを誰にも取られたくない。

私ね、あなたと同じ綺麗な顔の銀の髪をした子供を産むのが夢なの。

私みたいな赤毛じゃなくてね。

あなたそっくりな子供を産みたいわ……』


ふとアンルースが言った言葉を思い出し、顔が緩んでしまう。


『結婚もまだなのに、子供なんて……ボクはもうちょっと2人の時間を持ちたいなぁ』


後ろで戯れている2人に気がつかれないように、ルーゼンは片手でにやける口元を隠した。


会場にはギリギリ間に合った。

体を重そうに走るリーカを押しながら、閉まる扉ギリギリのところを滑り込んだのだった。


会場にはドレスコードとなるインフォーマルな装いの男子学生たちが、煌びやかな光の中で笑っていた。

遠くで教授が祝辞を述べていたが、シャンパンでほろ酔いの学生たちには誰も聞いていない様子だった。


そんな様子をルーゼンは遠くから微笑みながら眺めていた。


『この光景も、忘れないでおこう。』


そう思いながら、空いたグラスを給仕へと預け、中庭の方へと歩く。

3年間の学園の思い出に浸りながら、再び婚約者のことを思い浮かべていた。


アンルースに愛されている自信があった。

純粋で少し束縛の強いところがある婚約者。


そして自分も変わらない愛をアンルースに与えられる自信があったのだが……そんな揺るぎない思いが一瞬で崩れ落ちるとは、この時のルーゼンは思いもしなかっただろう。


卒業パーティの会場にルーゼンを探す騎士の姿。

手渡された緊急の手紙に、ルーゼンの目の前は真っ白になった。

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